-凍てつく世界- Part 22
何かが崩れる音をかき消すように、突如として施設中にサイレンと警報が鳴り響く。耳を劈き、澱んだ空気を粉々にするような不愉快な音は聞くだけで鳥肌が立つような音程で一人と二匹を、そしてこの施設だけでなく都市全体をも包んでいくようだった。サイントはとっさに銃を取り出すと周囲を警戒する。
「先輩、このサイレンめちゃめちゃ不安定な気持ちになりますね」
「ん、まぁ、そうだな」
サイントは長い耳を抑え、聞きたくないというように目を閉じる。マサノリは「ようやく繋がった」と独り言を呟くとルフトジウムへと通信機を差し出して来た。呼び出し音が少し鳴ると、通信機の小さなスピーカーから聞き慣れた声が流れ出す。
『ご無事でしたか、お二方!』
ホログラムにはマサノリの顔がしっかりと映っており、ルフトジウムは自らの無事を伝えるためにカメラに向かってピースサインを見せる。
「こっちの一人と二匹は何とか無事だぜ。
まあ、俺もサイントも任務続行に支障が出そうなぐらいボロボロだけどな。
成果についてだが、敵対勢力の“大鎌の獣人”の撃退に成功した。
ついでにヤマナカの爺さんも無事だ。
任務はほぼ達成しただろ」
カンダロはほっと胸を撫でおろす。
『よかった、それを聞いて安心しました。
長い事連絡をとれなかったのでてっきり任務を失敗してしまったのかと…』
「んなわけねぇだろ」
『だって外は酷い状態だったんですよ!?
護衛対象の家には何本ものミサイルが突き刺さるし、高度な軍事的電子ジャミングまで喰らうし!
もしかしたらやられたんじゃないかとばかり心配しちゃうのも無理ないでしょう!』
なぜか逆切れするカンダロ。彼は彼なりに心配してくれていたらしい。ルフトジウムは面倒くさそうに首を軽く振り目頭を手で押さえる。
「正直、疲れた。
早く次のメンバーと交代したいぜ。
あともう少ししたら“AGS”の応援もこの都市に辿り着くんだったよな?
交代の準備をはじめてもいい頃合いだと思うが、どうだ?」
ルフトジウムは近くの戦車の上に腰掛け、大きなため息をついた。二匹とも疲労が波のように押し寄せてきていて、できる事なら少しでも早く支部に戻り、シャワーを浴びて傷と疲れを癒したかった。
『その任務期間についてですがー…えーと…』
帰還命令を期待していたルフトジウムだったが、肝心のカンダロの歯切れがなんとも悪い。
「あんだよ」
『少し、伸びました』
勝手に帰れるとばかり思っていたルフトジウムは、カンダロの言葉で一瞬にして沸点に達した。
「はぁー!?
もう俺達二匹ともボロボロだってさっき言ったよな!?
死ねってのかよ俺達に!?」
『ぼ、僕に怒鳴らないでくださいよ~!
仕方ないじゃないですか!
僕も今からそちらに合流しますから――』
「お前が来ても戦力にならねーだろ!」
『で、ですが行かないよりは――』
通信機に向かって怒鳴り散らすルフトジウムの肩をマサノリは叩く。
「だろうと思ったぜ」
思わせぶりな態度を取りながらマサノリはやれやれとため息をついた。ルフトジウムは通信機をサイントに手渡すと不貞腐れたように戦車の上で横になる。
「マサノリはなんか分かってたみたいだな?
すぐにこうなるって」
「ん?
ああ、まぁな」
ルフトジウムは大きく息を吐いて、少し不安そうに天井を見上げた。またどこかで何かが崩れる音がすると同時に先ほどまでの地震とは全く違う地響きが空気に緊張感を孕ませる。サイントに投げた通信機からはカンダロの声がぼそぼそと聞こえていたが、ルフトジウムはまだ働かなくてはいけないという事実から逃避したくて耳についているピアスを指で弾いて気を散らす。
「なんで分かったんだよ」
「へへ、そりゃ世間知らずな質問だぜ?
まあ、“本社都市”からきたエリートさんは知らないだろうよ。
カンダロが言う通り、この都市はマジでやべー状況にあるぜ?」
「?」
マサノリは口元に人差し指を当てて、サイレンの音をもう一度聞くようにルフトジウムに促す。何度聞いてもルフトジウムには馴染みのない音で、頭の上に?マークが浮かぶ。不思議そうにマサノリの顔を見たルフトジウムだが、彼の表情だけは鬼気としたものだった。
「周辺地方都市の人間は、こんなに小さい時から何度となく聞かされ、重点的に記憶に刷り込まれてる音だぜ」
『任務の延長も仕方ないじゃないですか!
だって――』
答えはカンダロとマサノリから同時に提示された。
「このサイレンは“他大企業が攻め込んできてる音”だ」
『“ドロフスキー”が攻め込んできたんですから!!!!』
サイントは通信機をカンダロに戻すと腕を組んで、戦車の残骸に座り込んだ。
「“企業間戦争”、まさかこんな僻地で?」
「僻地かどうかなんて関係ねえ。
“ドロフスキー”がこの土地の“遺跡”を欲した。
それだけだろ」
『今の状況はまさに最悪と言ったところです。
もしかしたら敵のL.A(超巨大兵器)も来てるかも…。
遠隔での指示はもうすぐ“ドロフスキー産業”のジャミングで使えなくなるし、通信体勢も取れなくなるはずです。
ですから、僕も今からすぐにそちらに合流します。
マサノリさんもルフトジウムさんもサイントさんも絶対に無茶だけはしないでくださいよ!』
手短にカンダロはそれだけ言って通信を切る。ルフトジウムは起き上がってサイントと目を合わせた。マサノリはふん、と鼻で笑うと少しだけ開いた扉の奥へと目線を移し指差す。
「なあ、お前ら。
ヤマナカの爺さんはあの中だ。
彼の無事を確認して、あとはお前ら二匹で力づくでも爺さんをここから連れ出せるか?」
「まあ、できないこともないと思うが…。
おっさんはどうするんだよ?」
マサノリは手に持った銃にしっかりと弾が入っているのを確認すると、ヤマナカが消えていったのとは別の扉を指差す。
「俺はここで少し調べたいことが出来てな。
頼むから先に行ってくれないか?」
「調べたいこと?
サイント達も手伝おうか?」
「いや、爺さんの保護を最優先だろ」
不愉快な敵襲のサイレンは絶えず流れ続け、いくつもの爆弾やミサイルが都市全体に着弾した不規則な地鳴りは次第に大きくなっている。どの都市にも自動迎撃装置がついているのだが、“ドロフスキー産業”の“L.A(超巨大兵器)”がこの地にまで来ているとすると陥落も時間の問題だろう。
「とにかく時間がない。
都市の自動迎撃装置がいつまで持ちこたえてくれるか分からないからな!
もし爺さんを見つけたら俺を待たなくていいから脱出しろ!
ここもいつまでもつか分からねーぞ!」
マサノリはそういうと銃を持って走りだす。その時の彼の顔つきは何か大きなものを見つけたような、そして覚悟を決めた顔だった。ルフトジウムは彼がここに来て単独で行動する理由に心当たりがあった。
「もしかして息子の…?」
「?
息子?
先輩、それはどういう――」
興味ありげにサイントが会話に割り込もうとしてくるがルフトジウムはあえてなにも答えずにさっさと歩き出す。
「サイント、ヤマナカの爺さんを確保しに行くぞ。
さっさとこんな寒いし、陰気な土地オサラバしようぜ。
そんでカンダロと一緒に帰るぞ」
-凍てつく世界- Part 22 End




