-凍てつく世界- Part 9
「玄関が屋根にあると勘違いしたのか?
家の中に入りたいなら正々堂々と正面から入れよ、臆病者」
ルフトジウムは早々に大鎌の獣人にたっぷりの皮肉を投げつけた。彼、または彼女の衣装はいつもと変わらず同じで、分厚い防弾仕様のコートをしっかりと着込んでいる。その下に防寒対策をしているのかについてはルフトジウムの計り知る所では無いが、もしいつもと同じような和服だとしたら、戦いながら凍傷になりそうだ。
「…………」
「何とか言えよ。
口ぐらいは付いてるだろ。
唇が凍り付いて動かせないのか?」
顔を隠すように投影されているホログラムは今回は狐の仮面を形作っていている。歌舞伎の舞台に出てきそうな風貌をした狐の仮面の窪んだ眼窩からはじっとこちらを見つめ返す敵の視線が伝わって来る。
「やれやれ、相変わらず返事も無しか。
そんなに喋らないんじゃ、死に際の遺言すら誰にも聞いてもらえないぜ?」
ルフトジウムはやれやれと首を振る。大鎌の獣人は流石にイラついたようで重い口を開いた。
「……そうはならない。
遺言を残すのはお前だからな、“断頭台”」
「あ?」
売り言葉に買い言葉の応酬で空気が張り詰める。大鎌の獣人は前に会った時とはどこか違う雰囲気を纏っていた。並みならぬその気配は鬼気迫るものがあり、ルフトジウムはデバウアーを握る手に薄く汗をかいていることに気が付く。
「祈れよ、“断頭台”。
死ぬ時くらいは痛くないように、ってな」
大鎌の獣人は背中に背負っていた鎌を取り出し、いつものように斜めに構える。まるで三日月をそのまま形作ったような鋭い刃は既に大量の熱を持っており、ルフトジウムのデバウアーと同じように雪を溶かして白い蒸気に変え、陽炎を立ち昇らせていた。
「へぇ?
やっとすらすら喋ったかと思うと中々言うじゃねぇか。
言葉すら解せぬ獣じゃなくて一安心だぜ」
「………言ってろ」
大鎌の獣人は鎌をくるくると回しながら歩き始める。ルフトジウムも負けじとデバウアーを回しながら二匹はじりじりと移動し、お互い足場がしっかりとした棟瓦の上で止まる。
「遠路はるばる来てもらったし、もっとお喋りしたいのも山々だが生憎俺はこの仕事が嫌でな。
さっさと終わらせて炬燵で温まりたいんだ。
悪いがそんなに長く相手してやれねぇぞ?」
二匹は武器を回すのをやめるとそれぞれお互いの隙を伺い始める。大鎌の獣人もルフトジウムも武器を構え睨み合う。
「構わない。
直ぐに寒さも感じられなくなる。
あとは地獄の業火が待ってるだろうよ」
「はっ、そういう死生観なのかお前?
流行らねぇぞ今時」
ずっと荒れ狂っていた吹雪が弱まった瞬間、先に動いたのはルフトジウムだった。走りながらデバウアーを左右に切り離し、山羊特有の足のバネをフルに活用して一気に距離を詰める。大鎌の獣人を左右から攻撃するルフトジウムの体の勢いも乗せた攻撃だ。
「その首、早速貰い受けるぜ!」
「…………」
いつもならば大鎌の獣人はがっしりとルフトジウムの攻撃を受け止め、反撃への足がかりにしていた。しかし、前回と引き続き受けの戦法を重視し始めた敵はもうその行動をしなかった。大鎌の獣人は山羊のハサミをするりと身を引いて受け流す。受け止められるとばかり予想して動いていたルフトジウムは勢いの乗った鋏を急に止めることは出来なかった。デバウアーの重量にルフトジウムの体はぐいと引っ張られてしまう。後ろに身を引いた敵はそのまま地面に手をつくと体を安定させ、ルフトジウムが右手に持っていた鋏の背中を勢いよく蹴り飛ばした。
「あ゛!?」
強烈な威力を持った敵の蹴りはルフトジウムからデバウアーを手放させるには十分すぎる程の威力だった。蹴られた鋏の片割れは屋根から落ちていき、くるくると回りながら夜の暗闇に溶けて消える。続いて第二撃がルフトジウムの胴体を目掛けてすかさず飛んでくる。それは大鎌の獣人のメインウェポン、紅色の鎌の刃だった。
「チッ!
クソ野郎が!」
鎌の攻撃をなんとか残ったもう一本のデバウアーで食い止めたルフトジウムはホルスターから拳銃を取り出すと大鎌の獣人の顔面目掛けてすかさず三発放つ。大鎌の獣人は銃口が見えた瞬間に攻撃を中断して素早くその身をかがめ、大鎌を盾にしながら後退する。三発放たれた銃弾は大鎌の獣人の髪の毛を少しだけ切り取って、3発とも全てが積雪の中へ消えていく。
「――ったく、グンジョウめ。
よりによってこいつに戦い方を教えるかねぇ?
俺がモノに出来なかった戦い方を」
薬莢が焼けて雪の上へと落ちていき、硝煙の香りがツンとルフトジウムの鼻をつく。
「……………」
「ふふ……」
ルフトジウムは銃をホルスターに戻して、ジンジンと今になって痛む蹴られた側の手を振りながら気が付けば笑っていた。敵となった敵の首は必ず落としてきた“断頭台”から何度も何度も逃れて生き延びてきた敵は気が付けば腕を上げ、いつの間にかルフトジウム相手に負けないぐらい成長していた事実に彼女は喜びを抑えきれなかった。
「…何笑ってるんだ?」
だからこそ大鎌の獣人からの問いかけにも答えてやる。
「ただ“楽しい”って思ってよ」
「…………狂った獣め」
「おいおい、そりゃ誉め言葉だぜ。
けどそれはお前も一緒だろうが。
同じ戦闘用獣人なんだからよ」
ルフトジウムは目を瞑って大きく息を吸う。マイナスの冷たい空気が鼻の中から凍らせるようだったが彼女の肉体の奥底から湧き上がってくる熱が冷たさすら打ち消していく。頭に昇った血がすっと降りて熱い体と比例するように冷たくなった頭は冷静に彼女に働きかける。目をゆっくりとまた開いたルフトジウムの瞳孔は先ほどよりも細く、その眼光は鋭くなっていた。戦闘用獣人としての本能がルフトジウムの闘争心を掻き立て、燃やしている。
「覚悟しろよ。
直ぐにやられるようじゃこの先思いやられるぞ?」
ルフトジウムはそういうとデバウアーを口に咥え、両手を地面に付く。そして瓦のでっぱりにかけた手と足の筋肉を同時に使用して一気に前に出た。その速度は自動車よりも早く、十メートルほどしか離れていない大鎌の獣人との距離は言葉通り一瞬でゼロになる。
「……!」
「遅い!」
ルフトジウムは跳躍すると同時に口からデバウアーを放すと右手に持ち体に回転を掛けながら大きくデバウアーを振るう。大鎌の獣人は大鎌の柄を使ってデバウアーの刃をぎりぎりの所で食い止めるがルフトジウムは敵がそう動くと想定していた。山羊はすかさず柄を掴むと大鎌の獣人事持ち上げ、続いて思いっきり屋根へと叩きつけた。
「っ…が…!?」
叩きつけられた大鎌の獣人の体は瓦を砕き、衝撃はその下の木材をも破壊する。支えの無くなった屋根は大きな穴が出現しし、二匹は縺れて屋内へと落ちていく。このままルフトジウムは敵の体を床へと叩きつけ、その場の衝撃を借りて頸部に膝を当てて首の骨を砕いてやるつもりだった。しかし大鎌の獣人もただでやられるわけにはいかない。落下する一秒にも満たない短い時間を使い、小さな体を生かしてルフトジウムの腹部を蹴ると体勢を変える。
「悪あがきしやがって――!」
雪で柄が濡れていたこともありルフトジウムは蹴られた衝撃で大鎌の柄を放してしまう。そうして二匹は床にしっかり足から落ちると、続いて反撃に出たのは大鎌の獣人だった。大鎌に搭載されている対物ライフルが立て続けに二発火を噴いた。戦車の装甲すら易々と貫通してしまうその威力をルフトジウムは間近で見ている。彼女と言えど直撃を喰らえばただでは済まない。近場にあの威力の弾丸を防ぐことが出来る物はなく、必然的に彼女は回避に専念することになる。そして、敵はルフトジウムが回避することを完全に読んでいたのだった。
「やっべ…!」
弾丸を回避する為にルフトジウムが体を右へと動かしたその場所には既に大鎌の獣人が大きく鎌を振りかぶって待機していた。
-凍てつく世界- Part 9 End




