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-断頭台の憂鬱- Part 24

「お前…」


表情を崩さないまま、急に饒舌に彼は喋り始めた。いつものナヨナヨとした態度から一変したカンダロの姿にルフトジウムは嫌悪と困惑がぐちゃぐちゃに入り混じった目を向ける。


「ここまで深く読まれているとは思ってもいませんでした。

 僕もまだまだ甘いという事でしょうか。

 ただルフトジウムさんが鋭いだけですか?

 いずれにせよ、恐れ入りましたよ」


 今までのカンダロはどこへやら。ちゃんと正座して座っているというのにどこからか太々しさが滲みだしているような気がする彼の声にルフトジウムの耳がピクリと動く。食べ終わった皿を奥へと押しやり、ルフトジウムは腕を組んだ。


「それで、何が言いたいんだよ?

 薄っぺらい誉め言葉なんて今の俺にはなんの意味も成さないぞ」


そんな態度を取られて短期の山羊が滑稽だと思うはずも無く、チリチリと肉体を燃やしていくような灰色の焦慮が彼女の内側に溜まっていく。


「ああ、すいません。

 貴女はどこまでも真っすぐな獣人でした。

 まず何から話したら信じてもらえるでしょうか…」


 グオーッ、とまるで熊の威嚇のようないびきがダイから発せられ、神経を張り詰めていたカンダロとルフトジウムは同時に彼の方を見る。まるで俺も聞いているからな、という主張のようにも聞こえたダイのいびきはカンダロの襟を正させるのに一役買った。彼は大きく息を吸い、吐く。自分の顔を両手で叩いて気合を入れ、口をぎゅっと横一文字に結んだ後、彼はトボトボと話し始める。


「…ルフトジウムさん。

 今から僕が言うことは、仏に誓って全て真実です。

 僕は貴女に嘘は付かない」


 薄い紅茶の入った安いガラスグラスのようなブラウンのカンダロの瞳と、ルフトジウムの真っ白なキャンバスに砕いた翡翠とターコイズを混ぜ合わせ、絵具としてサラリと筆で撫でたような瞳が一直線に結ばれる。


「ああ、そうかよ。

 これから先も真摯に俺達とは向き合って欲しいもんだな」


 目を細めて合わせられた目線をワザと山羊は外し、組んでいた腕をほどくと近くにあった座布団を無意識に強く抱きしめて顎を埋める。突然の男らしいルフトジウムの女の子のような仕草に、カンダロは一瞬注意をそっちに持って行かれたが、軽く首を振って邪念を取り払って少し声量を上げて切り出した。


「僕が貴女の信頼を全て失ってしまっているのは理解しました。

 でも、どうか聞いて欲しいんです。

 僕がどうしても事件を追いかけたい理由はただ一つです。

 僕は、死んだ“研究室長”の――父の死の真相を突き止めたいだけなんです」


二人の間の空気の温度が氷点下にまで下がる。予期もせぬ答えだったが、ルフトジウムは揶揄われたと感じ取ったのか声を荒げて抱きしめていた座布団をカンダロに投げつける勢いで詰め寄った。


「はぁ!?

 つくならもっとまともな嘘をつけよてめぇ!」


「ほ、本当です!

 本当なんです!!」


「重ねてふざけやがって!!

 お前、俺の事を舐めすぎじゃねえか!?

 この状況下でふざけるなんていい度胸してやがる!!!

 ダイも俺もサイントもお前の事を信じて――」


「嘘じゃない!!!!!!!」


ルフトジウムの大きな声を更に打ち消すぐらいの大声に山羊は怯んで黙る。カンダロは拳を強く握りしめ、ブルブルとその体は震えていた。


「……嘘じゃない。

 嘘じゃないんですよ、ルフトジウムさん」


「…………」


なんの言の葉も返さないルフトジウムの態度を肯定と受け取ったのか、カンダロはポツポツと続きを話し始める。


「僕の母は、最下層で働く夫婦の間にできた娘でした。

 名前はエリカと言います。

 彼女は馬鹿な女でした」


「…自分の母親に馬鹿と言えるんだな、お前も」


カンダロは寂しそうに頷く。


「はい。

 実際、馬鹿でしたから。

 彼女は死んだ“研究室長”のマキミ・トシナリと出会ったんです。

 どういう経緯で出会ったのかも教えてくれました」


「分かった、一応聞いてやる。

 だからいちいちこっちの反応を窺うな…」


 カンダロの母、エリカは“大野田重工本社都市”の最下層に産まれた。苗字は無い。最下層の最底辺に産まれ落ちた人間は獣人とさほど変わらない扱いをされていて、最下層の中でも力のある企業の“所持品”という扱いをされるのが普通だった。劣悪な環境で他の子供達が破砕機に挟まれたり、排水溝に飲み込まれたり、汚染された水や空気による病気によって命を散らしていく中、幸運にも彼女は大きな怪我や病気をすることなくスクスクと育っていて、気が付けば十六歳の女性に成長していた。

 彼女は特筆して美人というわけでもなく、何か特別な能力があるわけでも無かった。最下層のどの人間も胸の内に抱いている上層部の煌びやかな都市での暮らしや、太陽の光、そして汚染されていない水や、合成ながらも味のある食料に憧れる普通の女性だった。

 十七歳になった時、彼女は他の仕事仲間である五人と共に上層部へ商品を運搬する荷物に紛れ込み、最下層を脱出する作戦を決行した。もし、脱出したことが企業にバレれば直ちに鼻や目のいい戦闘用獣人達が武器を持って最下層へと連れ戻すために追いかけてくるような過酷な条件下だったが、何とか全員が無事に脱出に成功したようだ。最下層からの脱出者はかなり多いが、上層部で生活するには当然条件もある。苗字を持ち、身分証を持ち、企業へ税金を納め、どこに勤めているのか全てを開示する必要がある。

 まだ若い彼女がそんなこと知っているはずもなく、上層部へと脱出したエリカと仲間は身分証を手に入れるため奔走したが、飢えに苦しみ、薬に浸かり、危ない仕事に手を染めては命を散らしていった。数ある食品店のゴミ箱から食べ物を盗んではむさぼり食う彼女を拾ったのがマキミだった。


「んで、産まれたのがお前って訳ね」


「めっちゃ端折りますね」


「当たり前だろ。

 なんで一人の人間の人生を最後まで聞かないといけないんだよ」


あほらしい、という様にルフトジウムは欠伸を一つすると伸びをする。


「マキミって奴がお前の親父と。

 でもお前の母は捨てられたんだろ?」


「歯に衣を着せないですよね。

 でも間違いじゃないです。

 だから僕は馬鹿な女だって言ってるんですよ」


 ふーん、と興味なさそうに声を出すとルフトジウムはまだ少し残っていた烏龍茶のグラスを傾ける。入っていた氷が全て溶けてしばらく経った烏龍茶はすっかり薄く、温くなっていた。

 エリカを拾ったマキミは初めこそ哀れみで自分の身の回りの世話をする係に彼女を起用したのだが、彼女は地頭が良くかなり気が利いた。そんな彼女にマキミが惹かれるのにそう時間はかからなかっただろう。身分証が無い彼女との結婚は絶望的ではあったのだが彼と彼女の間にはすぐに子供が出来た。幸せの絶頂期だった三人だったが、そんな時マキミは彼女と子供を捨てた。

 稼ぎ頭の旦那を失った身分証すら持ち合わせていないエリカが一人で子供を育てるなど不可能だ。二歳にもなっていないカンダロはエリカの手元を離れ孤児院に入れられた。旦那であるマキミの苗字も与えられず、カンダロは孤児院から引き取ってくれた“AGS”の重役の苗字、ヤタネカを名乗り身分証を手に入れ今まで生きてきた。


「ただの屑野郎じゃねーか!」


「僕もそう思います。

 でも父は最高の父親だったらしいんですよ、母曰く」


カンダロは苦笑する。


「真面目に聞いて損したぜ。

 お前が思い入れする理由が全く分からんわ」


「母の存在です。

 僕が母と離れた時は話した通りすごく小さかったんですが、母の別れ際の一言だけはなぜかすごく覚えているんです。

 カンダロ、お父さんに会いなさい。。

 あの人はどん底だった私に幸せっていうのを教えてくれたから。

 貴方にもきっと幸せを教えてくれるはずよ、って」


「ふーん…?」


「完璧に屑人間なんですけど、母がそういうなら何か理由があるのだろうと考えました。

 だから会いたくて毎日毎日調べていたんです。

 いつしかその思いは憧れになって、尊敬に変わりました。

 母を捨てた男を尊敬するなんておかしい話なのは分かります。

 だからこれは完全に私情です。

 父の敵討ちがしたいんですよ。

 もう一つは…ただ父の墓に文句を言いたくて。

 僕は実の息子なのに墓の位置すら分からないんですから」


「それが理由か。

 会社全てを巻き込んでまでお前がしたかった事か」


「はい。

 僕は死んだ父が死ななければならなかった理由を知りたい。

 そしてあわよくば父の墓を蹴とばして文句が言いたい。

 だからここに居ます」




                -断頭台の憂鬱- Part 24 End

いつもありがとうございます。

引き続き、どうかよろしくお願いいたします。

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