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-凍てつく世界- Part 16

 大鎌の脅威が去ったからと言って、彼女が時速八十キロのスピードで走るトロッコから落ちることに変わりはない。慣性の法則に従ったルフトジウムの体は線路に頭から落ちていく。


「くっ……!」


 彼女は落ちる直前にデバウアーを下にして線路に対して垂直に当て、安定した場を用意する。デバウアーと線路が擦れ、火花が上がったその瞬間、ルフトジウムは両腕の筋肉で自身の体をぐいと押し上げた。ルフトジウムはネットの海に落ちている体操の選手並みの美しい軌道を描くと、まるで何てことなかったかのような涼しい顔をして無事に両足をついてトロッコの上に着地する。

 大鎌の獣人は四つん這いになって、急ブレーキをかけているトロッコから落ちないようしがみ付いていたのだが、ルフトジウムが戻ってきたのを見るや否や慌てて起き上がろうとする。


「文字通り地獄から這い上がってきたぜ?

 どうやら神は俺に味方したみたいだなぁ!?」


そういうとルフトジウムは着地した勢いをそのままに走り出し、起き上がろうとする大鎌の獣人の腹部を今までの戦い全てを終わらせるつもりで全力で蹴り上げたのだった。


「―――ぁ!」


 彼女の内臓にダメージが通った感触がルフトジウムの固いブーツの先からも伝わると同時に大鎌の獣人が今まで聞いたことないような声を上げる。まさにメキメキという効果音が正しいだろうその感触は、大鎌の獣人へ強烈な被害を与えることに成功した証明だった。

 山羊の戦闘用獣人であるルフトジウムは本気になれば四脚歩行戦車程度なら蹴り壊す事が出来る程の脚力を備えている。一人の子供のような大きさの獣人に使うには余るほどの力がつま先という狭い範囲に密集し、目の前の敵の体へ突き刺さると強烈な運動エネルギーを受けた大鎌の獣人の体はまるでボールの様に飛んだ。ようやく止まったトロッコの上でゴロゴロと転がった大鎌の獣人はブルブルと震えながら上半身を起こし、大きく咳き込むと、口から血の塊をボトボトと吐き出す。

 ルフトジウムはまだ動く敵の姿を見て感心するように大きく息を吐いて敵の近くに立ち、思いっきり見下してやった。宿敵は今やルフトジウムの前に膝を屈し、目の前の獣人の生殺与奪の権利を握っているのは誰が見てもルフトジウムだった。


「俺の本気の蹴りを喰らって死なねえのかよ。

 本当に頑丈だなぁお前。

 普通の戦闘用獣人でも今のは死ぬぞ?」


「か、神が…味方したんだろ…うよ…!」


 生意気な返事を返してくる大鎌の獣人にルフトジウムは近づくと、もう一度強く腹部を蹴り上げた。嗚咽とともに大鎌の獣人は跪く。


「はっ、馬鹿が。

 俺に味方する神はいれど、お前に味方する神なんていねぇよ」


「………」


大鎌の獣人は蹲り、血を吐き出しながらも左手から大鎌を手放そうとはしない。まだ消えていない敵の闘志にルフトジウムは内心で賞賛を送ると一歩後ろに下がり、デバウアーを構え、一言放つ。


「立てよ。

 まだ戦えるんだろ?」


「……………」


 災害発生時のような強いアラート音が狭い空間でこだまし、一定間隔で回る赤色蛍光灯の強い光が更に焦燥感を駆り立てている。冷えた空気は二匹の呼吸のたびに白い水蒸気を発生させ、遠くから吹いてくる風には焦げ臭さが混じっていた。汗と血でルフトジウムの顔に白い髪がへばりつく。先ほどまでの出血はようやく固まり始め、不快感を示していたがそんなものを気にしている余裕はない。大鎌の獣人は腹部を抑え、痛みに呻きながらふらふらと立ち上がり、大鎌を持ち上げると覚悟を決めたようにいつものように構える。


「俺達兵器が戦いの中で死ねるんだ。

 それって幸福だろ?

 俺が勝った暁には、お前の首は会社に飾ってやるよ」


「あ、悪趣味……だな。

 ヤマナカ……と一緒………だ」


大鎌の獣人からの一言でルフトジウムは自分の大鎌の獣人に対して抱いている感情がようやく腑に落ちた。場違いだとわかっていてもルフトジウムは笑わずにはいられなかった。


「ふふ、そうか、そうかもな。

 今なら俺にも奴の気持ちが少しは理解できるぜ。

 確かに、自分が愛でて来たものは手元にずっと残したいと思うよ。

 例えそれがどんな形になろうがな」


 ルフトジウムは目を細めると目の前の敵をつま先から頭のてっぺんまでじっと見渡す。小さな背丈に、細い手足。厳重すぎるほど濃いホログラムで顔や声はここに至っても尚何もわからなかったがここまでルフトジウムのことを苦しめた相手は居なかった。これで最後になるだろう。野生の直感が彼女を内から突き動かしていた。

 大鎌の獣人の呼吸が落ち着き、再び戦闘態勢に入るまでルフトジウムは待ってやる。すでに敵が負っているダメージはかなりのものだが、対人ミサイルや大鎌の獣人の与えた総合的なルフトジウムのダメージも間違いなく引けを取らない。お互いに限界が近い中、ルフトジウムは目を閉じて息を静かに吸うと目を開け、デバウアーを構えた。


「さて、やろうぜ」


「祈れよ、“断頭台”

 そうすれば、お前のいう“神”が勝利をもたらしてくれるんだろ?」


大鎌の獣人はそう言うと、息を一瞬止めルフトジウムに向かって走り出す。その足取りは先ほどまで血を吐いていたとは思えないほどしっかりしたものだった。ルフトジウムも迎え撃つためにデバウアーを構え、大鎌の獣人目掛けてデバウアーの中に残っていた銃弾を吐き出す。


「勝利は神がくれるもんじゃねぇ!

 俺が自らの手で捥ぎ取るもんなんだよ!

 だから俺は祈ったりしねぇよ、バーカ!」


銃弾は大鎌の獣人の進路を塞ぐようにバラまかれていく。大鎌の獣人はとっさに大鎌とコートで顔を隠すとそのままルフトジウムの懐へと潜り込もうとした。


「――ッ!?

 危ねぇ!」


「なん……!?」


 もう少しで二匹の持つ武器がぶつかり合うまさにその直前になって先ほどの地震で地盤が緩んだのだろう。コンクリートの天井からパラパラと埃が一瞬落ちて来たかと思うとすぐに大きな破片が二匹の間に割って入るように落ちて来た。


「避けろ!!!」


 二匹は慌ててその場から離れようと向きを変えたがもう遅い。大きな破片はその質量を伴い、ルフトジウムと大鎌の獣人へと降り注いだ。ルフトジウムはとっさに自らの頭をデバウアーで覆い、破片から身を守る為に刃を上へと向ける。大きな破片がいくつもデバウアーに当たり金属音を立てる。それでも大鎌の獣人が襲い掛かってくる事を警戒していたルフトジウムだったが、敵が襲い掛かってくる気配は無い。少しすると瓦礫の崩落は終わり、辺りにはもうもうと視界を遮る程濃い砂埃が舞う。


「くそっ!

 おい!

 お前、生きてるだろうな!?

 逃げてないだろうなぁ!?」


しかし返事はない。返事は無くともそこにいるという気配だけは伝わってくる。奴は逃げてなどいない。ここで本当にケリを付けるつもりなのは奴も同じはずだ。


「返事ぐらいしろっての!

 無視しやがって!」


 ルフトジウムは天井を見上げる。天井にはぽっかりと穴が開いており、その奥からは湿った土がボトボトと落ちてきていたものの、これ以上穴が広がる形跡はなくいったんは大丈夫とも言える。土埃はすぐに止み、ゆっくりと視界が開ける。ルフトジウムはいつでも敵からの奇襲に備え、デバウアーを持ったまま一歩、また一歩と先ほど敵がいた場所へと近づいていく。


「おい……まじかよ……」


 ルフトジウムは落ちた瓦礫の中、大鎌の獣人がうつ伏せで倒れているのを見つけ思わず言葉を漏らしていた。ホログラム発生装置は瓦礫の影響で壊れてしまっているのか頭にホログラムはかかっていない。倒れている大鎌の獣人の頭からは血が静かに流れており、頭部に瓦礫が直撃したことだけを暗に伝えている。


「はは…ははは……。

 なんだよこの幕切れ…」


笑いながら近づいた彼女の表情はすぐに凍り付いた。倒れている獣人の耳に何度も何度も見たことがある金色のピアスが一つ付いているのを見つけたからだ。


「おい、おい…。

 マジかよ……嘘だろ……?」






                -凍てつく世界- Part 16 End

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