-凍てつく世界- Part 27
ルフトジウムはまるで眠る様に死んでいるサイントから離れる。そしてサイントの亡骸の傍から離れようとしないカンダロの首裾を引っ張り、次の行動を促した。
「な、何するんですか!?」
カンダロはルフトジウムのその行動に驚いたようにまん丸の目でルフトジウムを見る。ルフトジウムはその純粋で涙で潤んでいる瞳の視線に耐えきれずに目を逸らす。
「待ってください!
サイントさんこのまま置いていくんですか!?」
彼の言葉は最もだったし、道徳に沿ったものだった。しかし今は状況が状況だ。ルフトジウムも心苦しかったが、サイントとここで全員が共倒れしてしまえば元も子もない。ルフトジウムは奥歯を噛みしめ、断腸の思いで言葉を絞り出す。
「…あぁ。
当たり前だろ。
いいか、カンダロ。
俺達の任務はまだ終わってないんだ。
ヤマナカさんを見つけて、彼と一緒にこの都市を出るんだ」
ルフトジウムは更にカンダロを強く引っ張る。カンダロは抵抗するようにサイントの冷たい手を掴む。
「で、でもこんな所に一人で残していけませんよ!!
彼女は英雄で、僕達カンダロ班は彼女の遺体を弔わないと――!」
「カンダロ!!」
ルフトジウムは大声でカンダロを引っ張り上げると胸倉を掴んだ。
「お前は“AGS”の社員だ!!
そして俺達は“AGS”の備品なんだよ!
いい加減に甘ったれたこといってんじゃねぇ!!
覚悟してきたんじゃねぇのか!!」
ポロポロと涙を流しながらもカンダロはルフトジウムの言葉に頷く。彼の涙でぐちゃぐちゃな顔を見ているとサイントが作り出してくれたチャンスをこいつが無駄にするのでは?という焦燥感がルフトジウムを駆り立てる。
「は、はい…!
ですが…割り切れなんてしないですよ…!」
胸倉を掴まれ、至近距離で怒鳴られても尚カンダロは怯まない。
「馬鹿な事言ってんじゃねぇぞ!
サイントが死んだ今、俺達は二人と一匹だけなんだ!
“鋼鉄の天使級”とかいう訳の分からねー要素まである中、護衛対象を護衛することだけを考えろ!!
俺は何か間違ったこと言ってるか!?」
「言ってません!
言ってませんけど、僕はルフトジウムさんもサイントさんも本当に大事に思っているだけなんです!
これはいけないことなんですか!?」
「――ッ!」
今にも殴りそうな剣幕に押され、カンダロは思わず目を閉じる。さっきの言葉はルフトジウムの怒りの火に更に油を注いでしまったとカンダロは思っていたが、違った。ルフトジウムは手の力を緩め、カンダロを放すと大きなため息をついた。
「お前なぁ……」
「な、なんですか…?」
「馬鹿野郎だよ、本物の」
カンダロは涙を零しながらもいじけた少年のように口を尖らせる。
「…はいはい。
僕は馬鹿でいいですよ」
カンダロはF部隊所属を表すバッチが付いた青色の服の裾をただし、ハンカチで目を拭い、鼻をかんだ。。ルフトジウムは頭を掻くとデバウアーを拾い上げ、鼻から息を吐いた。
「でも実際どうするんだよ。
俺達の力じゃヤマナカを運ぶだけで精一杯だぞ。
いくらマサノリがいるとはいえ、遺体をもって逃げるなんて不可能に決まってる。
それに上を見てみろよ」
天井の穴からは先ほどまでと変わらず“ドロフスキー産業”の爆撃機の編隊が飛んでいるのがよく見える。爆撃機からは小さな爆弾がいくつもいくつも投下されていて、もはやこの都市の防空設備が機能していないことは自明の理だった。カンダロは「考えがあります」というと端末を取り出し、この周辺の地図を表示する。
「ここに繋がる通路の途中に装甲車があるのを確認しています。
サイントさんとヤマナカさんをその中に押し込んで“駅”まで走れませんか?」
端末に映っている駅はルフトジウム達が来るときに使った“カテドラルレールウェイ”の大陸間弾丸鉄道だ。
“企業間戦争条約”に記されているが企業は基本的に“カテドラルレールウェイ”の線路を直接破壊することは出来ない。“大野田重工”も“ドロフスキー産業”も“カテドラルレールウェイ”の設備には手が出せない理由として、この世界において大陸間の物流を一手に担っているのは“カテドラルレールウェイ”だ。もし何かの手違いで“カテドラルレールウェイ”の設備を破壊してしまえば“カテドラルレールウェイ”は莫大な賠償金を支払うまでその企業の品を運ぶことを拒絶する。万が一にでもそのような事態に陥ってしまえば最後、企業はその経済力を大きく落とすことになる。このような背景がある為、“駅”は言ってしまえば世の中で最も戦争からは遠い所にあるといっても過言ではないのだ。さらに“駅”周辺には爆弾やミサイルを自動で迎撃する自衛専用の武装も施されておりまさに雨のように爆弾が降っている今でも駅と線路は無事だろう。
「お前、イカれてんのか…?
装甲車なんて使った暁には狙い撃ちにされて終わりに決まってるだろ!?
大人しく地下のトロッコを使って郊外にまで出た方が…」
「この都市の郊外は環境汚染が酷いんです。
何の装備も持たずに外に出たらすぐ死んじゃいますよ!?」
「そうだけどよ…!」
端末に表示されている“駅”までの距離は凡そ十キロとそう遠い距離ではないが、今は戦時下だ。それに地震の影響もあり本当に表示されている通りに進めるとは限らない。道路が陥没していることもあるだろうし、ビルが倒壊して迂回しなければならないこともあるだろう。最悪空から降ってきた爆弾で全員が吹き飛んで全滅する事態だって十分にあり得る。
「ルフトジウムさん、僕は正気です。
むしろこれしか手はないと思っています。
爆撃機隊が飛んでいるうちはまだ奴らの攻勢は初期段階ってことです。
でもこれ以上ぐずぐずしていたら“ドロフスキー”のL.Aも占領部隊も来てしまいます。
そうなったらいよいよ脱出の算段は立て辛くなる。
選択肢は他にはありません。
この提案に乗るしかないですよ、ルフトジウムさん」
ルフトジウムは腕を組んで問題を指摘する。
「わかった。
脱出に装甲車を使うまではいい。
けど肝心の運転手はどうするんだよ。
誰が装甲車を運転するんだ?」
カンダロは任せろとばかりに胸を叩く。
「安心してください。
僕、運転できます!」
「はぁ!?
なんでだよ!?」
「小さい時に叔父から教わりました。
さあ、どうしますか?
乗りますか?
乗らないんですか?」
彼の目は本気だった。ルフトジウムは色々と他の手を考えてみたもののサイントの遺体を運ぶ&マサノリを回収&ヤマナカの護衛を達成するにはそれ以外の案が思いつかない。今から“AGS”本社に撤退用のヘリを頼んだとしてもいつになるのか皆目見当がつかない。
「わーった、わっーった、
乗るよ。
その手で行こう」
現在、この都市から脱出する手段として残されたのは、如何なる事態でも時刻表通りに列車を走らせる“カテドラルレールウェイ”だけだ。代替案を考え付かなかったルフトジウムはなんだか悔しくなりいつの間にか泣き止んだカンダロにデコピンする。
「痛い!」
「生意気だぞ、お前」
「え、え!?
なんでです!?」
-凍てつく世界- Part 27 End




