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-凍てつく世界- Part 13

「ルフトジウム!」


気が付けばマサノリはルフトジウムの事を大声で呼んでいた。


「んだよ?」

 

 ぶつかり合う鎌と鋏の刃から飛び散る火花で浮かび上がるルフトジウムの顔は、先ほど見ていた死神とは対照的で天使のように見えた。そしてその戦う横顔に勇気づけられた彼は、先ほどまで闘志が折れていたとは思えないほどの勢いでさっと立ち上がり、ヤマナカに手を差し伸べて逃げる手助けをする。ヤマナカはとても言葉には出来ないほどの罵詈雑言をマサノリに浴びせたが彼はその言葉全てを無視してただ一言、殿を務める獣人に感謝を伝えた。


「助かったよ、ありがとうな」


ルフトジウムは照れくさそうに正面を向く。


「礼なんていいからさっさと行けよおっさん!

 絶対にそいつを殺させるなよ!

 そいつは俺達と、ダイ隊長の首繋ぎに役立ってもらうんだからな!」


 ルフトジウムはマサノリにさっさと行くように促し、道案内をしてくれていたカンダロに『何とか間に合ったぜ』と伝える。カンダロは心底ほっとしたようで『よかった』と連呼すると慌てて本題に入る。


『何とか無事に間に合ったみたいですね、よかった。

 おっとそれは置いておいて…。

 ルフトジウムさん、目の前の敵はやはり大鎌の獣人ですよね?』


「ああ!

 そうだ――よ!!」


 少しでも隙あらば命を刈り取ろうとしている正面の敵だけを睨みつけ、ルフトジウムは答える。よたよたと通路の奥へと逃げていく二人の男を片目で確認するとルフトジウムは、大きく息を吸い、鋏を持つ両方の手に力をさらに強く籠める。


『護衛対象とマサノリさんの避難を確認しました。

 ルフトジウムさん、暴れていいですよ!

 ここでそいつとケリをつけましょう!』


「お前に言われなくてもそうするさ!」


「………!」


大鎌をルフトジウムの方へと渾身の力で押し込み続けていた大鎌の獣人だったが、直ぐに力での競り合いでは勝てないと気が付く。敵は大鎌をさっと引くと大きく後ろへと飛び、ルフトジウムから距離を取る事を選択した。ルフトジウムは鋏の先を向けて相手を牽制しながらカンダロに疑問を投げかける。


「そういえば爆発物を使う敵はどうなってるんだ?」


『そいつはサイントさんが相手してます。

 ですので援護はあまり期待されないほうが』


ルフトジウムはハハハ、と乾いた声で口角を釣り上げて笑う。


「さっきも言ったと思うけど援護なんていらないね!

 頼むから俺とこいつとの戦いに水を差すような真似はしてくれるなよ?」


『流石に命が危なかったらサイントさんに援護に向かうよう指示しますけどね』


「あいつが俺を助けられるかっての。

 バカ抜かしてる場合じゃねえぞ。

 もう切るからな。

 戦況は監視カメラでも通して確認しておいてくれ」


『あっ、ちょっ――!』


 ルフトジウムはカンダロの返事を待たずして乱雑に通信を切った。そして躾けのなっていない犬のように大鎌の獣人へと切り掛かる。巨大な鋏を両手に持ち、彼女は二本とも同時に左から右へ薙ぎ払うように鋏を振った。大鎌の獣人は大鎌で攻撃を食い止めると思いきや再び跳躍し、瓦礫の上へと迅速に移動する。その動きは流れる様に一連で行われているようだったが、どこか乱れが生じていた。このタイミングで彼女の動きが乱れるような要因など一つしかない。


「まさか俺が生きているなんて予想外だったか?」


「……………」


 ホログラムの奥底にある顔がどんな表情を浮かべているのかルフトジウムには分からなかったが、大鎌の獣人がルフトジウムの登場を全く予想していなかったのは間違いない。


「なんで生きてるんだって顔してるな?

 安心しろよ、幽霊じゃないぜ?

 足もある」


山羊は両手を広げて体の隅々まで確認できるように体を軽く振って見せる。敵は唸るような低い声で返事をしながら大鎌を構える。


「……虚勢を張るな。

 お前はもう倒れてもおかしくないだろ」


「はぁ? 

 なんでそう思うんだよ?」


 ルフトジウムは大鎌の獣人が獲物を前にやっていたように当てつけで自分の武器をぐるぐると回して余裕をアピールしてやる。大鎌の獣人は腰を低くし、さらに一歩後ろへと下がると瓦礫の少しでも高い所へと陣取る。


「かなり傷が痛むはずだが?」


「別にこんなの痛くねえよ」


実際大鎌の獣人が指摘した通りルフトジウムの姿はかなり満身創痍にも見えるものだった。

 あの時、ガラスを突き破って飛び込んで来た対人ミサイルの仕組みを長年の経験から熟知していたルフトジウムは、ミサイルの弾頭に搭載された体温センサーに自身の身体が引っかかるよりも先に後方宙返りしつつ、ミサイル本体を下から蹴り上げていた。下からの衝撃で進路を逸らされたミサイルはひょろひょろと天井へと向かう。ミサイルが天井にぶつかり起爆するより前にルフトジウムは何とか近くの扉を引っ剥がして盾として使用する準備を整えていた。

 爆風は廊下中を荒れ狂い、飛んだガラス片や瓦礫はその空間にいたルフトジウムを傷つける。引っぺがした扉も耐久度が足りず爆風で剥がれ落ちた破片は容赦なく彼女を傷つけた。

その時生じた額の傷から流れ出た血は未だに固まらず顎まで伝って滴り落ち、青色の服に赤黒い染みを作り続けている。破れた服の隙間からは深い傷が見え、血がじわりと滲みだしている。特に右腕は火傷と裂傷が各所に見られるほどにひどいものだった。が、ルフトジウム自身はアドレナリンのおかげなのか、獣人としての特徴なのか痛みをほぼ感じておらず、更に体力にはまだまだ余裕があった。何より唯一無二の好敵手が目の前にいるというのにこの程度の怪我で撤退してなどいられなかった。


「ハンデは必要か?」


「言うじゃねえか。

 むしろ俺がお前にハンデをくれてやろうか?」


 ルフトジウムはそういうとデバウアーの銃口を二つ相手に向け銃撃を始める。敵は銃口が火花を吹くよりも早く瓦礫の山の向こうへ避難し、瓦礫の山の稜線を利用して大鎌の先端部だけを向けるとこちらもまた引き金を引いた。バララララ、と断続的な銃声にズドン、と一発腹に響くような銃声が混じる。ルフトジウムの腹の横を対物ライフルの弾が掠めていくが彼女はそれごときでは動じない。二つの弾倉の弾が無くなるまで弾をバラまくと今度はルフトジウムが敵の銃撃の合間を縫って瓦礫の上に登る番だった。


「あのなぁ、俺は追いかけっこはあんまり得意じゃねえんだ。

 そんなに逃げてくれるなよ」


瓦礫の山を越え、敵を探る。しかし敵はそこにはいなかった。


「あぁ?

 どこ行きやがったあの野郎」


 疑問を浮かべるルフトジウムの後方でガン、という金属音が響く。そちらの方へと目を向けると大鎌の獣人がしまったとでも言うようにルフトジウムの様子を伺っている真っ最中だった。どうやら彼女が持つ大鎌が入口にぶつかって金属音を立てたらしい。


「てめえ!

 どこに行きやがる!」


 瓦礫の山から叫びながら、勢いをつけて下るルフトジウムにはじかれたように大鎌の獣人も走り出す。避難用通路は扉をくぐるとかなり広い作りになっており、大鎌の獣人やルフトジウムが巨大な武器を持っていたとしても二匹とも武器をぶつけずにスムーズに走ることができた。


「逃げるなコラ!!!」


小柄な大鎌の獣人は通路に置いてあるいくつかの木箱を蹴り飛ばし、少しでも追跡者のスピードを遅らせようとする。ルフトジウムは木箱を鋏で薙ぎ払い引き離されないよう追いかける。


「ちっ…!」


木箱程度の邪魔では埒があかないと考えた大鎌の獣人は、コートの下から何か丸いものを取り出すとピンを抜き山羊を目掛けて投げつけた。


「馬鹿野郎!

 こんな狭いとこで…!」


投げつけられた丸いものは閃光手榴弾で、床に落ちるよりも早くそれは炸裂した。手のひらサイズの大きさから放たれたとは思えないほど強烈な閃光はとっさに目を瞑ったルフトジウムの瞼を貫通して網膜を白く染め上げる。


「くそっ…!!」


遠くに逃げていく敵の足音だけが鼓膜を揺らす。


「待ちやがれ…!」


その音を頼りにデバウアーの銃弾をばらまくが、敵に命中したとは考えない方がいいだろう。敵の足音の勢いは衰えずそのまま遠くなっていく。ルフトジウムはそれでも捕まえようとデバウアーを壁について杖代わりにしながら歩みを進める。彼女に視力が戻ってきたのは三十秒ほど後で、すでに敵の姿はなかった。


「あの野郎ぜってー殺す…!」




                -凍てつく世界- Part 13 End

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