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-凍てつく世界- Part 24

 サイントはルフトジウムに困ったように目配せをする。誰がどう見てもヤマナカは冷静ではなく、死への恐怖から錯乱しているように見えるからだ。血走った目を大きく見開き、口からは白い泡を吹いている。そして泡をまき散らしながら彼は大声で怒鳴り散らしている。


「だからここで殺すのだ。

 この私の最大の傑作をもって、奴らを焼き払ってやるんだよ。

 二度と“ドロフスキー”が、“マキミ”が私に逆らえないように!!

 ここで!!!

 徹底的に!!!!」


「あの……」


このまま呼びかけていても埒が明かない。ルフトジウムはサイントの目配せに答えるように小さく頷く。


「失礼します」


 先輩からの許可が出たサイントは、力尽くで連れていくことにする。彼女はヤマナカの腕を掴み、ぐいっと引っ張った。しかしヤマナカは人間とは思えないほど強い力でサイントの手を振りほどくと大きく腕を広げ、水槽の中の獣人を仰ぐ様に命令する。


「起きろ、“重巡洋艦アオザクロ“”!

 敵を鏖殺し、大野田重工を、そして“遺跡”を守るのだ!」


 ヤマナカがそう叫んだのと同時に、水槽の中の“鋼鉄の天使級”――アオザクロは目を開いた。薄い青色と桃色のグラデーションの瞳に白く雫のような形をした瞳はくすんでおり、目に光は宿っていない。まるで死んだ魚のような眼をした彼は寝起きのような眼を擦り、大きく欠伸をする。ブザーが鳴り響き水槽の中の液体がゆっくりと排水され、彼の背中に繋がっていたいくつもの管が外れていく。外れる時、痛みが走るのかアオザクロの顔にはかすかに苦悶の表情が浮かぶ。


「この声……」


サイントははっとしたようにアオザクロを見る。しかしルフトジウムには何も聞こえない。


「声だぁ!?

 サイントまたそんなことを…今はそんな事言ってる場合じゃねぇんだぞ!」


「先輩、聞いてください。

 サイントは理解しました。

 この都市を何度も襲っていた地震…。

 あれは自然現象じゃなくてコイツが…」


サイントが強い口調と確かな眼差しでそう言った瞬間、下から突き上げるような地震が起こった。揺れは今まで都市を襲っていたものよりも遥かに強く、揺れで天井から垂れ下がっているコードが軋み、拘束具が擦れあって不愉快な金属音を立てる。ずっと静かだった空気を破るように扉の外で構造物が崩壊した音と、何かが爆発した音が同時に聞こえ始める。地震に疎い二匹でもこのままここにいるのは不味いとすぐに行動に移す。


「ヤマナカさん!

 この場所から至急退避を――」


「ええい!!

 やかましい!!!」


 ヤマナカは、退避を訴え無防備になっていたルフトジウムの頭部を杖で思いっきり強打した。ルフトジウムの視界がぐわんと揺れ、彼女は平衡感覚を失い思わず膝をつく。いつもなら人間からの一撃ぐらい何とも無いはずなのだが、大鎌の獣人で全力をほぼ出し尽くしていたルフトジウムにはこの一撃は応えた。


「大丈夫ですか!?」


 サイントが駆け寄ってきてルフトジウムを助け起こそうとする。ルフトジウムは傷口を手で押さえ、今になって込み上げてきた痛みを押し殺してサイントに指示を飛ばす。


「サイント……ヤマナカさんを逃がす。

 ……強制執行権を行使するぞ。

 高電圧銃、持ってるか?」


「はい、ここにあります。

 サイントは優秀ですから」


「流石、頼りになる後輩だぜ。

 合図は分かってるな?」


「大丈夫です。

 サイントは常に完璧ですから」


「笑えねえよ」


 無表情を崩さないまま面白くもないジョークを垂れ流すサイント。彼女の妙に自信のある表情に何度救われたことか。ヤマナカに強打された所がジクジクと熱くなり、新たな傷口からは血が流れ出していた。先ほどまで地面を揺らしていた地震も収まり、ようやくルフトジウムはフラフラと立ち上がると、気絶させる予定の彼を確保する事が出来る場所へ移動する。


「いいかアオザクロ!

 目標は指定した通りだ!!

 お前の持つ力であいつらを撃滅するのだ!!

 “大野田重工”に栄光を!

 永久の繁栄を!!

 お前たちの持つ力はかつて世界を統べた帝国のものだ!!

 私達の祖先が星の海を翔けていた時の力だ!!

 殺戮の天使として奴らに死をバラまくのだ!!」


 アオザクロに対し、訳の分からない高説を垂れているヤマナカの近くでルフトジウムが配置につくと、サイントはホルスターから高電圧銃を取り出し、銃口をヤマナカに向ける。


『いいな?』


『はい』

 

 二匹とも一言も発していなかったが信頼から来るアイコンタクトを交わし、兎がタイミングを計らって引き金を引こうとした瞬間、捻じれ悲鳴を上げる金属音が響き渡る。そして内側から膨らむエネルギーに耐えきれず粉々に割れた強化ガラスの雪崩が水槽の前にいたヤマナカとルフトジウムを襲った。


「!?」


「何だ…ッ!?」


 強化ガラスを簡単に砕くほどの爆風と、粉々になった強化ガラスの破片は近くにいたルフトジウムとヤマナカを包み込み、少し離れたところにいたサイントもまるで台風の中舞う木の葉のように吹き飛ばした。ルフトジウムは咄嗟に受け身を取ろうとするが、ヤマナカからの一撃と爆風で馬鹿になっていた三半規管が行動を阻害する。


「くっ…!」


彼女の体は衝撃波に乗り、黒い箱に強く打ち付けられてしまった。それでも彼女は立ち上がり、ヤマナカを助けようと目を開ける。しかし、彼女の目は霞みぼんやりとした視界では何もわからない。


「サイ…ト…!!」


 大きな声を出してヤマナカの護衛をまだ無事であろう後輩に託そうとしたルフトジウムだったが、黒い箱に打ち付けられた衝撃で肺の中の空気は出てしまっていて、横隔膜が痙攣を起こしていた。碌に声も出せない彼女を襲ったのは背中から走る痛みだった。痛みは肺を萎ませ、呼吸しようと必死に口を開いたルフトジウムの意識を奪い去ろうとする。酸欠で視界が黒く塗りつぶされていく。


「せ……。

 起き……い…!

 せん…い…!!」


薄皮一枚通ったような声質のサイントがルフトジウムを呼んでいるようだ。ルフトジウムは歯を食いしばって立ち上がろうとする。無理に無理を重ねた体が悲鳴を上げ、山羊は大きく咳き込むと、胃の中のものをその場に吐き出した。胃液と一緒に出てきたのは真っ赤な血だったが、今は対して驚かずルフトジウムはその場に倒れ込みそうになる体に鞭を打ち、大きく息を吸い込み呼吸を整えようとする。


「はっ…はっ…!

 ッ…はっ…はぁっ…!」


 まるで犬のような口で激しい呼吸を繰り返しながら、ようやくクリアになり始めた視界で彼女がまず始めたのはヤマナカとサイントの安否だった。ダイの、カンダロチームの、自分の汚名を返上するための護衛対象の安否はルフトジウムにとって最優先事態だった。


「……!」


 そしてようやく彼女の目に映ったのはアオザクロが、ヤマナカに向かって背中から生えているレーザーの銃口を向ける姿だった。ヤマナカの体からはブルーブラッドが滴り落ち、ガラス片を浴びた影響でサイバネで置き換えた機械の体の部分が露出している。彼は自らに銃口を向けたアオザクロに驚愕した表情を浮かべ、逃げようと藻搔いていた。


「ヤ……カ……さん――!」


すぐにヤマナカの所へ駆けつけようとするルフトジウムだったが、足が、体が言うことを聞かない。それでも立ち上がろうとしたルフトジウムの体は崩れ、倒れ込んでしまう。


「くっ…!

 はぁっ…はぁっ…!」


蛇のように這い、少しでも彼に近づこうとするがもうルフトジウムに時間は残されていなかった。そしてアオザクロは容赦なくヤマナカを目掛けて背中の対人レーザーを発射していた。


――しかし、レーザーはヤマナカを射抜くことは無かった。


「あ……!」


 アオザクロがレーザーを発射する直前、何かが高速で近づきヤマナカを突き飛ばしたのだ。放たれたレーザーはヤマナカを突き飛ばした何かの胴体を的確に射抜く。突き飛ばされたヤマナカは地面に金属音と共に倒れ込む。そしてその上に被さる様に倒れたものを見てルフトジウムはまた呼吸困難に陥る事になった。


「サイ…ント……!」




                -凍てつく世界- Part 24

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