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-電子猫は電子親友の夢を見るか?- Part 2

「ラプト~。

 私達、仕事に行ってくるっスからちゃんと忘れずにご飯食べるんスよ」


「うふふ。

 まるで親子みたいね。

 もちろん、逆だけど?」


 ラプトクィリは後頭部に大きな寝癖を残したまま欠伸をし、眠そうに眼を擦りながら階段をトントンと降りていく。すると陽天楼でウェイターの仕事をするためにツカサとハルサが丁度玄関から元気よく出ていこうとしている所にぱったり遭遇した。


「にゃ~…!

 毎日毎日、言われなくても分かってるのにゃ~!

 全くごちゃごちゃとうるさい姉妹にゃ!

 こう見えてボクはお前らよりもよっぽど年上で――」


ツカサが始まった、というように呆れた表情でラプトクィリの鼻を指で摘まむ。


「そもそも放っておいたら貴女、ご飯食べないじゃない?

 だから小うるさく言ってるのよ」


「んにゃ~!

 離すのにゃツカにゃん~!!」


「姉様の言う通りっスよ。

 ラプトが悪いんス」


「ハルにゃんまで乗っかるの止めろにゃ!」


「じゃあ行ってくるっス!」


ツカサは摘まんでいた指を放し、さっさと二匹は玄関から出ていく。


「にゃ!?

 待てにゃ!

 そもそもお前ら二匹ともボクに対してもう少し――」


 まだラプトクィリが喋っているというのにドアがぴしゃりと閉まり、彼女は振り上げた拳を下すタイミングを見失った。


「はぁー……」


そのまま彼女はとぼとぼと台所へ行く。台所には“一般的な大野田重工都市”の朝、昼飯が真空パックとラップにきっちり梱包されて置いてあった。


「にゃ~…。

 たまには焼きたてホカホカの合成パンにたっぷり代替バターを塗って新鮮なオーガニックコーヒーを飲みたいものだにゃ~…。

 この街、パンはあるにゃけどコーヒーが無いのが致命傷過ぎるのにゃ~…。

 なんでこっちの人間はコーヒーを飲まないのかにゃ~…」


 ラプトクィリは自分が産まれ育った土地に思いを馳せ、ハルサが用意してくれた朝食のラップを捲るとちゃぶ台に座り、座布団の上に正座する。そして器用に箸で食材を口へと運ぶ。まだ作りたてだからか温かいリサイクル白米と、いい匂いのするバイオ鮭の切り身は彼女の口に入るとほろりと解ける。冷凍庫から氷を二つ取り出して器の中に入れ、コンロの上に置いてある鍋から味噌汁を器に注いだ所でもう一人の住人が静々と死にそうな顔をして台所へと入ってきた。


「…………」


「おはようにゃ…うわ。

 かなり酷い顔色にゃけど、大丈夫かにゃ?」


「……なんとかね」


今、台所へと入ってきたのは家主のアイリサだ。彼女は冷蔵庫から冷えているリンゴ酢を取り出し、コップに少量注ぎぐと水道水で割って一気に飲み干す。


「ぶはぁ~…!!

 沁みる~~!!

 やっぱり朝はこれよねぇ~…」


その姿を横目に見ながらラプトクィリは氷を入れたおかげで温くなった味噌汁をずるずると啜りながら漬物を齧る。


「そんな酸が強い物ばかり飲んでたらお腹壊すのにゃ」


「お通じの為には少し壊したぐらいが丁度いいのよ」


「理論に納得はいかんのにゃ」


アイリサは机の上に用意されているツカサとハルサが作った朝食を眺めるとラップを解き味噌汁を用意して食卓に座る。手を合わせ「頂きます」をした後に彼女もすぐに食べ始めた。


「ん、おいひい。

 あの子達、料理の腕が更に上がったかしら?

 もはや私よりもおいしくお魚焼くようになったのね。

 というよりは、マキミの仕込みが良かったのかしら?」


「にゃははは。

 まさかあのじゃじゃ馬ツカにゃんが人の為に朝ごはんを作る淑女になるにゃんてにゃ~。

 こうなるとハルにゃんもそうなる可能性が高いかにゃ?」


「ハルサは無理でしょ~…ああでもどうかしら。

 ああ見えて案外一途って話よね?」


アイリサも漬物を齧り、ラプトクィリに目配せをする。ラプトクィリはどうだか、というように肩をすくめると軽く笑って鮭の切り身を白飯に乗っけた。


「前提としてあの子に恋愛感情を持たせるための遺伝子設計がしてあるのかどうかじゃないかにゃ?

 戦闘用獣人としてかなり作りこまれている最高品質なのは事実にゃけど。

 “そっちの方”は残念ながらそう上手とは思えないにゃ」


「まー、それはそうか。

 あの子達が主人に対して強い愛着を持つように作られているのは間違いないんだけどね。

 逆にそれが枷にもなってる所もあるもんね。

 愛されたいと願うのは簡単だけど創作物から愛されようとするのは創作者のエゴかしらね?」


 アイリサは味噌汁をすぐに飲み干してしまうとすっくと立ち上がり、新しくもう一杯注ぐ。同時に「いる?」という様にラプトクィリを見てきたがラプトクィリは軽く手を振っていらないと伝えた。


「まぁ、成り立ちからしてそれも当然かにゃ。

 愛玩動物としては百点満点ってことにゃ」


「はぁ~…。

 かなりキッツい言い方よ、それ。

 世の中の獣人の二割はそれなのよ?」


ラプトクィリはふん、と鼻を鳴らす。


「紛れもない事実にゃ。

 ツカにゃんもハルにゃんも“そういう奴”が“そういう注文”を出して作られたのにゃ。

 幸か不幸か戦闘用獣人としての力があったからここまで生きてこれただけなのにゃ。

 そんな事より…例の男から何か新しい情報は聞けたのにゃ?」


アイリサは大きくため息をつくと、ちゃぶ台の上に肘をついた。


「それがね…」


「?

 どうしたのにゃ?

 全部聞きたいことは聞き出せたのじゃないのにゃ?」


ラプトクィリの問いかけにアイリサは静かになると沈黙する。白米の残りを食べようと箸を進めているラプトクィリだったが流石に何かを察して箸と茶碗をちゃぶ台の上に置き直す。


「…またなんかあったのにゃ?」


「ええ。

 彼は死んだのよ。

 脳を焼かれてね」


ラプトクィリは固まって手に持っていた箸を落とした。


「にゃ??

 ちょっと待つにゃ。

 展開が早すぎるのにゃ、どういうことにゃ?」


「今から話すわ。

 どうせこの仕事は貴女に任せようと思ってたし」


「仕事にゃ…?」


 アイリサはぼさぼさになった髪の毛をヘアゴムで簡単に結うとラプトクィリの横に移動する。そしてポケットからチップの入った箱を取り出し、端末で読み込むように言う。ラプトクィリは怪訝な表情を浮かべつつアイリサの言う通りにチップを端末に差し込むと一本の動画が再生され始める。金属の壁で出来た部屋の中に、動けないようしっかり拘束された一人の男の姿が映っている。男はかなり怯えている様子であちこちを不安げに見渡している。


「ここは?」


「“ギャランティ”の尋問室よ。

 ここに彼を運ばせたの」


「…なんでもう既に爆発すること前提なのにゃ?」


「前例がこう何度もあっちゃあね…。

 そして今回はこの万全の体制が功を制したのよ」


 ドンタは画面の中のアイリサの姿を見ると緊張が解れたのか、忙しなく動くのを止める。それからしばらく会社を辞めてからどうしていたのか、家族は元気なのかと言った日常的な会話がのらりくらりと続く。ドンタもアイリサの事を懐かしく思っているようで元気にやっていて安心したと言った謝辞から始まり、ただのくだらない世間話が二十分程行われた後、やっとアイリサが例の日の夜について聞き込みを始める。男は順調に簡単な質問から答えていくが、どうして皆勤賞だった彼が測ったかのようにその日だけ休んだのか理由を尋ねられると言葉を濁し始める。


「ほら、見て」


「にゃ?」


言葉を濁していたドンタだったが次第にその言動は非自然な物となっていく。そしてドンタは手足を震わせ始めると椅子から転げ落ちた。心配そうに駆け寄るアイリサだったがそれを警備員が止める。すぐにドンタの頭から煙が昇り始め彼はピクリとも動かなくなった。


「見たにゃけど?」


「どう思う?」


アイリサは真剣な眼差しだ。ラプトクィリはすっかり冷めてしまった味噌汁を全部飲むと残っている白飯を箸で集めて寄せる。


「どう思うも典型的に何も脳が焼き切れた時の症状にゃ。

 ネットワーク上からの情報エネルギーに脳細胞が耐え切れなかっただけなのにゃ」


「それは分かってるわ。

 この時、ドンタの脳にアクセスした奴がいるの」


「にゃ?

 そんな痕跡を残す奴は三流にゃ。

 一流は自分の痕跡と名前なんて残すわけないからにゃ」


「ええ。

 でも“ギャランティ”のネットワークセキュリティーを破ったそいつが三流とは思えないのよね。

 私が考えるにそいつはワザと自分の痕跡と名前を残していったのよ」


ラプトクィリはほう、と相槌を打つと手に取っている端末をちゃぶ台の上に置いた。


「それでボクの出番って訳かにゃ。

 侵入した奴の名前は?」


「んー聞き覚えは無いんだけどね。

 “ハンナ・デイライト”って読めるわね。

 貴女、知ってる?」




               -電子猫は電子親友の夢を見るか?- Part 2 End

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