-初めての友達- part 3
「あらら?
ハルサお出かけ?」
次の日、ハルサはいつもよりも二時間ほど早く起きて出かける準備をしていた。前の住人が残していったかなり古いパソコンで一生懸命に何を持っていくべきかを調べ、それをカバンに詰め込んでいく。ツカサは窓際に座って本を読みながら、昨日買って来て自分で淹れたお茶を啜りながら、団子を食べていた。暫くして一息つくために本を机に置いたツカサは、ようやくいそいそと何かの準備をする妹に気が付き質問したのだった。
「そうっスよ。
友達ができたっス」
水筒に沢山の新鮮なお茶をギリギリまで入れ、ハルサはリュックを背中に背負った。ツカサは口に含んでいたお茶を吹き出しそうになって慌てて飲み込む。
「!?
えっ!?」
「昨日、姉様が買い物してる間に作ったっス。
友達。
人間っス」
「人間の友達!?
そんなことって……!?
えっ……と……ハルサ?
騙されてない?」
らしからぬ声をあげて驚くツカサ。その反応は至極当然のものだ。人間の友達など獣人に出来る可能性はほぼゼロに近い。ツカサ自身も過去に望んだことはあるにはあったが、叶わなかった事だ。それをいともたやすく妹が行ったのだからそりゃびっくりもするだろう。
「お姉ちゃん心配よ……?
着いて行っちゃうかも……」
ハルサはそんな姉の顔を見て呆れた表情で口を開く。
「流石に大丈夫っスよ。
あっちは私と同じぐらいの年齢っスから。
姉様が考えているような悪いことなんて考えつくわけ無いっス。
……着いて来ないでくれっスよ?
着いてきたらめっちゃ怒るっス」
それを聞いてツカサはほっと胸をなでおろした。
「あらそうなの?
てっきり大人の友達かとばっかり……。
勘違いしちゃったじゃないのよ。
ちゃんと細かく説明しなさいよね」
「したっス……」
「?」
「姉様、キッチン掃除するのに夢中で聞いてなかっただけっス……。
それはともかく、普通に大丈夫っスよ。
本当にただの人間っス!」
人間の十ニ歳、十三歳程度がどの程度の成熟度なのかツカサは理解していなかったが獣人を基準に考えるなら普通に奴隷として働いている年齢だ。とにかくツカサが心配していた“そういう方面”の可能性は低いだろう。
「まぁ、そりゃあそうよね。
ならいいのだけれど……」
「普通に晩御飯までには帰ってくるっス。
もし帰ってこなかったらギャランティに報告してくれれば――」
「ちゃんと帰ってきなさいよ~?
万が一とかもしは考えないこと」
ツカサはまだ心配そうな表情を少しだけ浮かべていたが、ウキウキ気分のハルサは全く意図にも介さない。そんなツカサを尻目にハルサは「行ってくるっス」と声をかけてツカサを置いて家を出た。ドアが閉まると少しして、ツカサは窓の外の景色に目を落とした。都市の壁の向こう側、遥か彼方に広がる砂漠の砂嵐が都市に向かって吹き付けている。今日の夜には嵐が来そうだ。
「……きっと大丈夫よね。
それにしても友達というワードをあの子から聞けるなんて。
うふふ、マキミ博士、貴方の狼は上手くやってますわよ。
思っていたよりも百倍程、ね。
きっと……。
きっと、褒めてもらえるわよね」
閉まったドアをしばらく眺めていたツカサだったが、ふふと小さく笑って本に視線を戻し、ページをまた一枚めくるのだった。
※ ※ ※
タダノリは時間通りにハルサの前に姿を現した。ハルサも時間に遅れないように念入りに準備をしていたが思ったより距離があって、現場に5分遅れて到着した。威圧感のある大野田重工のコートは脱ぎ、前回の住民が置いていった白いパーカーに青色のジーンズを身に着けたハルサはただの活発な女の子そのままの雰囲気を纏っていた。モノクルと首輪は目立つからか、今回外していていつも見慣れている姿とはまるで別人だ。
「ごめん遅れたっス!
割と待ったっス?」
「いんや。
俺も今ついたとこだぜ」
本や映画のテンプレートのような会話はハルサの胸の内を騒がせる。こんな会話すらしたことないハルサからすれば全てが新鮮だった。タダノリに近寄るとその体臭からゴミのような匂いは消え、代わりに石鹸等の匂いが漂ってきてきた。お風呂にバッチリ入ってきたらしい。案外昨日のハルサの態度から自分が臭いということを敏感に感じ取っていたのだろう。
「それで?
具体的には今日何をするんス?」
「お前この街はじめてなんだろ?
俺が案内してやるよ!」
「観光っスか。
悪くないっスね」
「だろ?
案内は任せとけって。
こう見えて俺、絶景マニアなんだぜ」
タダノリはそう言って、ハルサと一緒に歩き出した。
待ち合わせ場所からすぐの一つ目の角を曲がり、バス停のベンチに座る。
「私、バス乗り方わかんないっスよ?」
「タダだよ。
普通に乗って座って降りたいところで降りるだけだよ。
大体十分おきくらいに来てるからそんなに長く待たなくていいのが楽ちんな所だな。
重工が来る前はもっときれいなバスだったんだけどな」
タダノリが、うんちくを話しているうちにやってきた無人運行のバスに二人共乗り込む。バスの内部はかなり広く、ハルサ、タダノリの他に五人の、客が座っていた。
「まぁあんまりこの都市に見所があるわけじゃないんだけどな。
でも俺のお気に入りスポットは何箇所かあるから教えてやるよ」
バスは直ぐにぼろぼろの市街地を抜け、鉄で出来た坂道を登りに入った。下層部から上層部に辿り着くにはおよそ二十分という短い時間で事足りるらしい。十五分ぐらい乗車して上層部のバス停で降りた二人だったが、その近くには公園と展望台のようなものがあった。高台を生かしたロケーションからは眼下の街並みは当然、さらなる上層部の都市の無理がありそうな土台部分がよく見える。きっちりと上層部を支えている天板や、柱にはまだ工事中なのか車や作業員がまるで蟻のように蠢いていた。
「これより上には許可ある人間じゃないと入れないから、俺達が来れるマックスの高さはこれまでなんだよ。
空がどんどん狭くなっていくんだよな……。
つか、上ばかりじゃなくて下も見ろよ。
ほらもう少し端っこまで行こうぜ。
そっから見る眺めが最高なんだよ」
言われるがままにハルサは展望台の近くまで行き、手すりに手をついて街を見下ろした。
明らかに重工の都市とは違う作りをしているこの街の建造物は、青空の下で輝いていた。白と赤を基調とした建物がずらりと並び、かつての支配者『A to Z』の支配下だった時の美しさは一部が崩れてしまっていたが、それでも計算され尽くしたその街並みは規律正しく、清らかでそこに住む人間と獣人の生活がしっかりと存在していた。重工の都市が活気ある摩天楼と、電光掲示板だらけなのとは対象的に、質素であまり高くない建物が並ぶその姿は強烈な新しい文化のイメージをハルサに残した。初めて見る文化の雰囲気にハルサは思わず息を呑んで
「めっちゃキレイっス……」
そう呟いていた。
-初めての友達- part 3 End




