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-断頭台の憂鬱- Part Final

「それがお前の行動原理か、カンダロ」


「!?」


「ひっ!?」


 突然眠っている人物しか居ないはずの脇から聞こえてきた低く、猛獣のような威圧感のある声にルフトジウムとカンダロは驚き、同時に声の主を見る。


「た、隊長!?

 お、起きてたん…ですね…!?」


カンダロの声は小刻みに震え、明らかにダイの事を恐れていた。


「ずいぶん前からな。

 お前が自分の母親をバカな女呼ばわりしていた時からしっかり聞かせてもらったぜ。

 俺は当然お前が被害者の身内だったなんて知らなかった。

 まぁ、養子に出されたって事だし身分証はヤタネカ家のものだったからうちの分かるはずもないか。

 こればっかりはうちの者を責めるわけにはいかないな」


 起き上がったダイは不機嫌そうに欠伸をして、小さくなっているカンダロの首根っこを掴む。カンダロはまるで借りてきた猫のように大人しく、まるで抵抗もしなかった。ダイは威圧感を前面に押し出して彼にゆっくりと尋ねる。


「それがお前の全てなんだな?」


 先ほどまで申し訳無さそうにしていたカンダロの表情が固まるのをルフトジウムは見逃さない。ルフトジウムは立ち上がるとカンダロの横に移動する。


「もう隠してることはないな?」


血が通っているはずなのに冷たいカンダロの頬を両手でやんわりと挟み込む。そしてじっとその透き通るような宝石の瞳でカンダロの瞳孔の奥底を覗き込んだ。


「え、えっと、あの…!

 ぼ、僕は…」


 彼の言葉はそこで止まる。ルフトジウムの両手の薬指と小指はカンダロの頸動脈の上に優しく乗っていて、ルフトジウムは敏感にカンダロの鼓動を感じる事が出来る。彼の鼓動はどんどん早くなり、触れている掌がしっとりと汗ばんでくる。


「無いんだな?」


ルフトジウムのがっちりとした筋肉質ながらも細い手首を彼はぐっと握り、力強く口を開く。


「隊長!

 ルフトジウムさん!

 全て本当です!

 僕は!!

 僕は、父が死んだ理由を突き詰めたい!

 復讐、敵討ち、そして死んだ理由を知りたい!

 これが全てです!!」


彼の言葉が本当だとようやく確信したルフトジウムはカンダロの頬から手を放し、自分の席に戻ると背中を壁に預ける。ダイはほう、と小さく息を吐くとカンダロの頭を軽く叩く。カンダロは『何故自分が叩かれたのか理解できない』という様にダイに眼差しを向ける。ダイはタブレットから麦酒を注文すると、胡坐をかいて座ると目を細めた。


「復讐とかガキが簡単に言うんじゃねえ。

 よくアニメや漫画で復讐は何も産まないって言うだろうが。

 お前の死んだ父親がそれを望んでいると思ってるのか?

 よく考えろ」


カンダロはむっとして言い返す。


「隊長。

 お言葉ですが、何も産まないのは僕は重々承知です!

 ただ、復讐すると僕がスッキリします!!」


ダイは目をまん丸にしてカンダロの表情を見る。そして顔をくしゃくしゃにして笑い始めた。


「お前がスッキリする……!?

 ガハハハ!!!

 言うじゃねえか!!」


ルフトジウムはダイの背中を強めに叩くと


「こいつにあんまり理想論を語るなよおっさん。

 理想なんてこの街じゃ犬のクソにも劣る価値しか無いんだからよ。

 なあ、カンダロ。

 とりあえず俺は理解した。

 お前がやってきたこととこれからやりたいことをな」


「!!

 あ、ありがとうございます。

 じゃあ今まで通り助けてくれるんですか…?」


カンダロは嬉しそうに身を乗り出してルフトジウムの手を握る。彼の積極的な態度に戸惑いながらもルフトジウムは頭の中に浮かんだ言葉を紡ぐ。


「俺は獣人だから父がどうとかよく分からん。

 けど、まあ、お前がそこまで言うなら付き合ってやってもいいかなって思うぜ」


「俺は謹慎処分を与えられている今動けん。

 ルフトジウム、逐次状況は報告するように」


「分かってるよおっさん」


ガラリ、と扉が開くとツカサがダイの注文した酒を持ってきた。


「お待たせしました~!

 麦酒、大ジャッキです。

 あら、隊長さん起きたのね?」


「おう。

 初めてきたがすげえ居心地のいい店だぜ。

 次は沢山部下を連れてくるぜ」


「うふふ。

 ありがとうございます。

 お待ちしておりますわ」


「おい、お前らそろそろサイントを起こしてくれ。

 これ飲んだら帰るぞ」




  ※  ※  ※




「あー…クソ、眠い!

 後一日ぐらい休みくれてもよかっただろこれ〜!」


 カーテンをしていても光が貫通する程強い雷と、腹の底を震わせるような雷鳴で朝の五時に叩き起こされたルフトジウムはもう一度眠るなんて器用なこと出来ず、いつもより早く出勤していた。ルフトジウムが会社に着いたタイミングで真っ黒に汚染された雨がまるでバケツをひっくり返したように降り始めた。彼女は窓から色取り取りの和傘を差した沢山の人が歩いているのを眺めながらぼんやりと缶緑茶を飲んでいた。

 始業まであと一時間もあり、緊急用オペレーター以外は出勤していないオフィスはガラリとしていて、雨の日の朝のしっとりとした空気に支配されていた。ルフトジウムは飲み終えた缶緑茶をゴミ箱に放り込むともう一眠りしようと考え、ソファーに寝っ転がってアイマスクを付けた。そんな時、F部隊の部屋と廊下を繋ぐ重い防弾扉がエアで開く音が聞こえると、初めて聞く少し重めの足音も響いてきた。


「なんだこの狭いオフィスは……。

 この僕がどうしてもこんな所に来ないといけないんだ……」


初めて聞く声はまだ若く、男の声だった。彼はルフトジウムがソファーで眠っているのに気が付いていないのかブツブツとそれなりの声量で喋り続けている。


「うっ、獣人臭い。

 後で消臭班に掃除させなければ。

 まさか私の部屋も!?

 ……うっ、こっちも綺麗にしないと。

 ああ、蕁麻疹が出てきそうだ……。

 痒い、痒い…」


 ルフトジウムはアイマスクを少しだけ上に上げて声の主を見た。鞄から消臭剤の入ったスプレーを取り出し、部屋中に撒き散らしながら歩いている男は中肉中背だ。腰までありそうな程長い髪の毛を頭のてっぺんでシルバーを使って留めている。まるで採れたてのとうもろこしのようだ。彼は色白で青い顔色をしていて似合わぬ銀色の細いメタルの眼鏡をかけている。彼の事をルフトジウムは裁判所で見たことがあった。


「ん?

 なんだ、匂いの元がここにいたのか。

 通りで強く匂うわけだ。」


男はルフトジウムに気が付くとツカツカと近づいて来て、顔に思いっきりスプレーを吹きかけて来た。


「うわっぷ!?

 てめぇ、何しやがる!!!」


「起きろ、獣人め。

 新しい主人が来たら挨拶するのが筋ってものだろうが?」


彼の予想外の行動にアイマスクを投げ捨てて起き上がったルフトジウムの目の前に、男は身分証を突き付ける。身分証に記された身分はF部隊の隊長だ。


「タカタホ・カナシタだ。

 使い物にならないダイ君の代わりに私が来た。

 私が今から君たちの上司だ。

 命令には従え。

 “AGSの断頭台”、仲良くしようじゃあないか」


にやりと笑って握手を求めてくる彼の表情は、まさに悪人顔という表現にぴったりだった。





                -断頭台の憂鬱- Part Final End

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