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-電子猫は電子親友の夢を見るか?- Part 7

 ハンナから何を言われたのか、ラプトクィリは理解できなかった。


「は、ハンナ…?」


 優しいたった一人の親友の言葉の刃は既に精神が不安定なラプトクィリに対して有効に機能した。具体的にはラプトクィリが自分自身を守るために常時併走させていた自己防衛プログラムを停止させるのには十分な力を持っていた。

 

「隙あり、やね?」


 突然施設の天井と壁が粘土細工のように形を変える。まるで牢屋のように格子状となった天井はハンナによって材質を一瞬にして鋼鉄に変えられ、耐久値が再設定される。床はラプトクィリが穴を掘ったり、爆弾で破壊したり出来ないようこちらも材質を鋼鉄に変えられ、耐久値もほぼ無限に近い設定が施される。 

 ラプトクィリはなんとかして形成を邪魔しようとしたのだが彼女の技術を持ってしてもハンナの演算速度には全く敵わなかった。


「何なのにゃこの演算速度!?」


あれよあれよと言う間にラプトクィリは牢屋の中に閉じ込められてしまった。


「一体何をするのにゃ!!」


 鉄格子を掴みながらラプトクィリは部屋を破壊しようと腕に力を込めたり、爆弾を作り出したりしようとする。しかし、格子はハンナからすでにプロテクトが掛けられていてビクともしない上に、部屋内部へのオブジェクト形成は管理者によって封じられてしまっていた。最後の手段として身体を変形させて逃げようとしたが、これもハンナによって既に対策されてしまっている。


「何って閉じ込めてんやで?

 見てわかるやん?

 そうでもせんと逃げるじゃん」


「そういう事言ってるんじゃねーのにゃ!

 ボクを揶揄ってるのにゃ!?」


 ラプトクィリは肉体へ意識を戻さなければならないのだが、これがまた難しい。もし現実世界で強制的にプラグを抜いた場合、意識はネット空間から抜け出すことが出来なくなり、現実の肉体はただの抜け殻となってしまう。ネット空間にある意識側から行動して、肉体に戻らないといけないのだ。これがこの世界の“ルール”だ。ハンナは牢屋の中で何とかして逃げようと藻掻いているラプトクィリを見てニコニコと微笑む。


「一体何が狙いなのにゃ!?

 ボクの教え子を殺し、更に狙ったかのようにボク達のターゲットまで殺しやがってからに!

 ボクへの当てつけのつもりかにゃ!?」


ハンナはニコニコしたまま、頬に指を当ててとぼけて見せる。


「何のことか分からへんなぁ…」


 そんな何気ない挙動の一つ一つがラプトクィリの記憶にあるハンナと全く同じで、そうであればあるほど先ほどの心を抉るような一言はハンナらしくないとラプトクィリは考える。ハンナは絶対にネガティブなことを言わなかった。


「分かって惚けてるのかにゃ!?

 ハンナは企業の所有物を破壊したのにゃ!

 すぐに“ギャランティ”から賠償請求が来て、それに応じなかったら大企業は持っている戦力全てを持ってしてお前を消しにかかるのにゃ!」


「ふーん。

 望むところやけどなぁ。

 ウチの侵入をあんなに簡単に許した企業にそれだけの力があるとは思えんけど」


穏やかじゃない言葉を吐き捨てた彼女の姿にラプトクィリは声を少し詰まらせながら思わず聞いていた。


「お、お前…。

 お前は、本当にハンナなのかにゃ…?」


「んーん?

 そうやなぁ…。

 その答えはウチの定義をどこに置くかやなぁ?」


ずっと笑みを崩さないハンナに対しラプトクィリは次第に恐怖を感じ始める。


「ボクを落ちこぼれなんてハンナは言わないのにゃ!」


「なんやそこに怒ってたん?

 冗談やんか、冗談~!」


「じゃあこれも冗談かにゃ?

 ボクを牢屋から出せにゃ!」


格子を掴んで前後に揺するラプトクィリ。しかしハンナは首を横に振る。


「なんでにゃ!

 もうやってることが支離滅裂なのにゃ!」


「なぁ。

 今からな、大事な話をするから聞いて欲しいの。

 だからそこに閉じ込めたの」


「大事な話…?」


頭の上に?を浮かべているラプトクィリにハンナは顔を近づける。


「せや。

 大事な、大事な話」


「………何にゃ」


「あんな、ラプト。

 ウチと一緒になれへん?」


「……何を言ってるのにゃ」


「一緒にあんたの身体を使おうや。

 そしたらな…。

 あんたがあの時、ウチを見捨てたの許してあげるで?」


 格子の隙間から見えるハンナの表情は昔と変わらない屈託のない笑顔だったが、奥底に渦巻いていたのはラプトクィリに対する強い執着だった。ぞっとするような親友の感情を真正面から受け止めたラプトクィリは体力を温存するために壁に背を預けて座る。何とかしてここから出ないと事態はどんどん取り返しのつかない方へと転がっていくことは簡単に予想できた。


「何言ってるのにゃ!?

 ボクの体を使うだなんて馬鹿げているのにゃ!

 そもそもボクの体にどうやってお前が入るつもりなのにゃ!?」


ハンナはその言葉を待ってましたとばかりに手を叩いて受け入れた。


「せやんなぁ〜?

 みんなそう考えてるやんな?」


邪悪な笑みを浮かべる親友に対してラプトクィリは、次々と出来ない理由を言葉にして投げつけていく。


「そんな事当たり前なのにゃ!

 もし、他人の身体を他人が奪い取れるような世の中になってみろにゃ!

 世界中は大混乱に陥るのにゃ!」


「でもなぁ、考えてみ?」


「考えるも何も無いのにゃ!! 

 “そういう風に出来ている”のがこの空間なのにゃ!」


 ハンナは噛みついてくるラプトクィリに対して人差し指を立てて見せる。無邪気ながらも瞳の奥に冷たい真っ黒な深淵を閉じ込めたようなハンナの表情は、まるで蛇に睨まれた蛙のようにラプトクィリを黙らせた。


「ねえ、ラプト。

 “他人の身体を乗っ取る事が出来ない”ってのは誰が決めたん?」


「そんな事当たり前なのにゃ!!

 この世界の“決まり”みたいなものなのにゃ!」


「“決まり”…ね。

 でもそんなんさ、“魂”と“肉体”の繋がりを見つけてしまえばこっちのもんやって思えへん?


その言葉を聞いたラプトクィリは笑いだす。


「“魂”と“肉体”?

 にゃははは!

 ハンナ、とうとう頭がおかしくなったのにゃ!?

 長年の孤独が導き出した答えはそんなチンケなものなのかにゃ!?

 もっと科学的に考えろにゃ!」


 ラプトクィリはリアリストだ。この世界に人間や獣人を本当の苦しみから救ってくれるような神も仏も存在していない事は毎日大企業に安くこき使われ、ボロ雑巾のように路上で死んでいく何百人もの人間や何百匹の獣人が証明している。

 ラプトクィリはこうも考えている。肉体は遺伝子という設計図に従っただけの所詮タンパク質の規則的な配置から形成されている存在だ。魂はその肉体の――脳の細胞配列によって他者と違う回路で神経を走る電気信号である。結論から言うと魂なんてものは存在せず、ただの電気信号を人間が都合がいいように定義しているだけだ。故に肉体も精神も存在していない。バカバカしい、とケラケラと笑うラプトクィリを見ながらハンナは一つの問いを彼女へと投げつける。


「じゃあなんでウチはこうしてあんたの前に立っているん?

 ウチにはもう肉体は無いねんで?」




                -電子猫は電子親友の夢を見るか?- Part 7 End

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