-電子猫は電子親友の夢を見るか?- Part 9
ラプトクィリが組んだプログラムは光る隼のような姿を形成するとハンナの脇を潜り抜けて加速し、ものすごいスピードで飛んでいく。思いっきり突き飛ばされたハンナはすぐに体勢を整えると、突き飛ばされた際に服に付いたラベンダーの花弁を払い落とした。
「全く、裏でコソコソと何をしてるのかと思えば…。
がっかりやで。
ウチと本気で殺り合うつもりなんやな。
あんたはもう少し賢いと思ってたけど…」
ハンナが両手を指揮者のように動かすと、光る隼の行く手を遮るかのようにファイアーウォールが作動する。ファイアーウォールは文字通り魔法のような炎の壁となって隼の行く先を遮った。
「あまりボクを下に見ないほうがいいにゃ!」
炎の壁を認識した隼は翼を小さく畳み、まるで弾丸のような姿となる。そして恐れずに炎の壁に突っ込んで小さな穴を開けると炎の壁を貫通する。
「ウチの壁をこんなに簡単に!?
なんでや!
ウチは“ハンナ”であり、“デイライト”なんやで!!
なんで拒絶するんや!」
思わず感傷的に叫び、空を仰ぐハンナだったがラプトクィリはビシッと中指を突き立てて吐き捨てた。
「やかましいにゃ!
お前はハンナじゃないのにゃ!
この大嘘つきめ!!」
隼はハンナの展開した二つ目の防壁を超え、当たり判定が無い天井を通り抜けると更に遠くへと飛んでいく。ウイルスを仕込んだミサイルで追撃をかけたハンナだったが、何千、何万ものミサイルを巧みに躱しながら隼は飛んでいく。二秒にも満たない攻防戦の末、隼はラプトクィリの死んだ教え子がいた“ギャランティ”のネットワーク内部へと無事に辿り着いた。ラプトクィリの放った隼は“ギャランティ”のネットワークで後始末をしていた沢山のオペレーター達がすぐに気が付き拾い上げる。隼の持つその情報はすぐに“ギャランティ”のネットセキュリティ班へと伝えられた。
「ちっ…!
一体何をするつもりなんや?
この空間はウチの世界!
あんたが何をしようが無駄や!!」
ハンナはイライラしながらラプトクィリに近づくと、全く動けない彼女の腹部へと蹴りを入れる。咄嗟に物理エンジンを弄り衝撃を和らげたラプトクィリだったが隼に演算能力を割いていた分反応が遅れてしまう。ラプトクィリの体は吹き飛び、壁に強く叩きつけられた。そのまま崩れ落ちる自分の体を制御できず、地面に倒れたラプトクィリはデジタル上での痛みに喘ぐ。
「痛ってえにゃ…ぁ…!」
床の冷たさは記憶にもある施設と全く同じで「こういうところの再現は完璧なのにゃ…」と思わず独り言をぼやいた彼女の頭をハンナはぐりぐりと踏みつけた。
「にゃぁ!」
「はぁー…もうええ…。
もうええわ。
ラプト、あんたここで終わりや。
“ウチの中のハンナ”がどうしてもって言うから情けをかけてあげてただけやから。
別にウチはあんたなんて必要としてへんねん。
情報を送った先も…そんなチンケな場所なんかと思うと笑えて来るわ。
あんたの教え子じゃ纏まってもウチの演算能力には敵わんよ!」
ハンナはラプトクィリの頭を踏みつけたまま演算能力を集中させて、“ギャランティ”のネットワークを丸ごと空間から切り離しにかかる。“ギャランティ”のオペレーターほぼ全員がネットワーク空間に集まっている今、ハンナの正体を知っている奴らを一網打尽にするには持ってこいの状況だ。ネットワークを切り離した後は体に帰れなくなったオペレーター達の脳を一匹ずつ焼いていけばいい。
「は、ハンナ……!」
「ねえ。
なんで、さぁ」
足を上げ、力を込めてラプトクィリの頭を踏みつけるハンナ。
「お前が……。
お前如きが…!!
ウチに!!」
また力を込めて頭を踏みつける。物理演算を弄り衝撃を和らげつつ、頭蓋骨の耐久値を触っていなかったら今頃ラプトクィリの頭は砕け散り、現実世界でもショック死に至っていただろう。ラプトクィリの左耳に付いていたマイクとヘッドフォンのグラフィックが砕け、脱げたシルクハットがコロコロと床に転がる。
「勝てると!
思ったんや!」
次々と与えられる痛みに耐えるラプトクィリ。転がっていたシルクハットをついでに踏みつけて形を壊したハンナは肩で息をしながらも攻撃を辞めない。
「たかが!
獣の分際で!!
ウチに!
この“デイライト”に!!」
ハンナはラプトクィリを施設の空間に閉じ込め動きを奪いつつ、“ギャランティ”のネットワーク空間が切り離されるのを必死に食い止めようとするオペレーター達を相手に余裕で立ち回る。彼、彼女達の奮闘も虚しく、合計演算能力をはるかに超える“デイライト”は簡単に“ギャランティ”の防壁を突破し、オペレーター達が仕掛けた罠を中和、破壊していく。
「あーあ。
こんなん簡単すぎて欠伸が出るわ。
弱いってのは罪やんなぁ?」
ハンナはぐりぐりとラプトクィリの頭を何度も踏みつけ、その度にラプトクィリは「にゃ」と小さく鳴く。正に絶体絶命。ラプトクィリの命もハンナの手中にあるという絶望的にも見える状況だったが、ここに来て初めてラプトクィリはふふっと笑った。目の前に散らばっている紫色の花弁を握り、彼女は無理やり頭を起こす。
「……何笑ってるんや。
ウチがこの“空間”の“ルール”であり――」
「にゃは…。
にゃはははは……。
確かに“この空間”はそうかもしれないにゃ。
でも、“現実”の方はどうなのかにゃ?」
「“現実”…?」
その瞬間、ハンナの脳内に“侵入者あり”の警報が鳴り響く。
「まさか……」
「全く持って足元がお留守なのにゃ。
機械が“感情”を持つようになっちゃダメな理由が良く分かるにゃ?」
ハンナはラプトクィリから足を離し、慌てて監視カメラへ接続する。監視カメラからの映像には大きな鎌を持った一匹の獣人が立ちはだかるセキュリティ人形をなぎ倒し、行く手を塞ぐように展開された分厚い扉を溶断する姿が映っていた。ラプトクィリはぼさぼさになった髪を毛づくろいしながらハンナに尋ねてやる。
「他企業に並ぶほどの規模を誇る“ギャランティ”のネットワークを切り離そうとしたら逆に特定されるに決まってるのにゃ~。
勝利を焦りすぎたお前の責任なのにゃ。
さてさて、“現実”のお前は大丈夫なのかにゃ~?」
悪魔のように笑うラプトクィリにハンナは悪態をつく。
「くそっ!
嵌めたんやな!?」
「何を言ってるのにゃ?
嵌めてないのにゃ。
ボクは本当にハンナを知っていた。
それだけの事なのにゃ」
ハンナはラプトクィリを押さえつけつつ、“ギャランティ”の切り離しを一時中断し監視カメラの方へ注力する。彼女はもはやなりふり構っている場合では無くなっていた。自動迎撃にしているセキュリティシステムを無効化し、バトルサイバネを使用して直接大鎌を持っている獣人を叩かねばならないのだから。
「一応言っておくにゃけど、そいつはマジで強いのにゃ。
せいぜい頑張るといいのにゃ」
「過去から今に至る戦闘技術の全てをこの義体にはインストールしてあるんや。
あんな小娘が一匹来たところで一体何が出来るっていうのさ!」
ハンナはそういうと演算能力の一割をラプトクィリ拘束に割き、自動化すると共に目を逸らし戦闘に集中するため視点をネットワーク空間からバトルサイバネへと移した。
-電子猫は電子親友の夢を見るか?- Part 9 End




