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-電子猫は電子親友の夢を見るか?- Part 4

「ハンナ?

 誰じゃそれ。

 知らん名じゃなぁ。

 なんか有名なクラッカーだったりするんかの?」


 マトイは棚の上に置いてある合成着色みかんを手に取ると公害から身を守るために固く、分厚く成長した皮をせっせと剥き始める。ラプトクィリは柑橘系独特のキツイ匂いが苦手なので、少し距離をとって熱々のコーヒーをもう一度飲もうと顔をコップに近づけた。


「コーヒー熱いにゃ。

 うーん、まあそりゃそうにゃ。

 そもそもハンナをじいさんが知ってたらビビるのにゃ」


 湯気がもうもうと立ち昇り続ける程熱いコーヒーを冷ます為、ラプトクィリはコップを机の上に置いて、「さっさと仕事の話をするにゃ」と言う様に椅子をぱんぱんと叩いて座るように促す。マトイは剥いたミカンを口に入れて噛み潰す。


「して、仕事の内容じゃが動画の解析?と言ったの?

 そんなんわざわざワシに頼らんでもお主ならすぐに出来るじゃろう?」


ラプトクィリは尻尾を左右に振りながらも何も言わずに椅子に腰かける。ラプトクィリが何か腹に一物抱えている事をこの老人は見事に看破していた。


「やれやれ…。

 久しぶりに顔を見せたかと思ったら面倒事を持ってきおってからに。

 お前さん、ワシに対しての扱いが雑過ぎやせんか?」


 マトイもラプトクィリの前にようやく座ると禿げている頭をポリポリと掻いた。そして面倒事はゴメンだという様に大容量記憶媒体をラプトクィリに突き返す。突き返された大容量記憶媒体を受け取ったラプトクィリは、それを机の上に置き直すと顎に手を当ててにまっと口角を上げる。


「まあまあ、じいさん、事を急ぎすぎるのは良くないにゃよ?

 面倒事なのは間違いないにゃけど、ちゃんと報酬はそれなりに用意しているのにゃ」


赤猫はそういうと端末に金額をさらさらと書いてマトイに見せる。マトイは八本の指で端末を受け取ると金額に目を通した。バイザーの顔が喜びを示す><の模様に変わる。


「こんなにこの老いぼれに払うというのか!?

 …けどのぉ。

 気持ちは嬉しいけどのぉ…かなりの面倒事なんじゃろ?」


まだ渋るマトイ。彼に対してラプトクィリは大容量記憶媒体を指の間に挟み、見せびらかしながら口を開く。


「もしじいさんが欲しいならもう少し色を付けてもいいにゃ。

 それにボクは知ってるにゃよ?」


「何をじゃ?」


「じいさんの夢にゃ。

 これだけあれば上層部で暮らす家族の元に、本当の体で正々堂々と帰れるにゃ」


「……はん。

 もうその夢は――」


「じいさんが諦めたっていうなら別にボクはいいにゃけど…。

 映像一つを解析してくれてその結果にボクが納得出来れば、上層部でつつましく生活を送れるぐらいの金額をじいさんは手に入れられるのにゃ。

 先に言っておくにゃけど、ボクにはまだツテがあるし、じいさんぐらい腕の立つ友人もいるにゃ。

 これはボクからじいさんへのボーナスなのにゃ。

 この仕事、やってもいいし断ってもどっちでもいいにゃけど、どうするにゃ?」


 ラプトクィリの顔や体が室内ライトの光りを反射して様々な色に艶めかしく浮かび上がる。マトイから見た彼女の姿は情けをかけてくれる天使のようにも見え、だがその表情は家族を後ろ盾にして滅亡へと導く悪魔のようにも見えた事だろう。猫獣人の尖った犬歯が少しだけ開いた唇の隙間からちらりと見える。天使の慈悲か悪魔の誘惑か、少しだけ考えたマトイだったが、上層部に住む家族に本当の肉体で会いたいという欲には敵わなかった。


「………どこまでも老いぼれを虐めるつもりじゃ」


「虐めるつもりなんてないのにゃ。 

 じいさんがやるのかやらないのか。

 その答えが聞きたいだけにゃ」


ラプトクィリは尻尾を左右にくねらせながら、大容量記憶媒体を指で摘まんでぷらぷらと揺らす。マトイはコーヒーを啜ると寄越せ、というように掌を上にして手を出した。


「ん?

 何なのにゃ」


「この仕事、やらせてもらうわい。

 ただし、報酬金は二割増しじゃ」


マトイはバイザーを上げると、その下にあるオレンジ色に光るイカリングが付いた機械の眼でラプトクィリの顔を見た。ラプトクィリは満足そうに頷くと端末を差し出してサインするように言う。


「いい答えだにゃ。

 じゃあ動画を渡すのにゃ。

 何か分かったらすぐに連絡してくるのにゃ。

 それとじいさんには死んでほしくないにゃから、ハンナについて教えるにゃ」


「死ぬとか死なないとか物騒じゃのう」




      ※   ※   ※




『♪紅い紅い真っすぐな瞳の奥底にある

 永久に消えない光を

 僕は君と共に探し続けていたかった♪』


 午後七時。大きくその身を膨らませた夕日は、どんなビルすらも真っ黒に染めてしまう程強い光量を放ちながらも次第に赤みを増してビルとビルの隙間を目掛けて傾いて行く。マトイの所でのんびりと仕事の話と世間話、晩御飯を御馳走になりながら、これから敵になるであろうハンナの説明をしたラプトクィリは、煤けて酷い音質のラジオを鳴らしながら下層部からアイリサ宅を目掛けて車を走らせていた。

 十二車線もある高速道路は既に帰宅を始めている社畜の車で溢れ、巡航速度が時速百二十キロの道にも関わらずみんな時速六十キロ程のスピードでだらだらと走っている。自動運転がほぼ全ての車に搭載されているにも関わらず人はなぜか自分の手で車を運転したいらしい。その結果がこのクラクションと怒号の鳴り響く酷い渋滞だ。


『♪君は若さゆえに

 簡単に変わる心を持っていた

 だから僕達は別れの挨拶と共に

 別々の道へと行くことを決めたんだ♪』


 摩天楼の隙間を潜り抜け、時折太陽の光が車内へと差し込んでくる。ラプトクィリは目を細め、サンバイザーを手動で広げ窓側へと動かした。右に見える巨大な“大野田重工本社ビル”の天守閣が高く高く聳え、屋根に設けられている巨大なヘリパッドと鯱の中に隠れている対空レーザービーム砲をとろりと目の端に入れ眠気を覚ますためにぐぐっと背筋を伸ばす。


「はぁ~…」


 陰気な音楽を垂れ流すラジオのチャンネルを切り替え、ラプトクィリはぼんやりと窓際に肘をつきながら太陽の光に目を細める。色々と頭の中で考えつつ、無言で二十分程引き続き高速道路を走らせる。太陽の姿が“大野田重工本社ビル”に隠れて見えなくなった頃、降りるように促してくる車載搭載ナビの無機質な声に従ってようやく高速道路の出口へと車体を滑り込ませた。本格的に混み始めそうな渋滞を前に、最寄りの出口に辿り着けた幸運に感謝しながら彼女はのんびりと車を走らせる。

 車をガレージに入れ、家に着いたラプトクィリはまだ誰も帰ってきていない真っ暗な玄関の鍵を開けた。あと一時間もすれば姉妹が帰ってきて、遅めの夕食の支度が始まる。あと二時間もすればアイリサが帰ってきて家のメンバー全員で晩御飯を食べる時間になる。


「……………」


 ラプトクィリは手に持っている端末を見る。当然ながらマトイからの連絡は無い。今のうちにやれるだけの事をやろうと考えた彼女は自室へと戻ると、ずっと被っているシルクハットを脱いで机の上に形が崩れないように置いた。


「メインシステム起動にゃ。

 スタンバイモード解除」


 ラプトクィリが大きめの声で呟くと窓のブラインドが自動で降りる。夕日の差し込んでいた部屋が暗くなると続いて壁が上下に開き、奥にある隔し部屋が露わになった。隠し部屋に照明と呼べるようなものは壁についている小さな電球しか無く、部屋はまだまだ薄暗い。電球の頼りない小さな光りを遮らないように二メートル近い高さのデスクトップパソコンの本体が置かれており、そこからワイヤレスでモニターが六枚横にずらりと並び、その真ん中に来るようにキーボードとマウスが机の上に乗っている。ぶん、とモニターにも電源が入ると部屋全体が冷たい青白い光で満たされた。忙しく動き始めたパソコンの隣にはフカフカのベッドが置かれている。


「そろそろ仕事するかにゃあ~…」


 ラプトクィリは上着を脱いで上半身下着だけになり、冷凍庫の中から凍らせた枕を取り出す。ネットへ“潜っている”間、脳が発熱する。その熱を効率よく放出するために氷枕を使うと共に、上半身の服を脱いで扇風機の風を浴びる。


「ひええ冷たいにゃ~…」


 彼女はフカフカのベッドの上に仰向けに横たわり、壁を這わせているコードを引っ張り出した。このコードはパソコンにダイレクトに繋がっている。氷枕を頭の下に敷き、機械になっている右の猫耳をとんとんと触ると端末を守っている蓋がぱかりと開いた。中には三つほど端子を差し込む口が開いている。


「さてと、行くかにゃ」


蓋の裏側の差し込み口にコードの先を差し込むと、ラプトクィリは目を瞑ってネットへ潜るために意識を集中した。




                -電子猫は電子親友の夢を見るか?- Part 4 End

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