表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
169/202

-凍てつく世界- Part 21

 車が通ることが出来る程広かった通路は一枚の鋼鉄製の分厚い扉を通り抜けた先で更に高く、広いものへと変わる。先ほどまで歩いていた空間と新しい空間を繋ぐ扉が開いた瞬間、マサノリは新しい空間から湧き出すなんとも言えない暗く、どんよりとした雰囲気に思わず嘔吐いてしまう。


「うっ、な、なん…何があったんですかここ…?」


 マサノリはヤマナカの癇癪で再び殴られると分かっていても尚、好奇心から尋ねざるを得なかった。彼の目の前の広がる空間は歩いてきた場所とは打って変わって、見るも無残に荒れ果ててしまっていたのだから。

 壁には装甲と呼べるほどの分厚い鉄板が張り巡らされていたのだが、その肝心の装甲は何者かの攻撃によってあちこちが溶けて、壁から滑落してしまっている。分厚い装甲板が剥がれ落ちた部分から基盤の硬化コンクリートが丸見えになっていて、とんでもない衝撃を受け止めたであろう硬化コンクリートはボロボロと剥離が始まっていた。高い天井の大きな照明はいくつも割れており、薄暗い通路上には壊された四足歩行戦車と四足歩行戦車の部品があちこちに散らばり、ブルーブラッドと呼ばれる人工筋肉を動かすための血液が蒸発した跡が残っている。


「これは骨ですか…?」


「…………」


 焼け焦げた戦車の上には骨と思わしき白い棒状のものと、熱で溶けて変形した銃がくっついており、薄暗さに目が慣れ、改めて落ち着いて周りを見渡せばあちらこちらには死体だったものが無造作に放置されていた。

 消火剤の化学的な匂いと焦げた匂いが入り交じり、マサノリを不快な気持ちにさせていく。所々で床や壁に残る黒い染みはここで死んだ兵士達の血液だろう。空薬莢すら片付けられていないことから、何か事故もしくは戦闘行為があった後長らくこの空間は放置されているのだと簡単に推察することが出来る。まるで戦争があったかのような光景にマサノリは閉口していた。


「余りにも酷いものだろう?」


「はい……。

 正直なんと言葉を出せばいいのかすら…」


ヤマナカは目を細めて天井を見上げる。始めて見せるヤマナカの物憂げな表情はここで何があったのかを否応が無しにマサノリに伝えてくる。


「この惨劇は一人のクソガキによって引き起こされたんだ」


棘を多く含んだ言葉にマサノリは敏感に反応していた。


「…クソガキですか?」


「そうだ。

 二年程前にこの研究所に乗り込んできたガキがいた」


「…………」


どこか寂しそうに、しかし憎しみを込めて話すヤマナカの表情をマサノリはまともに見ることが出来なかったが、マサノリの中で何かが動いたような音がした。彼は必死に自分の心を抑え込むと、震える声でヤマナカに尋ねる。


「その……その“ガキ”は何をしたんですか?」


マサノリの声色が変わったことに傍若無人な態度のヤマナカが気が付くはずもない。ヤマナカは周囲に散らばっている薬莢や部品を煩わしそうに杖の先で無理やり押しのけて歩き続ける。


「“いらないこと”だよ。

 その結果、起きたのがこの“惨劇”だ。

 見たまえ、哀れな兵士達を。

 ここで軽く二百人は死んだんだ」


「そう…。

 そう…でしたか……」


マサノリは気が付けば手汗をびっしょりと書いていた。いつの間にか鞄を床に降ろし、銃を握っていた。彼の手は小刻みに震えている。


「ふぅー……」


目を閉じたマサノリの瞼に愛する息子の顔が浮かぶ。彼は涙が溢れそうになるのを堪え、目頭を押さえる。死んだ場所すらも碌にわからなかった息子の墓を見つけた彼は、必死に冷静さを取り戻すために何度も深く深呼吸する。熱くなった頭が冷えたマサノリは銃を放し、鞄を持ち上げるとヤマナカの背中を小走りで追いかけた。

 奥に行けば行くほど惨劇は勢いを増しており、埃を被っているもののまだまだ現役で動かすことが出来そうな四足歩行戦車が無造作にずらりと並んでいる。壁には何台もの歩行戦車が突き刺さっていて、蒸発して粘度だけが上がったブルーブラッドが鍾乳石のように垂れ下がっていた。装甲版の上にはレールが壁に敷かれており、そこには小型の移動式長砲身速射砲が六基程取り付けられていた。しかしそのうち五基はすでに真ん中から溶解しており、かろうじて無事にも見える一基の砲身は真ん中からぐにゃりと折れ曲がってしまっている。


「…………」


速射砲には爆発、炎上した跡も見られ、いくら通路が広いとはいえ爆風はこの中を所狭しと暴れまわったことだろう。横倒しになった四足歩行戦車が何台も転がっており衝撃のすさまじさを語っている。しかし、奇妙なことに速射砲も戦車も砲門は相手が侵入してきそうな入口側ではなく、奥を向いて動かなくなっていた。これではまるで……。

 奥へ進めば進むほど死の匂いが強くなっていく場に耐えきれずマサノリは唇を噛み、絞り出すようにヤマナカの名前を呼んだ。

 

「ヤマナカさん……!

 もうここから先へは……!」


「やかましい!!!

 もう少しで着くから黙っていろ!!!

 お前の任務は私の護衛だろうが!!!」


「ですが―――!」


「黙れ!!!」


 砲門の向きに違和感を覚え、ヤマナカに殴られながらも渋々後をついて歩いていたマサノリの前にやがて巨大な分厚い鋼鉄の扉が姿を現した。高さは二十メートル、幅は四十メートル程にもなるだろうか。扉には白色の文字で『鋼鉄の天使級第二重巡洋艦保管庫』と書かれている。


「はぁ…はぁ…やっと…やっと辿り着いたぞ…!

 存外あの二匹の獣人は役にたったみたいだな……!

 時間稼ぎぐらいは出来たってことだ…!」


 ヤマナカは息を切らしながらもその扉の側面についている液晶に手のひらを翳し、自らの光彩を機械に読み込ませる。セキュリティが解除された音がしたかと思うと、扉の中央についていた円形の鍵が回転し、直径二メートルはありそうな円柱が動いて扉のロックが外れていく。


「これって……?」


「この“遺跡”は守らねばならん。

 マキミの悪魔の思うようになんてさせんよ。

 あの大鎌の獣人…ここで殺してやる」




   ※   ※   ※




「先輩!

 叫び声が……!

 地震が、地震が来ます!!」



 二匹は二人を追いかけてすでに巨大な扉の通路にまで来ていた。今にも崩れそうな通路には破壊された速射砲やずらりと壊れた四足歩行戦車が並ぶというなんとも奇妙な状況をかみ砕いて飲み込む暇もなく、二匹は埃の上に残った二人の足跡を追いかけていた。


「だから何だよ!!

 そんなものにいちいち構うな!

 いいから走れ!!」


 サイントが発言した通り崩れかけの通路がまるで蛇のようにうねるのが見えた。そのうねりはすぐに地震へと姿を変え、二匹へと襲い掛かる。さすがの獣人の体幹でもバランスが崩れ走れなくなり、二匹は戦車に手をついて転ばないように体を支える。壁に辛うじてついている足場が揺れでギシギシと軋み、揺れに耐えきれなくなったいくつかの建材が根本からひしゃげて倒れ込む。壁についている速射砲の土台も大分ガタが来ているのか今にも外れてしまいそうなほどグラグラと揺れており、この場所にいる事がもはや命知らずと言われてもおかしくない。のだが、二匹とも揺れが収まると二匹はすぐに走り出した。


「先輩、あそこ。

 二人とも居ます。

 しっかり生きてます。

 これで任務は成功したといっても過言ではないかもしれませんね」


 走りながらサイントが指さした先にはヤマナカとマサノリが、巨大な鋼鉄の扉を前にして立っていた。扉には『鋼鉄の天使級第二重巡洋艦保管庫』とだけシンプルに書かれている。シンプルではあるものの重厚さと周囲の景色も相まって不気味な出で立ちの扉はすでに左右へと開き始めていた。


「マサノリ!

 ヤマナカさん!」


ルフトジウム二人に向かって手を振る。どこか暗い表情をしたマサノリは二匹に気が付くと軽く手を振り返してくれたが、ヤマナカは二匹に向かって一瞥すると、すぐに開いた扉の隙間から中へと入って行く。二匹はマサノリに近寄ると無事に大鎌の獣人を撃退したことを伝えると同時に、カンダロに通信を開けるかどうか尋ねた。


「ああ、できる…と思うが……」


マサノリがポケットから通信機を取り出そうとした瞬間、どこか遠くで何かが崩れる音が通路中に響き渡った。




               -凍てつく世界- Part 21 End

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ