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-凍てつく世界- Part 3

 片道六車線はしばらく続いていたがいつの間にか車線は減り、片道一車線の小さな道路へと変わっていた。それでも対向車は一台も現れず、薄暗い道を照らすようにポツポツと寿命の尽きかけた街灯が灯っているだけだった。周囲にはビルはもはや一つも建っておらず、人の気配がまるで無い田舎の街に、雪景色も飽きてきたルフトジウムとサイントも次第に口数が減っていく。


「おい。

 もうそろそろ着くぞ」


車はやがて二階建ての小さな灰色の建物の前で止まる。入口には『AGS第百九十五都市支店』と無造作に書かれた看板と、社章が掲げられていた。


「やっと着いたか。

 流石に疲れたぜ」


車が止まるなりいそいそと荷物を車から引きずり下ろし、建物の中に入った一人と二匹を迎えたのは何とも寝やすそうな六畳程の和室と十畳ものコンクリートタイル床が、目立つオフィスだった。合法いぐさのいい香りが部屋の中に充満しており、ルフトジウムは座布団をせっせと四枚ほど畳の上に並べて簡易敷布団を作ると早速その上で寝っ転がる。


「俺は少し眠るぞ。

 移動で疲れた」


「え!?

 いや、先に支部の人との交流を…」


完璧に寝る体勢のルフトジウムを突いて起こそうとするカンダロだったが、そんな一人と一匹を見ておじさんはぼそりと呟いた。


「安心しな。

 ここには俺以外誰もいねえよ」


「え?」


 カンダロは無造作に聞き返す。おじさんはポケットからぐしゃぐしゃになった今となっては珍しい紙タバコを取り出すと、椅子に座りながらのんびりと火をつけた。くすぶるタバコの煙が部屋にゆっくりと広がっていく。


「もうこの街に住んでる人間はもう百人にも満たねぇんだ。

 こんなに小さな都市では犯罪なんてものも起こらねぇ。

 だからこそ、こんな街には“都市警察”とも言える存在は俺だけになっちまったのさ」


「そんな…。

 現場にはまだ五人社員がいるから管轄下に入れる様にと事前の報告では――」


焦ったカンダロは報告と違う、とおじさんに伝える。当の本人は涼しい顔だ。もう慣れた、と言う様に冷蔵庫から冷えた合成第二種麦酒を取り出し金属蓋を開けた。


「勤務中なのにお酒飲んでる…」


サイントが注意するべきでは、というようにカンダロの袖を引っ張るがおじさんは知らん顔だ。


「酒でも飲まないとやってられないのさ。

 お前達も飲むといい。

 三日前まではここにも五人の社員がいた。

 けど、ずらずらと辞めたよ。

 別の都市へ引っ越すってな。

 ここ最近はとにかく“酷くて”な。

 もうみんな耐えれないんだとよ」


「“酷い”…?」


カンダロは即座に聞き返す。

 

「なんだお前ら、本部から来たのにこの街の事全然知らねえのか?

 普通はブリーフィングで聞くだろ。

 この町はな、一日に何度も何度も何度も起こる忌々しい“地震”に襲われてるんだ。

 今日はまだ一回も来てないが、お前達もすぐに身をもって経験すると思うぜ」


 おじさんはタバコを加えると大きく吸い込み、大きく吐き出した。紫煙が部屋の中をふわふわと漂い、サイントは漂う煙を追い出すために窓を開ける。マイナス気温の冷たい空気が事務所の中を荒れ狂い、おじさんは少しだけ寒そうに肩を竦めた。


「この街…大昔は獣人も合わせりゃ百万程住んでいたんだ。

 俺がまだ若い時なんてあちこちに人が沢山いて、とにかく賑やかな街だった。

 けど、毎日何回も地震が来るようになってからみんな引っ越して行っちまったのさ」


 唐突に始まった昔話だったが一人と二匹にとっては初耳で、有用だった。おじさんはきょとんとしているカンダロ達に「呆れたぜ」と伝えタバコの灰を、灰皿に落とす。


「そんな情報、僕は知りませんでしたよ!?」


ルフトジウムとサイントが同時にカンダロを睨んでしまったからか、カンダロは両手を振って慌てて否定する。それでも睨むのを止めないルフトジウムからの視線にカンダロはいよいよ黙ってしまった。


「なあ、おっさん。

 あんた俺達に協力してくれるんだよな?」


「当然だ。

 それが本部からの要請なら例え俺しかいなくとも手伝わせてもらうつもりだが?」


ルフトジウムは起き上がるとおじさんの所へ行き、手を差し伸べる。


「自己紹介させてくれ。

 俺はルフトジウムだ。

 宜しくな。

 いつまでたっても名前が分からないのはお互い気持ち悪いだろ」


おじさんはぽかんとしたが、すぐにタバコの火を消して椅子から立ち上がり、ルフトジウムの手を握る。


「すまない、完全に自己紹介を忘れてた。

 外部から人間が来ること自体がもはや稀になってたからな。

 俺の名前はフケイ・マサノリだ。

 一応ここの支部長をやらせてもらってる。

 まあ今は俺しかいねぇから、支部長も何もねえがな」


マサノリはルフトジウムに握手を返すと残り一人と一匹とも自己紹介を交わした。出会った頃よりも場の雰囲気がだいぶ丸く変わる。


「話しかけてもぶっきらぼうな返事しか返ってこなかったのでお話するのが嫌いなのかと思ってましたよ」


カンダロはマサノリと握手を交わした後、微笑みかける。マサノリは頭をぼりぼりと掻いて少しだけ申し訳なさそうに表情を曇らせる。


「ああ、すまん。

 そんなに変な返事ばかりだったか?

 運転に集中したかったからよ」


「集中するほど人はいねえんだろ?」


ルフトジウムの指摘にマサノリは「分かってねえなぁ」と首を軽く振る。


「いいか?

 もし相手も同じ気持ちで運転してたらどうする?

 この街には医者はもういないんだぜ。

 もしこの街で大けがしたら死ぬしかないんだよ」


「医者すらいないんですか!?」


カンダロは驚愕した。


「ああそうだ。

 医療機器はあるけどオペレーターがいない。

 もうみんな辞めちまったからな」


「え、じゃあ――」


 何かを言おうとサイントが口を開いた瞬間、ルフトジウムとサイントの身体を嫌な予感が駆け巡る。そして二匹の人間よりも三倍鋭い聴覚は今まで聞いたことが無い音を捉えていた。まるで地面の奥底で大きな蛇が動き出し、地面がその痛みに悶絶しているような不協和音としか思えない音はルフトジウムとサイントの全身に鳥肌を作る。まるで見えない何かに後ろから蹴とばされたように二匹は立ち上がった。


「?

 どうしたんですか、二匹して――」


不思議そうな顔をするカンダロ。その問いに答えを出したのはマサノリだった。


「来るぞ。

 地震だ」


マサノリが新しいタバコに火をつけようとした時、机の上に乗っていたライターや灰皿がカタカタと移動をはじめて床に落ちる。


「え、地震!?

 僕初めてなんですけど!?」


「とりあえずは机の下に隠れとけ。

 今回のはかなりでかい」


 ライターや灰皿を机から落とすぐらいの小さな揺れは一瞬で収まり、間髪入れずに大きな揺れが来た。下からドンと突き上げるような強い衝撃、動けないながらも必死に踏ん張りつつ、ルフトジウムとサイント、カンダロはマサノリの言う通り慌てて机の下に隠れる。揺れは上下と大きく体を揺さぶり、経験したことのない自然災害に一人と二匹は完全に机の下で固まっていた。


「な、これ、いつまで続くんですか!?」


建物の鉄骨がぎしぎしと軋み、何かが砕けるパラパラとした音が部屋の中に響き渡る。


「うーん、まあいつも通りなら多分もう少ししたら」


 どこか遠くで何か巨大なものが根本から突き崩されるようなドロドロとした音が伝わってくる。ほとんど空っぽになっているこの支部では幸いなことに倒れるものは無く、強い揺れは二十秒程で収まった。


「ふー……」


一人と二匹は掌にじっとりと汗をかいて、まだ揺れるんじゃないかと警戒しながら机の下から這い出して来る。


「“地震”は初めてか?」


マサノリはまるで初めて海に入る子供を見る親のような表情を浮かべながら尋ねる。


「はい。

 いやーほんと…びっくりしました。

 “地震”っていう存在は知っていたんですが…」


「今回のはデカかった。

 おそらく中心街ではビルが崩れたな。

 この忌々しい地震のせいでこの街はもう終わるのさ」


そう言ってマサノリは我慢できずに、酒を食らった。




                -凍てつく世界- Part 3 End

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