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-凍てつく世界- Part 5

      ※   ※   ※




「間取りからだとあんまり予想できなかったけどかなり立派な建物なんだな。

 おい、サイント知ってるか?

 色々と矮小な男ってのは、自分自身を相対的に大きなもので囲むのが好きらしいぜ」


「へー!

 先輩流石博識ですね。

 すごい」


「いやいやいやちょっと、ルフトジウムさん!

 声が大きいですよ!!」


「別に聞かれても構いやしねぇよ。

 そもそも家があんなに遠いのにどうやって聞くんだよ、俺のこの雑学を。

 それに俺は別にヤマナカさんがそうだとは言ってないだろ?」


「流石にそれは無理では?」


 支部での淡々とした話し合いからおよそ一時間後、二人と二匹は現場の下見をしに地図に示されていたヤマナカ宅の門の前に到着した。人がどうあがいても乗り越えることができないほど高く、立派な塀が周囲に張り巡らされていたが、所々の瓦は地震の影響で崩れてしまっている。まるで大名屋敷のような門には金属で出来た“大野田重工”のマークが小さく付けられており、暗に誰が住んでいるのかを示唆している。

 門の前で警護している私兵は若い男が一人だけだったが、その身に纏っている装備はかなり立派なものだ。寒冷地でも凍り付かないよう不凍液が循環系に混ぜてあるサイバネを右腕に付けた彼は、車から降りてきた二人と二匹を鋭い眼光で睨みつける。分厚い防弾板が織り込んであるコートの胸の部分には、売上だけで見るならば“AGS”にも並ぶ都市警察企業、“ゼッタイダイジョブ警護”のロゴが大きめに印刷されていた。


「あ?

 何か用かよ?」


ルフトジウムは門番に見せびらかすように片手に持ったデバウアーをちらつかせる。門番は武器を見て驚き、たじろいで一歩下がる。


「その特徴的な武器…お前、“AGSの断頭台”だな?

 なぜこんな所にいる」


門番はエネルギー銃に片手を伸ばす。何故か早速臨戦態勢に入った門番とルフトジウムの間にカンダロは割って入る。


「ちょっと!!

 何いきなり喧嘩売ってるんですか!!

 お騒がせしてすいません。

 えーっと、僕達は明日からここを警護する予定の“AGS”チームです。

 今日はこの家の主人に挨拶と現場の下見に伺いました。

 一応アポイントは取ってあるから取次ぎをして頂けないでしょうか?」


「…分かった。

 今連絡を取るから少しここで待っていろ」

 

 カンダロが面倒そうな対話を門番としている間、ルフトジウムは周囲を見渡す。敷地だけで計算すればそこかしこにある都市管理下の公園よりも遥かに大きい。資料によれば一辺が五百メートルにもなる正方形の敷地らしい。そんな大きな土地のど真ん中にヤマナカの家はあった。


「連絡がついた。

 中へ入っていいぞ」


 重々しく金属で門が左右へと開き、車は玄関にたどり着く。


「悪趣味すぎるだろ…」


「ああ、でもいますよねこういう趣味の人。

 サイントは苦手ですが」


ルフトジウムとサイントがぼやくのも無理はない。


「金持ちになるとなんでこう金色の物を作ってしまうんだろうな」


マサノリも目を細め、ヤマナカの家を見る。彼の家は壁も屋根も全てが金色に輝いていた。建物をじっくりと眺める暇もなく車から降りた二人と二匹を出迎えたのは、真っ白な和服を着た“大野田重工製”の生体プラスチックで出来た高級アンドロイドだった。アンドロイドは深々と頭を下げ、高解像度カメラの入った瞳を全員の顔をスキャンするように動かした。とても作られた存在とは思えないほどスムーズな挨拶に釣られ、二人と二匹も頭を下げる。


「カンダロ様御一行ですね?

 長らくお待たせしてしまい申し訳ございません。

 我らのご主人様がお会いになるそうです」


アンドロイドは片手を玄関の方へと向ける。二人と二匹が入ろうとしたが、アンドロイドは言葉を続ける。


「しかし会えるのは一人だけです。

 従者の方達はそこでお待ち下さい」


カンダロはアンドロイドの前に立つと抗議する。


「残りの一人と二匹の獣人は僕の右腕も同然です。

 一緒にお話を伺わせて頂けたらと――」


「駄目です。

 お会いになれるのは一人だけです。

 セキュリティの関係上ご了承下さい」


取り付く島もない。仕方なしにカンダロは振り返って一人と二匹を見て、何とも申し訳無さそうに表情を曇らせた。


「すいません…」


「別に謝らなくていいからさっさと行ってこいよ。

 俺達は周囲見ておくからよ」


「俺はタバコ吸う時間が出来たから丁度いいぜ。

 しっかり話聞いてきてくれ」


「はい……。

 行ってきます…」


 丁番が軋む音と共に重苦しく分厚い金属製のドアが開き、その隙間へカンダロとアンドロイドが飲み込まれていく。彼は不安そうな顔をして一度振り向き、ルフトジウムはちゃんとしろ、とハンドサインを送る。玄関の扉がしっかりと隙間無く閉じると、残された一人は車の中へそそくさと戻り、ゆったりとタバコを吹かし始めた。


「サイント、周囲にどういう防犯装置が付いているのか把握しておいてくれ。

 もしかしたら役に立つかもしれん」


「わかりました」


 先輩に命令された兎はとりあえず建物の周囲を探るため歩き出す。一匹だけぽつんとその場に残されたルフトジウムは目の前の和風建築物を目を細めて隅々まで眺めた。本の復元写真でしか見たことないほど大昔の有名な建築を模した建築物は、全体が本物のヒノキやサワラ、スギなどの木材から出来ていてその表面には金箔が貼られているようだ。支部で見た間取りによる想像では家は小さく見えたが、いざ本物を目の当たりにすると予想よりもかなり大きい。


「先輩、見てきました」

 

「おう、お疲れ。

 早かったな。

 それで?」


「ざくっとではありますが、防犯装置は警報くらいですね。

 侵入者排除用の自動射撃のターレットや、罠といった類のものは周辺にはありませんでした」


「そうか。

 布陣は少し考えないとなぁ。

 俺達が家の中にいていいなら幾分かは楽ちんなんだがなぁ」


 サイントは先輩に軽くいくつかの報告を終えると車に乗り込み、窓を開けて目を瞑る。彼女は暇だし今から帰るまで昼寝を決め込むらしい。その代わりにタバコをすっかり吸い終わったマサノリがのたのたと車から降りてきた。彼はルフトジウムと彼女が持っているデバウアーを交互に見比べる。


「あん?

 なんだよ?」


ジロジロ見られるのが好きな獣人はあまりいない。ルフトジウムも少し不機嫌を前面に押し出して眉を潜める。


「いや、興味があってな。

 君の持つその武器は一体どういう仕組みなんだ?」


ルフトジウムははっ、と笑うと「覚えてねぇな」と返す。


「別に仕組みなんて何でもいいだろ。

 そんな事聞いて一体どうしたんだよ?」

 

「あくまでコミュニケーションの一環だよ。

 一緒に戦う同僚の事を知りたいのは普通だろ?

 噂で聞いたことがあるんだ。

 “AGSの断頭台”が持つ武器は高熱で殆どのものを切断できるってな」


ルフトジウムは頷いてデバウアーの刃を見せる。刃の先端部分は薄く溝が入っており、そこから指向性を持った何万度もの温度が放射されるデバウアーの仕組みが見て取れる。


「詳しいことは俺もよく分からねえんだけどよ。

 こいつは対象を何万度もの温度で蒸発させてどうたらって説明されたぜ。

 おっさん、こんな事聞いて楽しいか?」


マサノリはデバウアーに近づくとまるで宝石を見るかのようにじっくり嘗め回すように観察する。


「別に他意はないんだ。

 ただただ、興味が出ただけだよ。

 なぁ、それ持ってみていいか?」


「ん、別にいいぜ。

 ほらよ。

 重たいから気をつけろよな」


「はは、君みたいなか弱そうな女の子が持てるぐらいだから大丈夫だろう」


デバウアーを持ったマサノリはあまりの重さにバランスを崩し、ルフトジウムはマサノリが倒れないよう手を添えて支える。


「めちゃめちゃ重いんだなこれ!?」


「だから言ったじゃねぇかよ。

 重いから気をつけろって」




                -凍てつく世界- Part 5 End

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