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-凍てつく世界- Part 12

 なんとも情けないマサノリの震え声による警告を無視して大鎌の獣人は瓦礫の山から一歩を踏み出す。恐怖で震えるマサノリが着ている防弾チョッキの金具がぶつかり合い、金属の音がカタカタと鳴っている。そんな場にも関わらずヤマナカはマサノリの足にしっかりとしがみ付いて全く離れる気配がない。


「…………」


「……………」


お互い睨み合って一言も発しない沈黙の時間が続く。その時間はマサノリにとって永遠にも思えるほど長く、闘うという覚悟をするには短すぎた。


「フン」


大鎌の獣人はマサノリとヤマナカの様子を見て鼻で笑うと、瓦礫の山から飛び降りて走り出す。


「くそっ!!

 こいつ怖いもの知らずかよ!!!」


 マサノリは慌てて小銃の銃弾を相手の進路上に出来るだけ広範囲にばら撒く。一発だけでも敵の足や腕に掠って敵の動きが止まってくれればいい、と藁にも縋るような気持ちで彼は引き金にかけた人差し指に力を込め続ける。秒間十三発ものレートで打ち出される銃弾はすぐにマガジンに詰まっていた三十発を空っぽにし、焼けた薬莢を部屋の中へ散らかしていく。

 大鎌の獣人は弾には当たらないよう右に左に素早く動き、壁際を走って本棚の出っ張りに足を引っ掛けてみたりとマサノリが狙いをろくに定められないよう機敏に不規則に動き、大鎌を盾にして銃弾を避けていく。少しずつ確実に敵はジワジワと距離を詰めて来ていた。近づいてくる目の前の恐ろしい敵から逃げ、有利な場所を取ろうとして走り出そうとするマサノリ。しかしヤマナカが足に縋り付いていて、とっさには動けない。

 

「ちょっと!

 邪魔ですよ!!」


弾の切れたマガジンを慣れた手つきで交換し、引き続き敵の進路を妨害するマサノリだったが、時間稼ぎもそろそろ限界だ。危機的状態にあるというのにこちらの都合など無視して足に縋り付いてくるヤマナカに苛立ちを覚え、『こいつ、蹴り飛ばしてやろうか』という邪な考えまで生えてくる。


「おい!!

 ちゃんと私を守れ!!!

 それが仕事だろう!!!!」


「じゃあ後ろにいてくださいよ!!!

 なんで俺の足を掴むんですか!!!!」


 腰に巻いているモールベルトから代わりのマガジンを取り出したマサノリだったが焦りからか手元が狂い、マガジンの先端がマガジンハウジングにガチンとぶつかる。


「やっべぇ…!」


冷や汗が一気に噴き出す。どうズレたのか正しい入口を確認するためにマガジンに気を取られた隙を突いて、大鎌の獣人は影のようにぬるりとマサノリの懐へと潜り込むと下から掬い上げるように斜め上方向にマサノリの銃を大鎌で切断した。


「なんッ……!?」


マサノリの目には大鎌の刃が触れて溶け、銃の先端部分がくるくると回って床へと落ちていく様がまるでスローモーションの様に映っていた。落ちていく銃の先端部分の向こうでは大鎌を振った勢いで体を大きく回し、小さな体から回し蹴りを繰り出そうとしてくる大鎌の獣人の姿が見えている。アドレナリンのおかげでマサノリはとっさに腕を前で交差し、ズシリと重い蹴りを真正面から受け止めることが出来た。


「くっ…!」


 とても子供のように小さな体から繰り出されたとは思えない威力の蹴りはマサノリの体とそこにすがっていた太ったヤマナカの体ごと宙に浮かべる。そのまま彼らの体は後ろへ二、三メートルほど一緒に飛ばされ、耐震設計のため全面が金属で出来た隠し通路の壁に背中を強く打ち付けて止まった。


「グッ…ァ…!!」


 まさに目から星が出たという表現が正しいほどの衝撃で視界が真っ白に染まる。軽い脳震盪を起こした頭と背中から襲ってきた傷みはマサノリの口から吐瀉物として吐き出された。血の味が口の中に広がる。吐瀉物には赤い血が多量に含まれていて、内臓にダメージが通ってしまったことをマサノリへ否応なく教えてくれる。続いて襲い掛かってきた背中の痛みは始めは緩やかだったものの、一瞬にして激痛へと変化してマサノリを覆いつくしていた。


「ハッ…ハッ…ウグッ……」


込み上げてくる痛みで肺が萎縮して息ができない。息をしようと口を大きく開けるが、まるで風切り音のようなヒューヒューとした音だけが自分の喉から絞りだされる。


「ひぃいい!!

 ぐぅぉー!!殺される!!

 殺されてしまう!!

 おい君!!

 起きないか!!

 早く私を守れ!!!」


 ヤマナカは痛みに喘ぐマサノリを無理やり引きずり起こすと、マサノリを前に立たせて自分はさっさと後ろへ隠れる。


「こいつ……」


胸の中に生じたどす黒い感情と痛みを堪え、任務を果たす責務に叱咤されまだチカチカする頭を押さえながら護衛対象の前に立ちはだかったマサノリは、ヤマナカが持っている小銃を取り戻し、何とか銃口を大鎌の獣人へと向ける。


「このっ…ゴホッゴホッ…!

 テロリストめ……!」


グラグラと揺れる視界に敵を必死で入れながら銃を向けるマサノリの疲労とダメージはもう限界に近く、意識を失う寸前の彼を盾にしたヤマナカは必死にマサノリの肩を後ろから揺する。


「おい!!

 早く撃て!!!」


 ヤマナカに揺さぶられているマサノリだったが引き金を引く元気も余裕ももう残っていなかった。まるで生まれたての小鹿のように手足が震えている。敵はマサノリが立っているのが限界だと気が付き、にやりと笑ったように首を傾げ、手に持った大鎌を見せびらかすように角度をつけてくるりと回して遊び、悠々と近づいてくる。


「おい撃て!!

 撃たんか!!!

 何をしている!!!」


「…ゴホッゴホッ……オエッ…」


 咳き込んだ拍子に喉の奥から鉄の味がして、床に吐き捨てると赤黒い血の塊が床に広がる。内臓への被害は思っていたよりも甚大らしい。揺れる視界に自らの死が小さな獣人の姿を纏って移り込む。そんな死の姿を直視出来ず、マサノリは死への絶望と恐怖からか目を瞑っていた。何も映らないはずの彼の真っ黒な網膜に投影されたのはまだ生きていた時の姿の息子で、彼は無邪気に笑っていた。小さな姿から成長していく姿、焼き付いた最愛の息子の姿。


「ごめんな、タカアキ……。

 父さん、何も…出来なかった……よ……」


 もはや小銃をしっかりと支える元気も無く、彼はだらりと銃を下ろし膝を折った。遠くでヤマナカが喚く声が聞こえるがもう何を言っているのかは分からない。『最後に煙草を吸いたかったなぁ』と未練がましく思い、『最後の最後まで俺は馬鹿か』と自嘲する。息子の姿に『今会いに行くから』と告げ、自らの半生を困難は多かったが何だかんだ悪くない人生だったと総括すると、彼は大きく息を吸って覚悟を決めた。


「………」


そうして覚悟を決めたマサノリだったが、まだ死の瞬間は訪れない。もしくはとうに死んでしまったのか。あまりにも静かすぎる状況。それでもなお、迎え地蔵が来るまで目を瞑り続けると決めたマサノリの耳にカウベルのガラガラとした音と聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「…い!

 しっ…し…!

 ……ん!

 おっさ……!

 おっさん!!」


「誰だ…?」


マサノリは急に現実に戻って目を開ける。二本のデバウアーから火花を散らしながら相手の大鎌を食い止めているルフトジウムの姿がそこにはあった。彼女の服は破れ、すでにボロボロの状態ではあったがそれでもマサノリには天使のように見えた。


「もう大丈夫だおっさん。

 こいつ相手によく頑張ったな。

 デバウアーがなんでここにあるのかは知らんが使わせてもらってるぞ。

 あとは俺に任せろ。

 ヤマナカさんを頼むぞ」


「……迎え地蔵にしては…若い女の声だな……」


「……はぁ? 

 何バカなこと言ってんだおっさん!

 いいから立って!逃げろ!」





                -凍てつく世界- Part 12 End

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