-凍てつく世界- Part 14
視力が断片的ながら戻ってきた彼女はすぐに敵の後を追う。二分ほど全速力で走るとようやく廊下を抜け、ひんやりとした空気と少し強めの風が吹いている広い空間に出た。所々に設置されている長寿命ネオン蛍光灯の白く冷たい光がポツポツと天井や壁を浮かび上がらせており、ルフトジウムはこの予想外とも言える空間に一瞬面食らう。
その空間はとても個人宅の地下に設けられたとは思えないほどの規模をしており、雰囲気としては田舎の寂れた地下鉄そっくりだ。何の装飾も施されていない無機質な自己修復コンクリート製で塗り固められた天井と壁が四方を覆っており、青色に光る信号と現在の運行状況を示すモニターが天井から吊り下げられている。
「なんだよここ薄気味悪ぃ…」
そんな味気ない空間の真ん中にはかなり小さいながらも立派な線路が二本通っていた。二本ある線路の上を同じ方向へ二人乗りぐらいの大きさのトロッコがかなりのスピードでルフトジウムの前を通り過ぎていく。
トロッコは縦が約五メートル、横が約二メートルと長方形の箱のようになっており車輪は前後に二つ、合計四つ付いている。自走用のモーターが下に組み込まれており一応ヘッドライトのようなものとテールランプのようなものが申し訳程度に接着してある。人が乗る用のトロッコには乗り降り用の扉と座るようの椅子、そして緊急用の補助ブレーキのようなものが取り付けられており、その他は物資を積み込むことが出来るよう底の浅い箱状になっていた。
「あいつ、一体全体どこ行きやがった?」
この空間に隠れることができる場所はそう多くない。ルフトジウムは舌打ちしながら周りを見渡す。怪しい箇所も大鎌の獣人が通った形跡も向かい側には無い。となると――。
「…見つけたぞ」
ルフトジウムは目を細め、線路の先へ走っていくトロッコをじっと見るとその上に一匹の小さな見覚えのある奴が収まっているのを見つけた。大きな鎌を持ち、分厚いコートをはためかせている。間違いない。奴だ。ルフトジウムはちょうど目の前にやってきた猛スピードのトロッコに何も考えずに颯爽と乗り込んだ。
「待ちやがれこの野郎!!!」
偶然にも彼女が乗り込んだトロッコはどうやら物資運搬用らしく、前を行く大鎌の獣人が乗る人間用と比べかなり早めの速度に設定されているようだ。二本しか無かった線路は少し進むといつの間にか他の路線とも合流して三本にも四本にも増え、辺り一面が自動で走るトロッコばかりになる。ほとんど人口がいないとマサノリが言っていた都市にも関わらずその人口を軽く凌駕するほどの物資がトロッコに乗っており、そのほとんどは食料や衣類といった消耗品のようだ。
ルフトジウムは自分の傍を走っていく更に速いトロッコに乗り換えると先を行く大鎌の獣人に近づいていく。トロッコの出す騒音と風はルフトジウムの匂いや気配をうまい具合に消しており、このままいけば彼女はすぐにでも大鎌の獣人の乗るトロッコに追いつけるだろう。
しかし間の悪いことに大鎌の獣人はルフトジウムの殺気を察知したのか、野生の勘が働いたのかふと後ろを振り返る。ルフトジウムの姿を見つけた奴は慌ててルフトジウムから逃げるために傍を走るトロッコに乗り換えた。
「あっ、逃げるなコラ!」
両者の距離はもう十メートルも無い。四本の線路を走るトロッコの上を二匹の獣人は乗り換えながら進んでいく。しかしこの追いかけっこは体の大きなルフトジウムの方が有利だった。彼女は物資が乗ったトロッコの縁を踏み、最短ルートを取る。
「絶対に逃がさないって言っただろ!」
「流石にしつこいなぁ!
もう追いかけてこないでよ!」
大鎌の獣人は対物ライフルをルフトジウム目掛けて放つ。不安定な足場から放たれた弾はルフトジウムには当たらず腹の横を掠め、後ろに陣取っていた荷物満載のトロッコに命中した。そのトロッコには何が積まれていたのか不明だったが、間違いなく言えるのは命中した瞬間に積み荷が火花を噴き出し、間髪入れずにトロッコが爆発した、ということだ。
「な…っ…!?」
「!?」
爆発の衝撃波と炎は周囲を走るいくつものトロッコを巻き込んでトンネル内に一瞬にして広がっていく。二匹は戦いを止め、慌てて爆風から逃げるためにトロッコを次々と乗り換える。後ろから迫ってくる炎は簡単にトロッコを飲み込み、ルフトジウムの乗り移ったトロッコを線路から浮かび上がらせる。
「あぶっ!ねぇ!!」
ひっくり返りそうなトロッコから前を走るトロッコへと乗り移ったルフトジウム。大鎌の獣人も同じように炎から逃げていた。爆発で脱線したトロッコは別のトロッコにぶつかり、また新たな脱線を引き起こす。こうして事故の件数はネズミ算のように増えていく。横転し、積み荷をぶち撒けながら炎上しているトロッコに後続のトロッコが次々と追突する。何度も何度も鼓膜が破れそうな程の強い衝突音が立て続けにこの空間の空気を震わせている。トンネル内の火災と、トロッコの運行状況により重大なエラーが起こったと認識した運行システムにより赤色のライトが点滅し、避難を促すブザーが鳴り響くと避難口を指し示す緑色のホログラムが矢印となって壁に浮かびあがる。
まさに大惨事ともいえる程大きな事故を後目に爆発に巻き込まれず無事だったトロッコ達は、スピードを緩めることなく目的地へと向かって進み続ける。
「何てことしたんだよお前」
「……知らんし」
必死に逃げた為か偶然にも同じトロッコに乗り込んでいた二匹は一度目を合わせた。心なしか申し訳なさそうな表情を浮かべ、尻尾を垂らしている大鎌の獣人を見下ろし、ルフトジウムは後ろで起きている事故から目を離す。
「残された都市の人の生活が犯されないといいけど」
「…………」
大鎌の獣人は力無く頷き、ルフトジウムも呆れて額の血を拭っていたが、二匹はすぐに自分達の立場を思い出し、戦いを再開した。
「そんな事よりそろそろ観念したらどうなんだよ!
ええ、おい!?」
二匹は我先にトロッコから出て有利なポジションを握ろうとする。勝負に勝ったのはまたしてもルフトジウムだ。先にトロッコから出た彼女は両手の鋏を振りかざし大鎌の獣人に襲い掛かった。首を切られないようにトロッコの中に引っ込む敵を狙い、ルフトジウムはデバウアーの先端で挟もうとする。敵の小さな体はこのとき有利に働く。狭いトロッコの中で右に左に器用に攻撃を躱すと、逆に山羊の脚を払おうとしたのだ。
しかし、そんな単純な攻撃を見抜けないルフトジウムではない。彼女は突き出された敵の脚を掴むと、馬鹿力でトロッコの中から引きずり出し、一周回って壁に投げつけた。
「ッ……!!」
敵は崩れた体勢を整え、二本の健脚で壁を蹴って再びトロッコに戻ろうとする。ところが、着地点にはルフトジウムがデバウアーを持って待機していた。大鎌の獣人は逃げようにも空中にある身体の向きを変えることもできず、仕方なく大鎌でルフトジウムの鋏を受け止めるしかなかった。
「もう逃げ場はねえぞ?」
ルフトジウムは追いかけっこは終わりだと通牒を突きつけ、にやっと笑った。
「お前もな……!」
大鎌の獣人は辛うじてルフトジウムに聞こえるほど小さな声でボヤきながら、大鎌の質量を駆使してデバウアーを弾く。弾かれたデバウアーの銃口を向け、銃弾を再びバラまこうとしたルフトジウムだったがすでに奴はいない。ぬるりと蛇のように抜け出した敵はいつの間にかルフトジウムの側面へと回っていた。ぐるりと体ごと大鎌を回し、勢いを乗せた敵の一撃はルフトジウムの体をトロッコの上から押し出そうとする。
「やるじゃねぇか…!」
歯を食いしばって攻撃に耐えたルフトジウムは大鎌の獣人の体を右から蹴り上げる。その攻撃は今まで機敏な動きをしていた大鎌の獣人になぜかすんなりと入ってしまった。肺に溜まっていた空気を吐き出し、敵は痛みに呻きながら蹴り上げられた勢いを借りて反撃として大鎌を反転させもう一撃を上方向から繰り出してくる。
それを左へと移動して避けたルフトジウムは大鎌の獣人の首を狙ってデバウアーの一撃を差し込む。姿勢を低くしてデバウアーの刃を避けた大鎌の獣人は大鎌の背面に着いた刃を利用し、今度は大鎌を上へと切り上げる。体を逸らしてその攻撃を後方宙返りで避けたルフトジウムは四肢をトロッコの上につけて着地する。
受け身の戦い方だった彼女の攻撃方法は再び以前のような積極的な攻撃に転じていた。待ち望んでいた純粋な力と力を比べるような戦いは、ルフトジウムの闘志の炎にさらに油を注いでいく。
「面白くなってきたなぁ!?」
「何も面白くなんて…無い…!」
-凍てつく世界- Part 14 End




