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-凍てつく世界- Part 7

「あっ!

 先輩!!

 ここから離れましょう!」


車の中に戻ったルフトジウムはソワソワとした態度のサイントと出会う。彼女の表情は少し焦っていて、先ほどまで寝ていたからかその目は赤く充血していた。


「なんだなんだ、落ち着け。

 急にどうしたんだよ?

 離れるも何もなんで離れなきゃならないんだ?」


 ルフトジウムは運転席に座っているマサノリに今すぐに暖房を強くしてくれと要望を伝え、ながら椅子に深く腰掛ける。サイントは自分の兎耳を両手で抑え、ルフトジウム達には聞こえない音を聞かないように自らの耳を塞いでいる。


「おい、大丈夫かよ」


サイントの肩に手を置こうとした途端、彼女はガバリと体を起こす。


「“地震”が来ます!

 それもさっきぐらい大きなものが!

 先輩、これ…まるで“悲鳴”のように聞こえて……!

 サイントは……こんなの……」

 

 何かの衝動に駆られたように動いたサイントはスムーズにガラガラと車のドアを開け、すぐにでも逃げることができるような体勢を取る。まるで野生の動物のような衝動的な動きを取った彼女には兎の遺伝子から来る動物的第六感が働いているのだろう。ルフトジウムはそんな後輩の姿を見て驚きを隠しきれない。


「サイント、お前分かるのかよ?

 天災が来るかどうかなんて一体どうやって…」


「おい、どうしたんだ?

 大丈夫か兎の子」


「来ます!」


 後輩の言った事がまるで信じられなかったルフトジウムだったが、すぐに彼女の予言は正しい事が証明された。地面全体が唸り声を上げているような鈍いなんとも形容しがたい雰囲気が場を支配すると空気がピンと張り詰める。続いてドスンと真下から突き上げてくる弱い揺れが一人と二匹を襲う。木に止まっていたフワフワの羽毛を持った真っ黒な鳥が一斉に鳴きながら大空へと飛び立つ。


「うおお!?

 マジかよ!?」


「むぐ!?」


 そして直ぐに揺れは強烈な縦揺れへと変わった。先ほど産まれて初めて地震を知ったルフトジウムが揺れに慣れているはずもなく、彼女はびっくりして座席を飛び越えてサイントに思いっきり抱きつく。マサノリは大きく揺れる車内から、何かこちらに倒れてくるものが無いかフロントガラス越しに観察していた。


「家が倒れてくる気配はないな。

 しっかし、また地震か。

 今回は間隔がだいぶ短いなぁ」


 ヤマナカの家の軒先に吊るされた提灯が今まで見たことないぐらい左右に動き、家の大黒柱と支柱がお互いを支え合うミシミシといった音が車の鉄板を貫通して車内にまで聞こえてくる。


「ああ、街が…!」


 遠くに山のように聳えていた都市中心部の超高層ビルの何棟かが何度も襲ってくる揺れに耐えることが出来ず、根本から折れて崩れ落ちていく。倒れた下に建っている小さな建築物を容易に押しつぶし、火山の様に黒煙を上空へと広げていく。まるで戦争しているかのような絶望的な光景に言葉が出なくなったマサノリはフロントガラスから離れるとぐったりと椅子にもたれかかった。


「先輩。

 あの、苦しいです」


「いや、急に冷めすぎだろお前…。

 さっきまでの野生的な行動はなんだったんだよ。

 俺普通に今が最高に怖いんだけど?」


ルフトジウムは恐怖からさらに強くサイントを抱きしめる。サイントの顔はどんどんルフトジウムの豊満な胸に埋もれていく。


「あの…。

 あまりジタバタと騒いでも仕方ないですよ」


サイントは胸に埋もれながらルフトジウムを落ち着かせるために言葉をかける。マサノリは椅子の上で大きくため息をついた。


「…おい。

 兎のお嬢ちゃんの言う通りだ。

 ここにいる限りお前らこれから何度でも味わうことになるぞ。

 そのたびに驚いて後輩に抱き着くのか?」


 一人と二匹が乗っている古い車のスプリングがギシギシと軋み、装備台に乗っているデバウアーや小銃が台に当たってガタガタと大きな音を立て地震の威力を伝えていたが、三十秒程すると揺れはゆるりと収まっていく。張り詰めた空気が弛緩し、また静かな世界が戻ってくる。


「と、とりあえず…終わった…んだよな?」


「おそらく。

 サイントの聴力によると第二弾は今の所無さそうです」


「今回のもデカかったなぁ。

 全く持って忌々しい」


「せ、先輩…そろそろ放してください。

 サイントは苦しいです」


「おっと、悪い悪い」


「必ず原因があるはずだ。

 この地震を引き起こしている原因が…」


 ルフトジウムが拘束しているサイントをやっと放し、ブツブツとマサノリがボヤいていると玄関の扉が開き、カンダロが出てきた。顔色は真っ青で、気分が悪そうだ。彼は足早に車に乗り込むと


「行きましょう」


そう一言だけ喋る。


「おい、話はどうだったんだよ?」


ルフトジウムが後部座席からカンダロの頭を叩きながら尋ねたが彼は頭を軽く振ると鬱陶しそうにルフトジウムの手を掴んだ。


「支部で言います。

 今はとても話せないです」


カンダロの表情は固い。何か見てはいけないものを見てしまったかのような彼の態度と素振りはルフトジウムを軽く苛立たせた。


「ふん、そうかよ」


エンジンに火が入り、車が動き出す。すぐに遠くなっていくその家は雪も相まってまるで魔女の住む館のような風貌となって二人と二匹を見送ったのだった。




  ※  ※  ※




「うう、寒い寒い。

 慣れねえぞこの寒さは」


 太陽が地平線の奥へと消えたお陰で、マイナス二十度にもなっている気温は今夜も容赦無く山羊や兎の体温を奪い去っていく。ルフトジウムはデバウアーの刃を雪に当てないように気を付けて立てかけ、首に巻いていたマフラーを巻きなおして鼻まで覆う。見上げた空にはゴロゴロと青白く光る雷を携えた真っ黒な乱層雲がいくつも連なり遥か彼方にまで広がっていて、雲の色と相反するような真っ白なパウダースノーを絶え間なく降らせていた。二十二時ぐらいから風が強く吹き始め、二十三時半となった今現在は吹雪になっていた。


『そっちは風が強く当たってそうだな。

 山羊のお嬢ちゃん、まだマフラーとか帽子ならあるけど取りにくるか?』


暖房の効いた暖かい建物の中で、ターゲットのいる部屋の前で銃を握っているマサノリがルフトジウムを気遣ってくれる。ルフトジウムはこの時ほど自分の頭に生えている角が忌々しいと感じたことは無い。


「あのな、おっさん俺は帽子を被れないんだよ。

 角あるだろ。

 分かってて言ってるだろ?」


『ククク、バレたか。

 頭から角が生えている獣人用の帽子を仕入れておくんだったな。

 とりあえずはイヤーマフで我慢するしかないな?』


『先輩、サイントが交代してもいいですよ』


「そしたらあと二十分ぐらいしたら交代頼むぜ。

 このままだと心臓まで凍ってしまいそうだ俺」


『ルフトジウムさん、交代する際はもう一度声をかけてください。

 僕がそちらに赴きますから』


ルフトジウムは鼻水を啜る。


「あ”~!寒い!

 面倒な決まり事だぜ~…!

 なんで獣人が一匹で屋敷の中を歩いたらダメなんだよ?」


ルフトジウムは風ができるだけ当たらないよう壁際に移動しながら玄関を見張る。


「交代が待ち遠しいぜ。

 暖かいお茶と甘いもの用意しておいてくれてるんだろ?」


『もちろんです、先輩。

 もちろん炬燵も、暖かい毛布もありますから一時間外はサイントに任せてゆっくりしてください』


ルフトジウムは暖かいお茶に甘味を想像して唾を飲み込んだ。疲れた体には甘味と暖かいお茶が染みるのだ。


「交代の時間が待ち遠しいぜ」


端末からメッセージが届いた音が響く。ルフトジウムは周りをキョロキョロと見渡し誰も見ていないことを確認すると端末を開いた。メッセージはハルサからだった。


『ルフトジウムさん、お仕事は順調っスかね?

 雪の写真見たっスよ~!

 めちゃめちゃ綺麗でびっくりしたっス!

 袋に入れて持って帰ってきて欲しいっス!

 …無理っスかね?

 仕事から帰ってきたら前言ってたご飯のお店に行こうっス!

 お仕事頑張ってっス!』


ルフトジウムは返事をささっと返し、ポケットに端末を仕舞う。吹雪く空模様を眺め、この仕事が終わったらどこにハルサと行こうか考えながら彼女は自分に気合を入れる。


「さってと。

 お仕事頑張るかぁ~…!」




                -凍てつく世界- Part 7 End

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