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-凍てつく世界- Part 11

      ※   ※   ※







「くそっ、痛ぇ~…。

 状況は…状況はどうなってやがる…?」


 マサノリは壁に手をつき、そうボヤキながら重くなった足をただ前へと進める。爆発物を使う謎の獣人の攻撃はマサノリに直撃しなかったものの、爆発で飛び散った壁の破材やガラスはマサノリの掌や脛などの皮膚を切り裂き、アドレナリンの切れた今ズキズキとした痛みを産み出している。爆発の衝撃で天井に積もっていた埃がパラパラと落ちて来て、マサノリは脇腹を押さえながらくしゃみをする。


「みんな無事なのか…?

 まるで状況がわからん」


 マサノリは、右手で引きずりながら持ち歩いているデバウアーをもう一度眺めた。特徴的なフォルムは間違いなくルフトジウムが持っていた武器の片割れだ。彼は敵襲の知らせを受けると真っ先に外に出て安全確認をするようカンダロに依頼されていた。命令通り敵襲の知らせと同時に外に出た彼は周囲の雪を溶かし、蒸気を立てているデバウアーを発見する。

 外に何故かデバウアーが落ちていたことをカンダロに報告すると


『まずいですね…。

 マサノリさん、まず、その武器をルフトジウムさんに届けてください!

 その後、ヤマナカさんが無事かどうかの報告をお願いします!』


との指示が来ので、彼は指揮官からの命令に従い屋上へと向かった。だが、その道中で爆発に襲われ頭と体を壁に強打したショックで少しの間気絶してしまっていたらしい。


「おい、頼むから動いてくれ」


安全装置が働き、冷たくなったデバウアーの片割れを床に刺してマサノリはもう一度胸のポケットから壊れた通信機を取り出して通信開始のボタンを押す。


「こちらマサノリ。

 カンダロ、ルフトジウム、サイント、誰でもいい。

 答えてくれ」


通信機は正常に作動している証拠の緑色の電灯も灯いておらず、神にもすがるような気持ちで通信を入れたものの誰からも反応は無い。


「……やっぱり駄目か。

 ウンともスンとも言いやがらねぇ」


 防弾ジャケットやプロテクターのおかげで致命傷に至るような傷は彼の体には一つもないものの、代わりに破片を食らった通信機は既に沈黙し、使い物にならなくなっていた。


「ヤマナカさんの部屋は確かこっちだったはずだよな。

 見取り図は確か端末のこの辺りに…」


 痛みと重みでルフトジウムにデバウアーを届ける事を早々に断念した彼は、続いてのミッションであるヤマナカの様子を確かめに動いていた。気が滅入りそうな程に悪趣味な廊下に文句を言いながら進み、マップに表示されたヤマナカの部屋の前まで十分程たっぷり時間をかけて到着する。彼の部屋の扉は開いており、中には慌てて色々と準備をしている太った男――ヤマナカの姿があった。マサノリはいかにも今急いで来ましたよとアピールするために小走りで部屋の中へと飛び込む。


「ヤマナカさん、無事でしたか!」


 マサノリはヤマナカがまだ生きていることに安心したように胸を撫でおろして見せ、分厚い防犯扉を閉め鍵をかける。彼の寝室にも敵襲を知らせる警報がワンワンと鳴り響き、危険を知らせるホログラムが展開されていた。

 

「おお!

 君!

 おい、君!!

 私を守ってくれ!!!

 早く!!!」


 マサノリを見つけたヤマナカは、安堵の表情ではなく更に逼迫した表情を浮かべる。彼の顔は青ざめ、見開かれた目は血走っていた。マサノリを呼ぶ為に大声を出した彼の口の中から唾液に塗れたカラフルな錠剤が飛び出して床に転がる。


「ヤマナカさん!

 落ち着いてください!

 大丈夫ですから!」


 ヤマナカは寝巻姿のまま、年相応とは思えないほどの強い力でマサノリの腰についていた小銃を奪う。彼は窓の外や防犯扉の向こうをカメラを使って確認してようやく安全だと判断すると棚に置いてある瓶をいくつも鞄の中へ突っ込み始める。マサノリは『強靭心臓にアップデート!』と書かれた瓶のパッケージから彼は心臓が悪い事を読み取る。


「さあ逃げるぞ!

 君!その鞄二つ持って着いてきてくれ給え!

 今すぐに!」


彼の側には革でできた鞄が二つ置いてあり、双方ともパンパンに膨らんでいる。チャックの隙間からは紙の端らしき物がはみ出していて、服や歯ブラシといった日用品は全く詰まっていないようだ。


「ヤマナカさん!

 荷物は置いていきましょう!

 避難するのに邪魔になりますから!!

 それにまたここに帰ってきますから!!」


マサノリはヤマナカを落ち着かせながら片方の鞄を持ち上げてみる。ずっしりとした重みが腕から伝わりマサノリはバランスを崩した。


「君今なんといったかね!?

 置いていけと!?!?

 これは私の財産だ!!

 この中の権利書だけでお前の生涯年収の千倍じゃ済まないほどのリルになるんだぞ!!

 君が二つ持てばよい!!!

 それくらい考えれば分かるだろう!?!?

 この大バカ者め!!!!

 恥を知れ恥を!!!」


ヤマナカはマサノリに銃口を向けてまくし立てる。狂乱状態に見える彼を落ち着かせるため、マサノリは「わかりましたから」と何度も言いながらもう一つの鞄を持ち上げた。


「おい、君!!

 いいかね?

 しっかりと私を守り給えよ!?

 其の為に大金を支払っているのだからな!」


デバウアーとカバン二つはかなりの重さとなるが、この際仕方がない。


「本当に私を守れるんだろうな!?

 君たちは“AGS”の特別優秀な部隊だと聞いたぞ!?」 


マサノリは頷いて胸を張る。


「大丈夫、大丈夫ですから。

 援軍もこちらに向かっていますから落ち着いてください。

 敵を追い詰めているのは我々です。

 それと、危ないのであんまり銃振り回さないでください!」


「これは極秘だ。

 見ても誰にも言うんじゃないぞ」


ヤマナカは天井まで続いている巨大な本棚の前に立つと、右から赤、青、黄色、緑、白、赤の順番に本を奥へ押し込む。すると“大野田重工”の社歌のオルゴールが鳴り、本棚が床下へ下がっていく。本棚の後ろには地下へと繋がる階段があった。


「これは…」


まるでゲームや映画の世界でしか見たことがないような仕掛けに唖然としたマサノリだったが、ズズンと部屋が揺れ、身を固くする。今度の爆発はかなり近い。部屋の豪華な提灯型シャンデリアが揺れ、非常灯がチカチカと瞬いた。ヤマナカは怯えたように天井を見上げ、マサノリも釣られて天井を見上げた。次の瞬間、ゆらゆらと揺れていた提灯型シャンデリアごと天井が崩れ落ちてきた。


「うおぉ!?

 何だ、何だってんだよ!!」


「ひぃいいい!!」


悲鳴をあげる男二人。落ちてきた天井の瓦礫と粉塵が部屋の中で舞い上がる。赤いホログラムが埃に投影され崩れた映像が部屋中拡散する。部屋の中がホログラムの光で赤く染まる中

真っ黒な小さな影が一つ、部屋の瓦礫の山の上に立っていた。赤く浮かび上がるその人影は、側面に桜色に光る線の入った葡萄茶色の大鎌を持ち、“大野田重工”の社章が入ったコートを着ている。。ホログラムの仮面はなんとも不気味に顔を隠しており、昔話で見た鬼のような姿はまるで氷を背中に入れられたようにマサノリを怯えさせた。間違いなくルフトジウムが話していた宿敵、大鎌の獣人の姿がそこにあった。


「うああ…!!

 遂に、遂に来たんだ…!!

 殺しに…私を殺しにぃぃいいい…!!」


怯えたヤマナカは震え、マサノリの足に縋り付いてくる。マサノリはヤマナカの手を払うと


「お、落ち着いてください。

 大丈夫ですから…!」


 恐怖に滅多打ちにされているヤマナカを前にマサノリは鞄を下ろし、銃を構える。しかしその銃口とマサノリの声は震えていた。


「お、お前!

 これ以上近寄ると、う、撃つぞ!!」




                -凍てつく世界- Part 11 End

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