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-凍てつく世界- Part 6

ルフトジウムはマサノリからさっさとデバウアーを取り上げる。


「はあ~…。

 やれやれ、よっこいしょ。

 いや~…びっくりしたよ……。

 俺も昔はこれぐらい片手で簡単に持てたんだけどな。

 寄る年波には勝てねえなぁ」


マサノリは階段に積もっている雪を手で軽く払い、座り込むとポケットからハンカチを出して額の汗を拭う。ルフトジウムはデバウアーの左右を結合して一つの鋏に戻し、車の中の装備置きに立てかける。


「昔でも無理だろうよ。

 あのな、これは人間には到底無理な重さだぜ?

 俺みたいな戦闘用獣人じゃないと片手で持つことすら難しいだろうよ」


デバウアーはハサミ形態で約二十キロもの重さを誇る超重量武器だ。男性、女性関わらずに鍛えてさえいれば持つことは出来るだろうが、それを武器として振り回せるかどうかは別問題だ。


「もし人間の身でも俺みたいにブンブン振り回したいなら体の義体化は必須だろうぜ。

 …おい、おっさんあんた本当に大丈夫かよ?

 無理してはしゃいだんじゃないだろうな」


 マサノリはこの一瞬で五歳ぐらい老けたように彼女の目には見えた。ルフトジウムは少しマサノリの体調の具合を探るため首を少し傾げてマサノリに近づく。首についたカウベルがカランと小さく鳴ると、マサノリはそれ以上近づかなくていいというように手を立ててルフトジウムを押しとどめた。


「大丈夫、大丈夫だよ。

 いやぁ、俺は今身をもって実感したよ。

 戦闘用獣人ってのはすごい力持ちだってことも俺が歳をとったってことも。

 今更だけど引退を考える歳なんだろうな、もう俺は」


 彼は汗を拭いたハンカチを両手で丁寧に折り、ポケットに入れる。ハンカチには綺麗な桜模様が描かれていて、綺麗に洗濯されていた。彼は車に乗せられているルフトジウムの武器をもう一度見ると眉間に皺を寄せ、小さく息を吐く。引退を考える小太りの男に対してかける労いの言葉なんてろくすっぽ持ち合わせていないルフトジウムは、一生懸命最近見た映画のセリフを思い出そうとする。


「お前も実際は大変なんだな」


そんな折にふわりとした中身の無い言葉が投げつけられ、ルフトジウムは逆に面食らった。


「は?

 俺が?

 この流れでなんでそう思うんだよ?」


 山羊は靴の先についている雪を蹴飛ばしながら言葉を返す。マサノリは合成煙草をポケットから取り出し、ライターで火を点けた。


「お前、二十歳前後の個体だろ?」


彼は肺に吸い込んだ紫煙を吐き出しながらルフトジウムの顔を見る。ルフトジウムは自分が産まれた年と今の年を頭の中で引き算すると頷いた。


「それがどうしたんだよ」


「こんな男の話を少し聞いてくれるか?」


「嫌だ。

 俺は別に興味ない」


ルフトジウムはきっぱりと拒絶して、暖房の効いている車の中に戻ろうとしたが裾をぐいっと引っ張られる。振り返るとマサノリが裾を掴んでいた。


「まあまあそう言わずに付き合えよ。

 お前も愚痴の一つや二つあるだろ?」


鬱陶しい、というようにルフトジウムは腕を払う。


「んだよ~!

 ただ単に話し相手が欲しいだけだろ~?

 つか、そんなこと獣人の俺に話してどうすんだよ~!

 人間の女に話せよそういうのは~!」


マサノリは煙草を携帯灰皿に入れると大きなため息をついた。


「別にいいだろう?

 こんな若い女と話すのは久しぶりなんだから」


「うわぁ、こいつ最悪だ。

 質が悪い。

 開き直りやがった。

 あのなぁ、おっさん。

 あんた、俺をキャバ嬢と勘違いしてるんじゃねえだろうなぁ?」


「初老の男の、拙い昔話の一つでも聞いてやろうとは思わないのか」


「思わないんだって、俺は。

 ったく…分かった分かった。

 今は暇だから~…別にいいけどよ。

 出来るだけ早く終わらせてくれよな。

 それに、カンダロが戻って来たら途中でも止めてもらうからな」


ルフトジウムはブツブツ文句を言いながらもマサノリの横の雪を靴でブルドーザーのようにどかして出来た空間に腰を下ろし、おっさんの小話を聞いてやることにする。


「俺はこの街で産まれて、この街で育った。

 あれは今から四十五年も前の――痛いな!」


いきなり長くなりそうだったのでルフトジウムはすかさずマサノリの鎖骨のあたりをグーで小突いた。


「おい、おっさん。

 本当に要点だけ頼むよ。

 山羊は基本短気って知ってるか?」


「冗談も通じないのか、本社の獣人は…」


マサノリは小突かれた鎖骨の辺りを右手で擦りながら話を続ける。


「……俺には息子が一人いたんだ。

 気が利く、本当に俺の息子か?と思うくらい立派な息子だったよ。

 正義感が強くて、弱い者イジメを絶対に許さない子だった。

 昔からいじめっ子とよく取っ組み合いの喧嘩をして相手を泣かせて帰ってきてたっけ」


 そう自慢しながら彼は端末の待ち受けを見せる。そこにはマサノリと血の繋がりを全く感じない程に顔立ちの整ったハンサムな青年がいた。目の色は茶色で、ぴょんぴょんと癖のついた髪の毛をしていた。まるで苦労の一つもしたことなさそうな甘ちょろい雰囲気の男だったが、異性に興味のないルフトジウムからしても彼はかなり魅力的に見えた。小中高と彼女には困らなかっただろう。

 彼の写真を十秒ぐらい観察したあとルフトジウムはふん、と鼻を鳴らして、降り続ける雪に視線を移して小さく呟く。


「…弱い者イジメを許さない、か。

 おっさんの息子、人間に産まれた事を少しでも有り難いと思ってるといいな。

 獣人だったらそんなこと言ってられないからよ。」


マサノリは力無く笑うと端末の待ち受けを目を細めて愛おしそうに見る。


「おいおい、あまり茶化すなよ。

 こっちはかなり話がノッて来てるんだ。

 息子は“都市病”で死んだ俺の妻が残した形見だったんだぜ?

 俺の宝物だったんだ」


山羊は肩をすくめ、問い掛ける。


「なんでそんなに過去形なんだよさっきから。

 あんたの息子の事だ。

 本社都市近辺の立派な企業立大学に通って、人間としての生活を享受して――」


マサノリは冷たい氷の結晶を掌に受け止め、タイミングを見計らってルフトジウムの言葉に本題を重ねた。


「俺の息子は死んだよ。

 二年前にな」


萎んだ肺からまだ出てくる紫煙が真っ黒な雪雲下でじわじわと広がる。マサノリはいつの間にか吸い終わった煙草を携帯灰皿に入れると悲しそうに口角を下げた。


「息子は“遺跡”に入ったんだ。

 そんなの殺されて当たり前に決まってるだろう?」


「……正直すまん。

 あの時支部で茶化したのは俺は本当に知らなくて……」


マサノリは首を振ると、目頭を擦る。


「いや、本当に気にしちゃちゃいないんだ。

 俺が言いたいのは“なんで俺の息子は死ななくてはならなかった”のかって事さ。

 賢かった息子が“遺跡”に入ったのは何が原因があるに決まってるんだ」


「…どこかで聞いたような話だな」


測らずしてルフトジウムはカンダロが陽天楼でダイ相手に言った一言を思い出していた。


「ん?

 そりゃまた、どういうことだ?」


「気にするな。

 あくまでもこっちの話だ」


ルフトジウムはそう吐き捨てるとズボンに付着していた雪を叩いて払い、マサノリに手を差し伸べる。


「おっさん、さっさと車の中に入ろう。

 とにかく外は冷える。

 この寒さはご老体には毒だろ?」


「おい。

 俺はまだそんな歳じゃねぇ。

 ぶっ飛ばすぞ」


「おー怖い怖い」


                -凍てつく世界- Part 6 End

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