-初めての友達- part 4
「どうだ!
言葉が出ねぇぐらい綺麗だろ!
俺が一番初めに見つけたぜ、たぶん」
「絶対それは盛ってるっスよ。
アクセスがいいんだから普通にみんな知ってるに決まってるっス」
ふふふ、と笑うハルサだったがタダノリからの返事は無かった。
「タダノリ?」
心配になってハルサはタダノリの顔を見る。
「あ、いや、すまん。
ちょっと考えててさ」
タダノリは神妙な面持ちで街を眺め、ふぅと小さくため息をついて背を向ける。さぁっと、静かに風が吹き、タダノリの短い髪の毛がゆらりと揺れた。彼の瞳はどこか憂鬱な雰囲気を携え、深い悲しみをその奥深くに隠しているような、そんな気がした。
「何やら考え事っスか?」
「いや、あのな。
この街並み、もう少ししたら消えるんだ。
理由はよく知らねぇんだけどさ。
なんか、重工が全部壊して新しく建て直すって言ってたんだよな。
だからお前は見れてラッキーなんだぜ」
タダノリはちょっぴり残念そうに俯き、鉄の柵に寄りかかった。まだ新しい柵はタダノリの体重を受け止め、ギィと小さく唸る。
「え、なくなっちゃうんスかこの景色?
こんなに綺麗で素敵なのに?」
「そりゃ、今の支配企業は重工な訳だしなぁ。
前支配していた企業の建造物なんて残しておきたくないだろうよ。
何より俺たち市民は守ってくれる企業の言う事には逆らえない。
もし逆らったら待ってんのは汚染されきった大地だしなー」
赤と白の美しいスタイルの街並みは外と中を隔てる巨大な壁の所まで続いていたが、そんな街を左右から挟むように重工の新しい街並が迫ってきていた。その街の仕組みの違いは一目瞭然で、旧市街に今住んでいる人達はきっと新しい生活に慣れるまで時間がかかるだろう。
「悲しいっスねそれ」
「ああ……やっぱ悲しいことなんだなこれ。
正直俺実感湧かなくてさ。
名前も重工の規定に乗っ取って付けられてるから正直こだわりがないんだよな。
支配者企業が変われば、文化も変わる。
仕方ないことなんだって俺は思うよ。
それに、別にこの街の歴史は特に長いわけでもないんだ。
最前線で常に支配者が七転八倒してる訳だし」
頭をボリボリとかき、タダノリは少し目を細めて改めて街を見た。
「…………」
ハルサは何も言えずに黙りこくって侵食されている街を眺め続ける。タダノリも暫く黙り、二人の間にはなんとも言えない時間が流れたが、再びタダノリが口を開いた。
「なぁ、ハルサ。
獣人と人間がどうとかお前、言ってたよな。
この街が俺の答えだよ。
俺のような最下層に産まれた人間は、獣人と一緒だ。
自由なんてないし、企業に入って安い給料で散々こき使われて使い潰される未来しかないんだ。
でも俺はそんなの嫌なんだよ。
だからこそ、俺は将来重工の戦闘部門に入る!
そんで戦闘術を学んで、“ギャランティ”に入るんだ。
傭兵として世界を回って金を貯めて唯一この世界に残った国家、リンカーネル共和国に行く。
そこで自由に生きるんだ!」
淡々と語るタダノリの姿はハルサから見てもとても子供のようには見えず、むしろ死んだ目で働いているそこら辺の人間よりも遥かに強い瞳をしていた。ドロフスキー産業の支配する地域の更に北にあるこの救いようのない世界に唯一残った共和国、リンカーネル。そこに行けば自由に、なんの企業に属することもなく生きれると信じているらしい。
「タダノリあなた……」
自由ってそんなに簡単なものじゃ……と続けようとしたハルサだったが何かを嫌うということをしてきたことがないであろう瞳を見て何も言えなくなった。
「なぁ。
街の真ん中に時計塔みたいな小さい建物あんだろ?」
タダノリが指を指した先、小さな塔がついた建物が一つ建っていた。他の建物よりも背が高く、明らかに目立つその建築物は凛々しく、その街の象徴のようにそこにあった。
「あるっスね」
「あそこ、俺の家なんだ。
俺達一家以外に三つの貧乏家族が一緒に暮らしてる」
「三つ!?
めっちゃ大所帯っスね!?」
「えー、そうか?
こんなもんだと思うけどな。
いい奴らばっかりなんだぜ!
金が無い俺達家族に優しくしてくれた人達ばっかり住んでいるんだ」
「家族っスか……。
いいもんっスね……」
「そりゃそうさ。
いつもとーちゃんが俺に言ってくるんだ。
こいつらは家族だからお前は何かあった時に守ってあげなきゃいけないんだぞ、って」
ハルサはタダノリの家の場所を覚えるためにしばらく眺めて頭の中に地図を描く。何かあったら姉のツカサと駆け込んでもいいかもしれない、と考える。遠くの砂漠の茶色と白と赤の対比はとても美しくずっと見ていても飽きないだろう、とハルサは一人心の中で考えぼんやりと砂漠と都市交互に視線を移す。
都市を覆う壁の遥か彼方には真っ黄色な土の砂漠と、そこで巻き起こる大きな砂嵐が大気圏にまで砂漠の細かくサラサラな砂を巻き上げているようだった。
「ん?」
そんな砂嵐よりも向こう側に、手前の砂山よりも巨大な何かが動いているのを見つけ、ハルサは思わず声が出てしまっていた。
「えっ、なんスかアレ……?」
砂嵐の切れ目がだんだんと大きくなって少しづつ全貌を明らかにするそれは砂山よりも大きく、鋼鉄の足は八本ついていた。何枚かの装甲のようなものが関節部分を覆っており、防御力は非常に高いものであることは安易に想像がつく。そもそもの大きさがおかしい。あの兵器を見てから手前の砂山を見ると遠近感覚がバカになるのをハルサは感じた。複数の鋼鉄の足で支えているのは巨大ないくつもの都市のような構造物で、上にはいくつもの超巨大な砲台をはじめとして、軍艦の艦橋のようなものがいくつか生えていた。更に街のようなものも所々にくっついており、あの超巨大な兵器自体がもはや一つの都市と言っても過言ではないレベルだ。簡単にまとめたら動く要塞都市ということだろうか。
「おっ!
おぉ~~!!
お前ラッキーだな〜!
“カグラチ級移動要塞”が来てんじゃん!
中々見れるもんじゃないぞあれ!」
明らかにテンションが上がったタダノリが、意気揚々と教えてくれる。
「“カグラチ級……”?」
聞いたことがない言葉の響きにハルサは首を捻った。
「そうさ。
この街を守ってくれてる重工の巨大歩行兵器さ!!
かっこいいよなー!
俺も将来はあれに乗るんだ!
そしてみんながいる街を守りながらお金を稼いで……!」
親指を立ててハルサはあの兵器の大きさを簡単に見積もってみる。全長七キロを軽く超えるその巨体は砂嵐を引き起こしている張本人なのではないか。時折ゆらりと蜃気楼で歪むその姿は重工の兵器について少し詳しいハルサでも知らなかった存在だ。
「はぁ、よくわからんスけど……。
男の子はああいうの好きっスよね」
「そりゃそうさ!!
あの兵器があるからそれぞれの企業のぱわーばらんす?ってのが保たれてんだからよ!
おっと、そろそろ次の所に行こうぜ!
時間は無限にないんだ!!」
-初めての友達- part 4 End




