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-凍てつく世界- Part 19

「馬鹿言うなよ。

 そいつが俺に本当の事を教えてくれると思ってんのか?」

 

 自嘲気味にルフトジウムはくつくつと喉を鳴らして笑い、楽観的な考えを持っている猫の獣人に呆れるしか無かった。笑われている当の本人は半ば自棄になっているルフトジウムへと一瞬たりとも意識を向けることなく、ひたすらハルサの傷口に消毒液を塗り、出血箇所に包帯を巻いていく。


「黙ってないで答えろよ。

 どうなんだよ?

 お前は今までずっと敵だった奴に『貴女のこと教えてください』って言われて『はいそうですか』って教えることが出来るのかよ?」


包帯を巻きながら猫の獣人はイラついたように声を荒げる。


「こいつが正体を教えてくれるかどうかなんてボクが知るはずないのにゃ!

 ボクは大鎌の獣人じゃないからにゃ!

 教えてくれるかどうかなんて全部お前のこいつへの日頃の態度次第じゃないのかにゃ!?」


猫の獣人の他人事すぎる言葉にルフトジウムは思わず拳を握りしめて反論していた。


「俺はなぁ!

 こいつのことを“愛している”からこそ、ちゃんと――……!」


 ドライブデートもしたし、何度もお店に遊びにも行ったし、毎晩欠かさずメッセージのやり取りもしたし電話だって…と続けようとしたルフトジウムだったが、急に恥ずかしさと馬鹿らしさが降って湧いて彼女の口調を失速させた。


「…何が言いたいにゃ?」


ルフトジウムは首を力なく降り俯くと、風で地面を転がる小さなゴミを眼で追いながら小さく呟いた。


「なんか自分で言ってて、改めて気が付いたよ。

 虚しいことに俺は何もこいつ――ハルサについて知らなかったんだなって。

 そもそもこいつが俺の知ってるハルサと同一個体なのかどうかすら今の俺には分からないんだ。

 この整った顔だってたまたまハルサの顔のデータが流用されただけかもしれないしな」


 獣人達は全員工業製品である以上同じような顔をした獣人なんていくらでも存在している。ルフトジウムと同じ顔をした獣人だってこの世界にはごまんといる事だろう。ルフトジウムは目の前に倒れている大鎌の獣人が何とかしてハルサではないことを自分自身で証明しようと知恵を絞っていたのだが、心の奥底ではちゃんと分かっていた。こいつがハルサでない事よりもハルサである事を証明する方が簡単だってことも、全部。


「ははは……。

 なんか疲れちまったな」


 折れた角が急に痛み出したような気がして、ルフトジウムはふと折れた角を優しく触っていた。ルフトジウムと大鎌の獣人が初めて会合し、ルフトジウムが大鎌の獣人を追いかけるきっかけを作った夜に折られた角。鏡を見るたびに必ず復讐を誓っていたルフトジウムと大鎌の獣人との因縁の象徴。


「……顔が同じ個体なんていくらでもいるからにゃ。

 お前がハルサ?っていう個体とこいつを勘違いしているだけの可能性もあるからにゃ」


「そうかよ。

 それなら俺が勝手に落ち込んでるだけで話は終わるから幾分か気楽なんだけどな。

 けど……そいつは俺が知ってる獣人で間違いなんだろうな」


「なんでそう思うのにゃ?」


「野生の勘…ってやつだよ」


「よりによって一番頼りにならん奴にゃ」


「………………」


 それから二匹の間で会話という会話は無く、闘志がすっかり消えてしまったルフトジウムはただひたすらに猫の獣人がハルサの手当てをしている光景を、焦点の合っていない眼でぼんやりと見ることしか出来なかった。


「…………」


「………………」


 無言のまま十五分ぐらいが経過しただろうか。猫の獣人はようやく大鎌の獣人の手当を終えると、大鎌の獣人と大鎌を背中に背負う。そして近くの非常口を目掛けて歩き出した。ルフトジウムは慌ててデバウアーを握ると猫の獣人を追いかける。


「おい!

 お前、サイントが無事かどうか見せてくれるんじゃないのか?」


どれだけ意気消沈していようが、交わした約束だけは果たしてもらわなければならない。猫の獣人は少しも振り返ろうとせず、ルフトジウムに一言吐き捨てる。


「そんな必要ないのにゃ」


「お前、まさか俺を騙して――」


「違げぇにゃ。

 周りをよく見ろにゃ」


 猫の獣人はルフトジウムに襲い掛かられないように静かに線路の続く先を示して見せる。示した先には こちらへと向かってきているトロッコが一台走っていた。その上には見慣れた後輩が乗っていた。金色の髪の毛に大きな耳が付いている兎の獣人の姿は間違いなくサイントだった。


「ボク達は約束を果たしたのにゃ。

 次はそっちの番にゃ」


「ああ、分かってるよ」


サイントは遠くからでも目立つルフトジウムへ手を振っていたが、その横に猫の獣人が立っているのを見つけるとすぐに銃を構えて、撃つ体勢に入る。


「待て、サイント!

 撃つな、撃つな!」


 近づいてくるサイントから猫の獣人たちを守るようにルフトジウムはトロッコの線路上に立ちはだかり、手を横に大きく広げた。猫の獣人は一度立ち止まってチラリと様子を伺っていたが、ルフトジウムが守ってくれたことに安心したように歩き出す。


「先輩何してるんですか。

 そいつはずっとサイント達が長年追いかけている大鎌の獣人とその相棒です。

 逃がす訳にはいきません。

 足を銃で撃つ、もしくはデバウアーで切断することを提案します」


 ブレーキをかけ、止まったトロッコから降りてきたサイントは早口でここで二匹を仕留めるべき理由をいくつか並べ立てる。ルフトジウムは、無表情ながらも猫の獣人に隙あらば発砲しようとする後輩の腕を咄嗟に握り銃口を反らさせる。


「先輩、サイントの言ってること理解されてますか?

 あの二匹は敵です。

 我々の憎むべき敵ですよ」


「ああ、分かってる」

 

「では、何故捕らえないんです?

 今は間違いなく絶好のチャンスだとサイントは考えます。

 二匹とも弱っています。

 しかし、先輩のやっていることはサイントの邪魔で……」


「分かってる…!

 サイント、分かってるんだよ俺は…」


 サイントもルフトジウムに負けず劣らず苛烈な戦いを繰り広げてきたのだろう。青色のF部隊の服はボロボロに破れ、彼女の利き腕には火傷や裂傷が見られる。髪の毛の一部は焦げており、腕以外に様々なところから出血している。


「一時休戦だ。

 もうこいつらはヤマナカに手を出さない」


「そんなの…そんなの信じられません!

 サイントはそこの猫の獣人とさっきまで殺しあっていたんですよ!?」


 いつもは物静かなサイントがかなりの剣幕でそう捲し立ててくる姿は珍しく、流石のルフトジウムも少しだけ気圧されるが、約束は約束だ。


「休戦は休戦だ。

 俺達もボロボロだ。

 これ以上ここで戦っても勝てる見込みは正直半分もないぞ」


二匹が言い争っている間に猫の獣人は非常口に辿り着くと思い金属製の扉を開け、ルフトジウムにお辞儀をすると中へと消えていく。


「ですが!

 相手も負傷者を抱えての戦闘になる!

 サイント達はまだ二匹とも動けますよ!?

 今ここで仕留めるべきです!」


何とかして追いかけようとするサイントは掴んでいるルフトジウムの腕を鬱陶しそうに払う。しかし、ルフトジウムの握力は強く、サイントの腕を放さない。


「ダメだ。

 あいつがここで大人しく引き下がったのも何か策があるからだ。

 もしかしたらここの道を埋めることだってあいつには出来たのかもしれないぞ」


「それは……」


 トロッコごと埋められる可能性を考えていなかったからか、サイントはブツブツと文句を並べ立てつつも大人しくなる。そして猫の獣人が消えた扉を恨めしそうに睨み、次にルフトジウムの顔を睨みつけた。キツイ目つきをした彼女の今まで見たことない表情には沢山の怒りと、沢山の絶望が入り混じっていた。


「サイントいいか。

 この件はまた後で話す。

 とりあえずヤマナカとの合流を目指す。

 そしてカンダロに状況を報告して判断を仰いでもらう」


「……分かりました。

 でも先輩、処分は免れないですよ。

 “断頭台”ともあろう人が、目の前で犯人を逃がしたんですから」


「処分されるなら俺はそれでいいさ。

 この体、会社のために最後まで使えたんだからな」


「……残念です、先輩。

 貴方には失望しました」




                -凍てつく世界- Part 19 End



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