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-凍てつく世界- Part 15

 激しい攻撃の応酬を繰り広げ、戦いに集中している二匹が乗ったトロッコはいつの間にか本線から外れ、線路は単線へと変わっていた。いつもなら縦横無尽に動き回って戦う二匹が使える広さは連なって走っている三台の物資運搬用のトロッコだけに限定され、今までよりも狭い足場は機動性を重視している大鎌の獣人とってかなり不利な条件となって襲い掛かってくる。


「くっ…!」


 ルフトジウムは相手と距離を出来るだけ離さないよう振る舞い、大鎌の獣人は保持している武器のリーチを生かすことが出来ず、太ももの小刀を振ってデバウアーの攻勢を捻じ曲げる。ここまでルフトジウムからの激しい攻勢を往なし、微妙に生じていた隙間に一撃を差し込むことが今まで出来ていた大鎌の獣人だったが既にその動きは徐々に鈍くなっており、ここにきて二匹のスタミナの差がこれまでにないほど表面化していた。


「どうした、そんなもんかぁ!?」


腹部を狙って繰り出された大鎌の獣人の腕を掴み、その腕を切断しようとルフトジウムはデバウアーを振り下ろす。大鎌の獣人はデバウアーとルフトジウムの間合いにぬるりと攻め入ると、自らを掴んでいる腕にがぶりと嚙みついた。


「痛ってぇ!」


敵の顎の力はかなりのもので思わず掴んでいる手を離すが、デバウアーでの追撃は忘れない。灼けている大鎌の刃を使って振り下ろされたデバウアーを受け止め、質量差を使って弾き、彼女はいつもの癖でルフトジウムから距離を取ろうとする。だが、狭い足場がそれを許さない。彼女の後ろにはもう何も無く、ただ高速で流れていく線路が続いているのみだった。


「噛みついてくるなんてまるで“獣”だな?」


ルフトジウムは噛みつかれた手を開けたり閉じたりして、痛みと目視で傷の具合を確かめる。大鎌の獣人に生えている犬歯が皮膚を突き破り、じわりと血が滲み出していた。


「チッ……」


 まだまだ余裕そうな山羊とは違い、後ろを見て自分にはもう後が無いことを確認した大鎌の獣人はルフトジウムにも聞こえる程大きな舌打ちをして、焦ったように鎌を振る。ルフトジウムはその鎌を受け止めると右へと受け流し、余ったもう一本を相手の首をめがけて振り下ろした。

 大鎌の獣人は小刀の刃をデバウアーの刃に対して斜めに当て、運動エネルギーのベクトルを変える。お互いの熱い吐息を感じる程の距離で二匹はお互いの武器が縺れ、固まる。


「なぁ、いい加減に観念して俺に首を差し出しなよ」


「嫌なこった…!」


 明らかな機械音声ではあったが強烈な拒絶が乗った言葉を投げつけると同時に、大鎌の獣人は大鎌を床に当ててそこを軸として飛び上がり、脳震盪を狙って山羊の顎へとサマーソルトキックを入れようとする。まだ後ろに下がるスペースがある山羊はデバウアーをいったん引き払うと、トロッコの中央付近に立った。


「あーあ、振られちまったか。

 お前ガード硬すぎないか?

 そんなんじゃ誰からもモテないぜ?」


「………」


「体力も限界だろ。

 諦めてここで死ねよ」


スタミナ不足からくる疲労から大鎌の獣人は集中力が乱れ、狭い足場で体勢を整えようとして足を踏み外しトロッコから落ちそうになっていた。改めて体勢を整え、大鎌を構えるが明らかに動きには疲労が見て取れた。


「はぁ……はぁ……」


敵の荒い息遣いがトロッコのモーター音と混ざる。ルフトジウムはこれが勝負の際と見て大きく息を吸むって吐き出す。

 余裕そうな言葉を吐いているルフトジウムだったが彼女もかなりダメージを負ってボロボロだった。あちらこちらの怪我がジクジクと痛み、長時間リミッターを解除されている筋肉は悲鳴をあげ始めている。しかし、体力はまだ残っているし、相棒のデバウアーも健在だ。


「なんでそこまでしてあの変態を追いかける?

 お前達の目的は一体何なんだよ?」


「言うわけない…だろ…?」


小刀を太ももに仕舞い、敵は息を少しでも整えようと息を長く吐き出す。


「おいおい、俺はお前の体力が少しでも回復出来るよう喋りかけてやってるんだぜ?

 もっと俺を楽しませろよ。

 その分お前は体力を回復させることが出来るんだぜ?」


「……必要ない」


「そうかよ。

 でも変態を殺すつもりなのは間違いないんだろ?」


「…………」


「黙ってるってことは正解ってことだよな。

 それがお前の目的なら困った事になるんだよ。

 俺達は今ちょっとやばい立場に居てな。

 もしあの変態を護衛出来なかったら俺達の恩人が完璧クビになっちまうんだ」


「…そんなの私の知ったことじゃ無い」


「それはそうなんだけどな。

 譲れないのは俺もお前も同じってことだ。

 だからこの前みたいにお互いの妥協点を見つけよう、という提案を――」


「必要ない。

 アイツは必ず殺す。

 生かしてはおけないから」


「ああ、そうかよ。

 交渉は決裂だな」


 マサノリ達が乗ったトロッコがどこに行ったのか定かではないが兎にも角にも大鎌の獣人を彼奴等の所へ向かわせるわけには行かない。

両手に持ったデバウアーを重ね、彼女は全速力で大型の獣人の首を取りに動いた。大鎌とデバウアーの刃が擦れ合い、互いに放たれる高熱がぶつかり合って陽炎を作り出す。大鎌と鋏の鍔迫り合いは力でも体力でも上回っているルフトジウムに何時ものように有利に働く。


「これで最後だ。

 残念ながら俺の勝ちだな?」


「ッ………!」


 しかし敵もさる者だ。追い打ちをかけたルフトジウムの動きと考えを読んで出来るだけ先手を打つ。最後のひと押しだと言わんばかりにデバウアーを一瞬引いて鎌ごと敵の体を挟もうとする大振りな攻撃を、敵はトロッコから落ちるように小さく飛んで避けたのだ。


「はぁ!?」


 こんな行動は、ルフトジウムからしたら敵が勝負を諦めて投身自殺するように見えていた。二匹が乗っているトロッコの速度は時速八十キロにも達しており獣人と言えど生身でこんな不安定な場所に飛び降りて無傷で済むはずがない。


「お前、またかよ!

 せめて首だけでも置いていけぇ!!」


自殺するのは全然構わないがせめて、戦利品として大鎌の獣人の首を取ろうとルフトジウムは咄嗟にデバウアーを振り相手の首を削ぎ落とそうとする。そして何かしらのアクションをルフトジウムに起こさせようとする事こそが大鎌の獣人の狙いだった。彼女は自分へと向けられた殺意の刃の峰をとんでもない集中力と、残されたスタミナで掴むとそのまま落ちる勢いを借りてデバウアーを引っ張ったのだ。ルフトジウムは当然落ちないように足を踏ん張る。大鎌の獣人は地面に軸足が付くのと同時にありったけの力で跳躍し体を浮かせた。跳躍の勢いはかなりの物で、その結果大鎌の獣人が掴んだデバウアーを軸に大鎌の獣人の体は回る。作用、反作用が働き、ルフトジウムの体が今度はトロッコの外へと投げ出される番だった。


「てめ…ぇ…!」


 ルフトジウムの視界にはトロッコから蔑むように見下ろす大鎌の獣人が映っていた。彼女はトロッコの上に立つとルフトジウムをトロッコから落とすだけでは飽き足らず、大鎌で確実に止めを刺そうと鋭い一撃を放つ。空中で録に回避行動が取れないルフトジウムの胴体を目掛けて刃が迫りくる。ルフトジウムはデバウアーの片方を地面に突き刺し、無理やり動きに変更を加えつつ、残ったもう一本のデバウアーで攻撃を受け止めようとする。しかしもう間に合わない。


「これが俺の最後かよ…」


 彼女に久方ぶりに訪れた敗北は何の遠慮もなく彼女の胴体を二つに切り裂き、中に詰まっている命を砕くだろう。走馬灯が目の前を走ることもなく、ルフトジウムはただ自分の運命を受け入れることにした。しかし、ルフトジウムが死ぬことを受け入れても、運命は彼女が死ぬことを許さなかった。突如大鎌の獣人がトロッコの上でバランスを崩す。それよりもコンマ二秒ほど早くトロッコが車輪から火花を出して急ブレーキをかけたのだ。ルフトジウムの胴体を切り裂く予定の大鎌は大きくその進路を変え、大鎌の獣人はトロッコにしがみ付く事しか出来なくなっていた。






                -凍てつく世界- Part 15 End

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