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-凍てつく世界- Part 2

「おいおいおいおい!

 マジでクソ寒い!!

 やべー、俺服ミスったー!!」


「…サイントも同意見」


 “カテドラルレールウェイ”の大きな列車は煙突と機関部からまっしろな蒸気を火山のように吐き出しながらホームへと仰々しく入線する。途中三回の乗り換えを挟み、出発からおよそ三日かけて海を渡った先の北極大陸に到着した一人と二匹を包んだのは、氷点下十五℃にもなる突き刺すような痛みを伴った強烈な寒さだった。ルフトジウムは客車から降りた瞬間いつもの青いコートの前を慌てて閉じ、肩を抱いて無いと分かっていながらも羽織るものを探す。


「ああ、クソ!

 耳が!

 耳が痛ぇ!」


「サイントも耳が痛い。

 あと鼻も冷たい」


「そりゃそうですよ!

 当たり前じゃないですか!

 北極大陸ですよ、ここ!!」


 北極大陸近辺に設けられた“第十五資源切削都市”の空は朝の十時半だというのにどんよりと曇っており、空からはチラホラと細かい雪が舞い落ちていた。長距離の旅を終えた列車からはルフトジウム達を含め五、六人程度しか下車していない。降りる人数の割りに立派な駅舎は一見荘厳な作りに見えるがよく見ると天井のガラスが割れてて、立派な仏像には蜘蛛の巣が張っていた。

 駅員が二人がかりで“AGS”の巨大なキャリーボックスを荷物室から引っ張り出しているのを眺め、ルフトジウムは駅員が作業を終わらせるまで震えながら物珍しそうに周囲を見渡す。駅の近くに建造された外の汚染から都市を守るための壁には大きくヒビが入っており、廃れて消えていく都市の様相を現しているようだった。


「………サイントはこんなに寒いなんて聞いてない」


サイントがカンダロをじろりと睨む。


「言いましたよ!?

 え、二匹してブリーフィング全く聞いてなかった感じですか?」


「つか、何でお前だけそんな厳重な寒さ対策してるんだよ!」


「寒いって知ってるからですよ!!

 出発する前に調べますよね普通!!」


 ルフトジウムの横でサイントもあまり表情を変えずに寒そうに縮こまる。彼女はルフトジウムよりも薄いジャケットを着ている為、この中で一番寒いだろう。カンダロは一人だけ、もこもこが大量についた分厚いコートに手袋、そしてマフラーと耳が痛くならないように帽子まで被っていた。


「言えよ!」


「いや、マイナス十五度になるって僕は何度も言いましたよね!?

 その時馬鹿にしたように大豆クッキーもりもり食べてたのは誰ですか!?」


「…………言ってたか?」


「いえ。

 サイントは知りません」


「言いましたよ!

 一体なんなんだよ、こいつら!

 もういいですから駅舎に入りましょうよ。

 ホームにいつまでもいたら凍えて死んじゃいますよ」


 割れたガラスの隙間から降り注ぐまるで小麦粉のように細かい雪は、一人と二匹がホームを歩くだけで風に乗ってパッと散り、キラキラと光りながらまた地面へと溶け込んでいく。窓を通して見える街の木や、道、すべてが真っ白な世界は幻想的ではあったがルフトジウムは今はその景色を楽しむ気にはならなかった。




      ※   ※   ※




「あったけ~!

 マジで助かるぜ」


「サイントも同意見」


 駅舎の待合室にて二匹はカンダロがキャリーボックスから取り出した防寒着を全身に纏い、ニコニコしていた。大量の化学合成毛皮の付いた防寒着は綿だけで重さが五キロにも及ぶ程大量の防寒材が入っている代物だ。汗をかいたら水分を吸い、微量に発熱する機構まで付いている。胸の所には“AGS”の紋章が入っていた。


「しかし、獣人用のもあるなんてな。

 やっぱり弊社は準備がいいぜ」


ルフトジウムはご機嫌でイヤーマフをポンポンと上から叩く。サイントも兎の獣人用に耳を丸ごと覆えるような、毛糸で編み込まれた長い靴下のような帽子を被っていた。


「これ、温かいです」


「もっと早く出せよ!」


ルフトジウムはカンダロの尻を蹴る。


「痛い!

 キャリーボックスの中に入っていたんだから仕方ないでしょう。

 というか!

 僕が備品を注文してなかったら、今頃あんたら二匹とも凍えて死んでるかもしれないですよ!?

 まずはお礼から入ってもらうのが筋だと思うんですが!?」


カンダロはお尻を擦りながら抗議するが、ルフトジウムもサイントも知らん顔だ。


「しかし、迎えはまだ来ねえのか?」


「サイント外を見てきます」


「話を逸らすぐらいありがとう、って一言僕に伝えるのが嫌なんですか!?」


 サイントが駅舎のドアを開けて外に出ようとすると、丁度ボロボロの“AGS”のマークが付いた黒色に塗られたバンが駅の前の段差でホイールを削りながら停車した所だった。サイントがその光景を指差しながらルフトジウムに合図を送る。


「先輩、来たみたい」


「荷物全部乗るか?」


「分からない。

 乗らなかったらサイントはカンダロの上に座る」


「そうしてくれ」


「もうボケにいちいちツッコムのも疲れましたよ、僕は」


 カンダロは運転席に座る小太りのおじさんの所へ行くと社章の入った手帳を見せた。小太りのおじさんは頷くとさっさと乗るように、とバンの後ろを親指で指す。カンダロが二匹へ指示すると二匹は三つのキャリーバッグと一つのキャリーボックス、そしてデバウアーをバンの後ろへと詰め込み、車に乗り込んだ。


「宜しくお願いします」


「あいよ。

 遠路はるばるこんな所までご苦労様ですよ」


カンダロが助手席に座って挨拶するとおじさんはぶっきらぼうに、言葉を投げかけてくる。いつの間にか少しだけ肩に積もった雪を払いながら、カンダロはおじさんに話しかける。


「ここはかなり雪が降るんですね。

 こんなに寒いなんて思ってもみませんでした。

 ここは季節に関係なく雪が降るんですか?」


「うーん。

 まあ、そうだな」


「会社までは遠いんですかね?

 所でその防寒着、どこで買ったんですか?」


「そこそこあるかもしれんな。

 でも言う程程遠くない。

 服は近くの店だ」


「こういう時は熱いお茶が飲みたくなりますよね?」


「ならねえな」


「……街の治安はどうなんですか?

 何か本部へと要請したい事とかはありますか?」


「別に」


「…………」 


 何かしら少しでも役に立つかもしれない情報を入れようと話しかけるカンダロに対し、おじさんはつっけんどんな態度を崩さない。片手でハンドルを握り、面倒くさいから話しかけてくるなといった雰囲気を出しつつ、何とも次に繋げにくい返事ばかりする。次第にカンダロも心が折れ始め、話しかけるのを憚るようになった。

 出発して十五分程してはじめて一台の対向車とすれ違う。これを機会にと、新しい話題をすかさず振るカンダロ。


「対向車、この街に来てから初めて見ました。

 この街はどれぐらい人が住んでるんですか?」


「悪いが全然興味ねえ」


「…………」


いよいよカンダロは会話を繋げることを諦め、黙ることにする。助手席よりも固い座り心地の後ろの座席では、ルフトジウムとサイントが物珍しそうに雪が降る窓の外の景色を眺めていた。


「なんか駅前が一番賑わってたんじゃねえか?」


「そうですね。

 サイントもそう思います」


 駅から離れ、街の中心街へと至るにつれて寂れ方が激しくなっていく。店が開いている様子も無く、むしろシャッター街が目立つ。十年程前までは沢山の人がここに住んでいて、沢山の人で賑わっていた証拠とも言える片道六車線の道路は今やこの一台の車の為だけに存在しているのだった。


「先輩」


「ん?」


サイントがアスファルトに深く刻まれたひび割れを指差す。


「この街、ボロボロですね」


「そりゃー…何年も放置されればそうなるだろうよ」


ボロボロなのはアスファルトだけではない。空へと延びるビルも、建物もガラスが割れ、放棄されたものが目立つ。中心街にはオフィスビルと資源掘削用の巨大な掘削機が入り混じったほかの都市では見られない変わった光景が広がっている。そして巨大な掘削機も全く動く気配がなく、手入れすらされていないようだった。


「そういうもんでしょうか。

 まるで…」


「変に勘繰るな。

 厄介事はごめんだぜ」




                -凍てつく世界- Part 2 End

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