-凍てつく世界- Part 4
「なあ、おっさん。
この“地震”は大体いつぐらいからなんだ?」
ルフトジウムは座布団の上に座り直すと卓袱台の向きを整え、乱雑に置いてある煎餅を一つ手に取って包み紙を破る。マサノリは面白くなさそうに顔を顰めたが、渋々と言葉を返す。
「なんだ、なんだ。
まだこの話を深掘りするつもりなのかよ?」
「もしかしたら任務の役に立つかもしれないだろ?」
そう言われてしまえば、話さないわけにはいかない。
「大体五年位前からだな。
この都市は元々“資源の掘削”から始まった都市だ。
詳しい日時は忘れちまったんだが、ある時地中深くに眠っていたどデカい“遺跡”を掘り当てたんだ。
今まで見たような遺跡とは全く違う形をしていてな。
まるで何かの格納庫にも見えたよ。
“重工”のお偉いさんがすっ飛んできて、大体1年くらいしてからこの地震が始まったんだ」
マサノリは空っぽになった空き缶を部屋の隅のゴミ箱へと投げ捨てる。空き缶はゴミ箱の縁に当たり、弾かれ床に転がる。
「という事は“遺跡”とこの地震は関係しているって事でしょうか?」
「分からん。
ただ“遺跡”は、当然のように“大野田重工”の支配下に置かれているし、一般人は進入禁止だ。
二年前に度胸試しで侵入した街の若者が三人、警告無しで射殺されてる」
ルフトジウムはふん、と鼻を鳴らす。
「そりゃ、なんとも馬鹿だな。
“遺跡”なんて所に、土足で入ったら当然殺されるに決まってる。
獣人の俺でも分かることだぜ」
マサノリはその言葉を聞いて、目線を窓の外へと向ける。ハラハラと散る雪は勢いを増しており、窓の外は吹雪と言っても差し支えないほど真っ白になっていた。
「そう…そうだな。
俺もあの時…ちゃんと止めておけばよかったなって思うよ。
バカな奴だったよ…本当に…」
てっきり笑い話になると思って飛ばしたヤジが、何やら異様な空気を作り出してしまい、ルフトジウムは軽口を叩いたことを軽く後悔する。どうしたものかと考えあぐね、サイントと目を合わせたが彼女は知りませんというようにそっぽを向いた。
しかし、空気を読めないカンダロがマサノリの顔を見て一言放つ。
「え、なんですか?
なんでまたそんな遠い目をしちゃって一体どうしたんです?
あ、もしかしてお腹が痛いとか?」
ルフトジウムはカンダロの頭を思いっきり叩く。
「痛い!!」
「すまんな、おっさん。
こいつが空気読めないばかりに…。
それに俺も何か気に障ることを言っちまったみたいだから謝るよ…」
マサノリは軽く首を振る。
「ん、いや…。
気にしちゃいない。
さて、もうこの話はもういいだろう。
そろそろ、任務の話をしよう。
今回俺達が警護する対象人物はどこにいるんだ?
俺にも今回のミッションについて情報を共有してくれ」
ルフトジウムは床で頭を押さえているカンダロを引きずり起こすと説明しろ、とケツを叩く。
「いつまで痛がってんだよ」
「痛いのに!
もーーー、わかりましたよ!はい!
ルフトジウムさんとサイントさんも復習として聞いて下さいね。
いつもいつもいつも人の話を聞かない筆頭格なんですから!
発注主はどうでもよくて…内容がー…あったあった。
今回僕たちの任務はヤマナカさんの護衛です。
部隊長から直々に指示を受けました」
「部隊長ってのは最近F部隊に来た、いけすかねぇキモい奴の事だ」
ルフトジウムは煎餅を齧る。
「あの、ルフトジウムさん。
あまり支部の人の前でそういうことは言わないほうが…。
けど、まあ、ある程度は同意します。
ダイ隊長の後任の人ですよ」
カンダロが、言葉の中で指している“部隊長”はこの場合ダイではない。ダイの代わりに新しくその座に就いたのはタカタホ・カナシタと呼ばれる男だった。彼はF部隊の隊長だけに留まらず、“AGS”の役員としての役職も兼任している。ダイが秘密裏に調べた情報によると“大野田重工”の中でも選りすぐりのエリートで、いくつか存在している遺跡研究所の所長としての地位も所持しているらしい。
そんな仕事が出来る彼が“AGS”に就任してからすぐに、カンダロチームに彼から直々に司令が下ったのだった。
「ヤマナカ…?」
おじさんはその人物に対して興味があるのか、少し食い気味の反応を見せた。
「えーっと…。
今資料を出すので待ってくださいよ」
「別に焦らなくていいぞ」
おじさんはタバコを消すと椅子に深く腰掛け、話を聞く体勢になる。カンダロは端末を取り出すとブリーフィングの時に使った資料を引っ張り出した。そこに書かれている護衛対象の名前を読み上げる。
「フルネームはヤマナカ・シュウセイですね。
彼について何か知ってたりします?」
フルネームを聞いたマサノリの表情が少し変化したのをルフトジウムは見逃さなかった。しかし、詮索するのが苦手な彼女は、ここで他の気が付いていない一人と一匹に合わせて何も言わないようにする。カンダロは端末を取り出すと、データを引っ張り出してマサノリの前に地図を広げた。
「今回の護衛対象、ヤマナカ・シュウセイはこの都市の企業指定区域の奥に住んでいます。
場所はこの支部から車で大体二十分くらいでしょうか。
今回、彼の警備体制の隙を狙って暗殺を試みる者がいるとの情報を受け取りました」
「そりゃ一体どこからの情報なんだ?」
マサノリの疑問も最もだ。ルフトジウムはまたかよ、というような表情を浮かべて腕を組み煎餅の残りを飲み込む。サイントはもう慣れたようで相変わらずの無表情だ。ごもっともな質問をしたマサノリの顔を見て、カンダロは眉をしかめ右手の人差し指を上へと向ける。
「今回の命令は“上”からですから…。
僕にあまり深く聞かないでください。
僕は知らないし、知っていても教えれませんから」
マサノリは唸る。
「まぁ、それもそうか。
情報がどこから出たのかについて今回は深く聞かないようにするよ。
支部にいる俺には関係ない話だしな」
「ご協力感謝します。
では、話を続けますよ。
どうやら彼は“重工”にとってもかなりの重要人物らしく、僕達“AGS”に早速護衛命令が出たんです。
“AGS”は“重工”の天下り先です。
他の都市警察会社と比べても比較的信頼が厚いんですよ。
護衛期間は明日から三日間です」
「三日間だけなのか?
ずっとじゃなく?」
カンダロは頷く。
「じゃあいつもはどうしてるんだ?
家は誰が守ってるんだよ」
マサノリは質問を投げかけながらヤマナカが住む住宅の間取りを見る。住宅は本社都市の一級地にある程大きく立派なものでは無かったが、それでも一人で住むには大きすぎる。
「いつもは彼が経費で雇っている私兵が警護しているんですが…。
一か月程前に私兵の社長と給料のことで揉めています。
ヤマナカが手配した代わりの私兵が現場に到着し、彼らが警護につくまで長く見積もって三日間の空白期間が出来てしまいます。
その間の護衛依頼ということです」
「なるほど、そういうことか」
「まぁ、要するにVIPってやつだ。
ほら、この写真の顔見てみろよ。
ふてぶてしいったらありゃしない。
なんでこんなおっさんを俺達が守らなきゃならねーんだよって思っちまったよ」
ルフトジウムはプロフィールの写真を指差す。そこにはブクブクに太った初老の男の写真が掲載されていた。
「ルフトジウムさん、思っても口に出しちゃ駄目ですよそれ」
「うるせぇよ」
-凍てつく世界- Part 4 End




