-凍てつく世界- Part 20
「何勝手に期待して勝手に失望してんだ。
お前に何言われようが俺は後悔なんてしてない。
俺は選択を間違えたなんて思っていないからな」
サイントを突き放すようにそう言うとルフトジウムは先にトロッコに乗り込む。サイントはそんなルフトジウムに呆れたように大きなため息をついて手に持った銃をホルスターへと戻す。
「残念ながら間違ってますよ、先輩。
サイントはそう言いました」
「そうかい」
ルフトジウムはサイントの顔を見ないように、またサイントから顔を見られないように真正面だけを見て上っ面だけの返事をする。
「はい」
「…なあ、サイント。
理由は後でまた話すって言っただろ。
だからそのむくれた顔をやめろ。
今は任務中だぞ」
「表情を変えたつもりはありませんが。
それにサイントの顔を見ていないのにどうして分かるんですか」
「滲み出てるんだよ、言葉の内面から。
お前の感情が」
「言葉に感情を乗せたつもりはありませんが」
「付き合いの長さだろ、こういうのは」
二匹はトロッコに乗り、ルフトジウムがブレーキを解除するとヤマナカとマサノリを追いかける。五分ほど走るとトロッコはまた何本かの線路と合流し、トンネルの大きさは徐々に広がっていく。物資を大量に乗せたトロッコが猛スピードで二匹の乗るトロッコを追い越していく。ルフトジウムは頭の中をぐるぐると回るハルサの顔を思い出し、憂鬱な気持ちになりながらも任務中だと自分に言い聞かせる。大鎌の獣人が誰だったのかは今はとりあえず横に置く。先に護衛対象の無事を確かめるのだ。
「先輩」
「あんだよ」
敵の攻撃の気配を察知すべくずっと周囲に耳を澄ませていたサイントは突然ルフトジウムに話しかけてくる。
「この地下の空間、なんかとても変だと思いませんか?」
ルフトジウムは少し黙り込んで、頭の中を占領している大鎌の獣人を引き出しにしまう。サイントの求めているであろう答えを考え、周囲の状況等を思い出し口から言葉として吐き出した。
「……まあ、確かにな。
個人が避難する為に作ったにしては規模がデカすぎる。
いくら“大野田重工”のお偉いさんだからっていくらなんでもこれは大げさすぎるよな。
それにこんなに人口が少ない街に見合わない消耗品の量…。
避難用なんかじゃないのは火を見るよりも明らかだな」
「それもそうなんですけど…。
なんていうか…言い辛いんですがサイントはこの空間が生きているような気がして。
まるで巨大な生物の腹の中にいるような……」
ルフトジウムはまるで怪しい人を見るかのように振り返ってサイントを睨みつける。ルフトジウムの耳が垂れ下がり、星形のピアスがゆらりと揺れる。
「何言ってんだお前…」
サイントは焦ったように言葉を継ぎ足す。
「生きてるっていうよりは――!」
サイントは何かを恐れるようにハッと天井を見上げる。しかしそこにはライト以外何もない。
「おい、やめてくれ。
俺はそういうホラーな話が大っ嫌いなんだよ…。
知ってるだろ?
わざとか?」
「すいません。
でも今確かに何か“声”のようなものが聞こえた気がして…」
ルフトジウムはサイントをトロッコの椅子に座らせる。
「少し休んでろ。
慣れない土地に慣れない気温、ぶっ通しの戦闘で疲れてるんだよ」
「ですが――」
「疲れてないってなら逆に重症だぞ。
大丈夫かよ。
頭にアルミホイルでも巻くか?」
「サイントを馬鹿にしないでください。
何ですかその対処法」
後輩をからかい、少し気分が晴れたルフトジウムはようやく頭の中からハルサのことをとりあえず忘れることに成功した。今は兎にも角にも任務だ。
少しの間トロッコに乗っていると二匹はやがて天井も床も真っ白に塗られたホームに辿り着いた。まるで総合病院の待合室のような清潔さを前面に押し出した雰囲気を持ったホームは広く作られており、乗降場は全部で四つ整備されている。壁には『遺跡中央研究所』と紺色で書かれた看板がかかっていて、注意書きで『第五種特殊資格の無い研究員は立ち入り禁止』と付け足されていた。トロッコはそこでブレーキをかけて止まる。側にはもう一台トロッコが止まっている。二匹はトロッコから降りると止まっているトロッコに近づいて様子を伺う。
「先輩、まだ電源が入っています。
おそらく先ほどまで使われていたかと」
トロッコの中には何枚か紙が散らばっていて、その紙にはヤマナカの名前が書かれてあった。
「この紙…ヤマナカとマサノリはここまで来たんだな。
しかし、そうとう焦ってたんだろうか。
特許証明書を何枚か落としていってるな。
命より大事とかほざいていたような気がしたんだが」
サイントもトロッコの中の特許証明書を何枚か拾い上げると名前、そして顔写真に目を通す。
「ヤマナカのもので間違いなさそうです。
彼らはここに来ていますね」
「入口を見てみろ。
開けっ放しだ」
「注意してください。
セキュリティがまだ生きているかも」
ホームの両端には中央研究所へと続く道が繋がっており、その片方のゲートはまだ開いている。ルフトジウムは駆け足でゲートの傍まで歩くとまずデバウアーの先端をゲートの中へと入れてみた。もしセキュリティが働いているのなら、容赦なくデバウアーにレーザーが飛んでくるはずだ。しかし、一向にデバウアーにレーザーが飛んでくる気配はなく、ルフトジウムは恐る恐るながらも右足をゲートの中へと踏み入れる。サイントはそんなルフトジウムの様子を少し遠くから見ていたが、体ごと一気に行こうとするルフトジウムの服を掴んだ。
「危ないですよ。
いつまた動き出すか――」
「大丈夫だ、見てみろ。
セキュリティは動いてない。
もし動いてたら今頃俺は真っ黒こげのラム肉になってる」
「これ以上先にサイント達は入っていいのでしょうか。
越権行為では?」
サイントは不安そうにカンダロに連絡を取ろうとする。しかしまだ圏外なのか通信機は一向に繋がる気配がない。ルフトジウムは通路の先を顎で指し
「構うこと無いだろ。
これは護衛任務だ。
見ちゃいけないものを見たら任務後に記憶処理をされるだけのことさ」
覚悟を決めたように一歩を踏み出した。サイントもその後ろを恐る恐るついてくる。真っ白な空間は通路にも適用されており、所々切れている電気のおかげで通路は斑模様に見える。思ったよりも通路の空気は澱んでおり、換気装置が止まってもう長いことだけを二匹に伝えている。
「見てみろ、サイント。
埃の上に足跡が二つ残ってやがる。
間違いなくヤマナカとマサノリだ」
「どこまで行ったんでしょう。
ちゃんとこのまま地上に向かってくれているといいんですが…」
二匹は埃の上の足跡だけを頼りに二人を追いかける。
※ ※ ※
「あのー…ヤマナカさん?
一体どこまで行くつもりなんですか?
それにこの施設、私が入っても大丈夫なんでしょうか。
越権行為な気がしてならないんですが…」
マサノリは車が一台簡単に通ることが出来るほどに広い通路をヤマナカの盾になるように先導しながら歩いていた。トロッコを降りてからもうずいぶんと歩いた気がする。ホームにかかれていた場所の名前はあいにく読めなかったものの、この施設の雰囲気はまるで何かの研究所のようだ。あちこちの施設はすでに埃を被っており、稼働していないものの建物全体に人の気配が全く無い訳ではない。
「だ、大丈夫…だ!
この私がいる!!」
「それだといいんですがね…」
立ち止まって鞄を持ち直したマサノリをヤマナカは追い越す。取り乱した老人の後姿に大きなため息を一つつき、マサノリはなんとも気だるそうに鞄をいくつも持ってついていく。歩きながらマサノリはずっとこの老人のことについて考えていた。元から色々とおかしいのは確かなのだが、更に輪をかけてどこかがおかしい。あれほど自尊心にあふれ、横暴な態度を取っていた彼は瓦礫の中に大鎌の獣人を見た瞬間に取り乱し『自分を殺しに来た』と壊れたレコードのように何度も何度も呟いていたのだ。そして彼は心臓の病気を押して、何かに取りつかれたように歩みを進めていく。
「あれを使えば…。
あれを使えば大鎌の獣人……マキミの亡霊なんてすぐに……」
「マキミ?
亡霊?
何のことです?」
意味の分からない単語をずらりと並べる彼にマサノリは聞き返す。しかしヤマナカはその疑問に一言も返さず激情すると、持っている杖でヤマナカを叩く。
「痛いですよ!
ヤマナカさん!?」
「いいから黙ってついてこい!!!
くそっ、マキミめ…この私にあんな化け物を……。
ここで殺してやる……消してやるからな……」
ヤマナカはマサノリを五度ほど叩くとまたすぐに歩き出す。マサノリは攻撃を受けたバッグからパラパラと紙が落ちるのを気にせずその後ろをついて歩く。
「一体全体なんだってんだ…」
-凍てつく世界- Part 20 End




