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-凍てつく世界- Part 8

 ハルサからの頑張ってメッセージで十分気合が入ったルフトジウムは、サイントと交代するまでの時間、しっかりと仕事することにする。刃から熱が放出されている待機状態のデバウアーは絶え間なく降り注ぐ雪を溶かし、水分を蒸発させる。刃からは陽炎がたなびき、白く蒸気が棚引いていた。


「はぁ~……」


 ルフトジウムは白い息を吐いて、玄関の前に仁王立ちし続ける。彼女達がヤマナカの警備を始めてからすでに一時間半が経過していた。

 本日の二十二時で契約が切れた“ゼッタイダイジョブ警護”の部隊はすでに撤退を完了している。カンダロが支部の現状とヤマナカからの要望を上に報告し、追加の人員が認められたのはつい二時間程前のことで、凡そ五百キロ程離れている隣の都市から追加人員と武器が臨時列車によって届くまで少なく見積もっても後十時間程度かかるらしい。それまではどうあがいても二匹と二人でヤマナカを守らなければならないという何とも嫌な状況にあった。


『“ゼッタイダイジョブ警護”の人員が後十時間居てくれたらよかったんですけどね。

 どうやらいくらお金を詰まれようが彼らはもうここに居るのが嫌なんですって。

 …まあその気持ちも分かりますけどね』


 カンダロが『何とか引き留めれれば』と残念そうにボヤく。ルフトジウムはデバウアーを手に取ると二、三度振り回し大きく鼻から息を吐いた。


「まあ~…仕方ねえだろ。

 獣人ならともかくあいつらは人間だからな。

 命令されれば文句なしではい、やりますとはならんだろ。

 それにあいつらの去り際の一言笑えるんだぜ。

 聞いたか?」


『というと?』


「金に目がくらんで魂まで売りたくない、とさ。

 ヤマナカは本当に嫌われているんだなって再認識したよ」


カンダロが笑ってくれると思ったルフトジウムだったが、彼から返ってきたのは深いため息だった。


『詭弁ですよそんなの。

 ヤマナカと関わった段階で既に悪魔に魂まで掴まれているのと同意だというのに。

 ああ、もちろんそれは僕達も同じですけどね』


 ルフトジウムは寒さで悴んだ指を曲げたり伸ばしたりして凍傷にならないようじっくりと温めながら支部でカンダロが話してくれた内容をぼんやりと思い出していた。

 帰りの車の中で一言も発しなかったカンダロは支部に着くや否やヤマナカの家の中で見た物を隠すこともせずに一人と二匹に教えてくれた。“思い出すだけで吐き気がする”ような内容はルフトジウムの放った『もし食事中に話していたらお前をボコボコにぶん殴っていた』という一文に全てが込められていると言っても過言ではない。


「俺は別に死後の世界を信じているわけじゃないけどよ。

 この三日間が原因となって地獄に落とされたらどうするか悩むぜ」


『ふふふ、本当ですよね。

 はーあ…。

 ヤマナカがこういう人間だと分かっていたら僕は初めからこの任務を受けようとはしませんでした。

 いくらマキミ博士の死の真相へ近づけたとしても、です』


「思い出したらまた胸糞悪くなってきたぜ。

 この世の中にはそういう人間が存在していることは知ってたぜ?

 けどよ、まさかこの俺が下種野郎を守らないといけなくなるなんて思いもしなかったよ」


 カンダロがヤマナカの家で見たものはちっぽけな男が家の敷地内で築いたちっぽけな王国だ。その王国に住んでいるのはある程度の知能を“意図的”に持たされ、毎日毎日毎日毎日何度も何度も何度も何度も狂ったような要求を突き付けてくる男の“慰み者”として生きる沢山の獣人達だった。

 彼女達もハルサやルフトジウム達と同じ工業製品で、ヤマナカのいう条件を持って納品されてきた。知能を持っているという事即ち、彼女達は自分が何をしているのかちゃんと理解している事になる。

 自らの持ち主から何かを要求されると彼女達は全員がご主人様から何を要求されているかを把握、理解、承知した上でご主人が一番喜ぶように行動する。知性を持っている雌を自らの手の平の上で好きに動かし、気を使わせているという優越感にヤマナカは深い愉悦を覚えていた。いくら罵倒されようが、暴力を受けようが奴隷が自らご主人からの罰を求めるように躾けている彼の趣味は、数多くの人間を見てきたカンダロやルフトジウム、サイントからしてもまさに“変態”としか言いようがなかった。


『あいつの家の中は死んだ獣人の剥製で壁がいっぱいでした。

 彼は、今飼っている獣人に飽きたらその場で殺して剥製にするらしいですよ。

 彼女達は主人に飽きられないよう必死で彼に尽くしていましたからね』


カンダロの声は少し震えている。


『僕に出してきたお茶を入れていたコップも戦闘用獣人の大腿骨を削ったものって言ってましたからね。

 更に椅子も机も、骨から作ったとか。

 得意げに僕にそのことを説明してからあの人大笑いしましたからね。

 マジで悪趣味ってレベルじゃないです。

 気が触れてるとしか思えません。

 獣人は確かに工業製品ですが、あんな風に消費されるなんて流石に心が痛みましたよ』


 支部で青白い顔をして話し続けるカンダロを止めたのはマサノリだった。「もうこれ以上喋らなくていい」と言いながらマサノリは少しでもカンダロの気分を晴らすために戸棚からとびっきり上等な酒を一杯だけコップに入れて渡す。カンダロは酒をちびちびと味わって飲みつつ、話を聞いて固まっている二匹に対して警備が始まるまでの短い間休むようにと休憩を言い渡したのだった。


『ああ、剥製を思い出して気持ち悪くなってきました。

 こんな話するんじゃなかった。

 監視カメラの映像もまともに見れないんですよ僕』


カンダロは本当に気分が悪そうな雰囲気を漂わせる。戦闘指揮室から状況をモニターしているカンダロはいつでも剥製のある部屋をカメラを通して見ることが出来る。


『カメラの映像自動切換えでその部屋が映るときが地獄すぎます。

 切実に早くこの任務が終わることを僕は祈ってます』


『…先輩、待機室はそんな悪趣味なものはない…とサイントは思う。

 だから安心して休みに来てください』


ルフトジウムは後輩の気配りにお礼を言うと、すっかり冷たく冷えているデバウアーの持ち手をぎゅっと握りしめた。


「ああ、分かってるよ。

 後十五分間はしっかりと玄関を守ってみせるさ。

 お前は今のうちにしっかり暖まっておけよ」


 ルフトジウムは少しでも気分を上げる為に任務終了後のハルサとのデートの事を考えることにする。

 次にハルサを連れて行くのならば街の外れにある獣人用の遊園地しかないとルフトジウムは決めていた。かなり前のデートの時、ハルサが展望台から人間用のレジャー施設にあった観覧車を羨望の眼差しで見ていた事がどうしても頭から離れなかったからだ。

 獣人用のレジャー施設も本社都市郊外に一応存在しており、そこには確かだいぶ小さいものの観覧車もあったはずだ。とはいえ、遊園地のチケットはどうしても少々値が張る。今回の任務が終わったら少しは出張手当が出るだろう、と予想していたルフトジウムは既に二枚のチケットを休憩時間中に予約し、電子決済を済ませていた。任務後にやってくる楽しみに大きく胸を膨らませ、ルフトジウムは極寒の中で立ち続ける。


「……?」


 吹雪の中降り注ぐパウダースノーの中に少しだけ大きな破片が混じった。まるで踏み固められたようにも見える破片は吹雪で迫り出した屋根の雪が砕けて落ちてきたとは考え辛い。彼女は微量の違和感に気がついた。


「カンダロ、聞こえるか?

 屋根の上のカメラ映像どうなってる?」


『え、屋上ってことですか?

 待ってくださいよ……なんかノイズ一瞬だけ走って――…ああ、戻りました。

 えーっと…何ともありませんよ?』


「ノイズ…?

 マサノリ、サイント俺の気のせいかもしれないが戦闘用意を頼む。

 もしかしたら侵入者が来ているかもしれない」


その一言を聞いたルフトジウムはデバウアーを持って窓のヘリを利用して大きくジャンプする。簡単に屋根の上に登ったに彼女の目の前には


「よう。

 そんな気配はしてたんだよなぁ。

 やっぱりお前か。

 元気そうだで何よりだな?」


「……………」


バサバサと吹雪でコートをはためかせ、特徴的な武器を持った大鎌の獣人が立っていた。




                -凍てつく世界- Part 8 End

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