-凍てつく世界- Part 26
カンダロは“鋼鉄の天使級”に立ち向かうにはなんとも頼りない拳銃を持ち、アオザクロを威嚇する。拳銃を向けられているアオザクロは面倒そうにカンダロを見て舌打ちすると、ゆっくりと赤子を諭すように言葉を並べていく。
「あのー、まずもって君は何者?
なんで君は俺に銃を向けるの?」
アオザクロの問いに応えず、カンダロは床に倒れているサイントと度重なるダメージで動けなくなっているルフトジウムを見て目に憎しみを宿らせていく。
「ルフトジウムさん、大丈夫ですか!?
こいつにやられたんですよね!?」
「…俺の問いは無視かよ。
そういうの一番傷つくんだよねぇ。
ちょっとムカついたかも」
アオザクロの光のない冷酷な目はカンダロの持つ拳銃をずっと中心に捉えている。獲物を狙う獣のような瞳孔がきゅっと細くなる。隙さえあればすぐにでもカンダロを排除しようとしているアオザクロの考えを読み取ったルフトジウムは、掠れた声でカンダロに警告する。
「か、カンダロ…!
いいから…逃げろ…!
そいつ…“鋼鉄の天使級”だぞ…!」
「分かってます!
分かってますけど…逃げません!」
「馬鹿かお前は……!」
カンダロはルフトジウムを守る様に二匹の間に割って入る。彼の持つ銃は恐怖からか細かく震えており、その銃口は右へ左へと泳ぎ始めていた。アオザクロは立っているのも限界に見えるカンダロを観察し、胸に付いている社章に目を止めると「ふーん」と小さく唸る。
「そこのお兄さんさ、ちょっと聞きたいんだけど“旗艦”見てない?
この都市に来てると思ってたんだけど」
「き、旗艦…?」
また例の意味の分からない質問だ。カンダロも碌に答えられないのをアオザクロはすぐに悟るとあほらしいというようにレーザーの銃口をカンダロとルフトジウムに向ける。
「動くな!」
レーザーの銃口を向けられ、咄嗟に身の危険を感じたカンダロは震えながらも銃弾を放っていた。その銃弾はこれだけの至近距離にも関わらず“鋼鉄の天使級”には当たらずまるで見えない壁のようなものにその軌道を捻じ曲げられアオザクロを逸れる。
「無駄に決まってるでしょ。
こんな距離から撃っても俺の守りは破れないし、銃弾がもったいないだけだよ。
その様子だと旗艦の事なんて知らないよね。
じゃあいいや、君達纏めて終わりだね。
俺が聞きたいことは他には無いし…。
“重工”の為に死ねるし、本望でしょ?」
三発ほど放たれた銃弾は全てアオザクロには当たらず虚空へと消え、排出された薬莢が床に当たってチンとした軽快な音を立てながら転がる。絶体絶命の事態でも諦めず何か打開策を投じようとしていたルフトジウムだったが自分自身の体すら動かない状態で何かいい案が浮かぶはずもない。そうしている間にも二つの銃口を向け、まさに殺すためにレーザーを発射しようとしていたアオザクロのニコニコとした表情がふと途切れた。
「なんだこの…書き換え…?
俺に干渉してくる奴が……?
うぐ、あ、頭が………!」
突如としてアオザクロの様子がガラリと変わる。彼は激烈な頭痛が起こったように頭を両手で抑え、その場にしゃがみ込む。
「何が起こって…?
そんなことより…!」
動かなくなったアオザクロに拳銃を向けたまま、カンダロは好機とばかりにルフトジウムに注射を投げてよこす。ルフトジウムはその注射を受け取り、躊躇うことなく服の上から針を突き刺すと自らの静脈へ中の透明な薬品を注入する。注射器の中に入っていた薬品は獣人の再生能力を底上げし、痛み止めと、興奮剤を多分に含んだ所謂ドーピング材のようなものだ。使用した翌日には強烈な筋肉痛に悩まされることになるもののそんな副作用は今を切り抜けてから考えればいい。
「ルフトジウムさん、これで少しは動けますか!?」
注射は大静脈を流れ、心臓へとたどり着くと大動脈を流れ全身へとすぐに回っていく。ルフトジウムは鼓動が高まると同時に自らの冷めていた体が熱を持ち始めるのを感じる。次第に痛みが引いていくのを感じ、口から白い息を吐き出すと、カンダロに目の前の標的から目を逸らすなという様に指差しする。
「目を逸らすな…!
いくら俺でもそんなすぐに動けるようになるわけないだろ…!
そんな事より、そいつから目を離すな…!!」
「う、撃ってもいいんですかね?」
「俺に聞くな!
お前がリーダーだろ!」
一人と一匹が言い争っているとアオザクロは先ほどまでの行動が嘘のようにすっと立ち上がった。彼の目は先ほどまでルフトジウム達が見ていたものとは違って虚ろになっており、まるで霧の中を彷徨っているかのようにふらふらと揺れている。
「動くな!!」
慌てて銃を構えなおしたカンダロが大声で喚いたが、アオザクロは無視した。彼は天井を見上げると翼についている推進装置を起動させ、その場から飛び上がる。
「うわぁ!?!?!」
「カンダロ!!」
推進装置から出ている青い閃光が起こした強烈なジェットブラストはカンダロとルフトジウムが目を開けれないほど強烈で、風圧に耐えきれなかったカンダロはゴロゴロと床に転がった。次に一匹と一人が目を開けたときそこにはもうアオザクロはおらず溶けて大穴の開いた天井からはパラパラと土が零れ落ち、真っ赤な空を埋め尽くさんばかりの“ドロフスキー産業”のまるで鳥のような爆撃機の姿が垣間見えていた。
「僕達、助かったんですかね…?」
「わからん…。
そんな事よりも…おい、手を貸してくれ」
「あ、はい!」
カンダロはルフトジウムに手を貸して彼女を立ち上がらせる。
「サイント……」
ルフトジウムは小さく後輩の名前を呼ぶと、ヨロヨロと倒れているサイントの傍へと近寄る。天井にぽっかりと開いた大きな穴からは雪がちらほらと舞い落ち、二匹と一人の灰色の周囲を優しく白く彩っていく。サイントに一歩、一歩近づくにつれて、ルフトジウムもカンダロも彼女の体にはもう魂が無い事を重く理解していく。
「すいません…。
僕がもう少し早く到着していたら……」
ルフトジウムは拳を握りしめ、カンダロを睨んだ。
「なぜ謝る。
こいつはその身を犠牲に対象を守った。
だからお前が言うべき言葉は『よくやった』なんだ」
もう一度謝ったらそのまま殴りつけてやろうか、とまで考えていたルフトジウムだがカンダロの表情を見るとそういう訳にも行かず、握りしめた拳をぶっきら棒にポケットに突っ込む
。班長でもある彼は大粒の涙を流していた。
「はい……。
でも、こんな…。
ここで終わりだなんて……」
その様子に、かつての自分の姿を重ねたルフトジウムは彼の肩を慰めるために叩く。
「仕方ないだろ。
こんな事態、予想して動いている奴なんていない。
…何泣いてんだよ。
会社の備品が壊れただけだ。
お前は掃除機が壊れただけで泣くのか?」
言葉の強さとは裏腹に、ルフトジウムの口調は彼女らしくない優しいものだった。
「はい…。
分かって…います……。
分かっているんですけど……!」
「……まあ、やり切れないよな。
同僚が死ぬのは」
ルフトジウムは倒れているサイントの手を触る。サイントの手は降り注ぐ雪のように冷たく、氷のようだった。「先輩」とルフトジウムのことを親しく呼び、一緒にご飯を食べ、カンダロを揶揄い、任務を遂行した頼れる彼女の暖かかった手はもうそこには無い。ルフトジウムはうつ伏せになっているサイントの体を仰向けにして、財布からいくらか小銭を取り出して右手に握らせてやる。彼女の表情は憎しみや怒りを湛えている訳でもなく、ただただ穏やかだった。口から出ている血を拭ってやり、汚れている頬をそっと撫でる。
「俺もそう遠くない未来にそっちに行くよ。
それに、お前のことだからこっちの世界よりそっちの世界の方が暖かく過ごせるかもな。
お前が好きなものも沢山あるだろうよ。
また会った時、お前にはちゃんと今日の出来事を話すよ。
だから会社の備品じゃなく、サイントとしてそっちで待っていてくれ」
-凍てつく世界- Part 26 End
いつもありがとうございます。
これからもどうかよろしくお願いします。




