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-断頭台の憂鬱- Part 23

「はひほまっへ…まふはね、ほふ?」


「知らん。

 そこは俺的には超どうでもいい」


「えへぇ…」


痛いのを我慢した表情のまま少しのけぞったカンダロの頬を摘まんでいた指を離し、ルフトジウムは胸の前で腕を組む。


「話は大きく変わるけど、今回の事件さ。

 結果論的に“お前が解決済みの事件を蒸し返したから起こった出来事”だと思うか?」


「……?

 どういう意味です?」


頭の上に綺麗にクエスションマークが浮かぶカンダロ。流石に話題が唐突すぎたか、とルフトジウムは少し反省しながらも席に戻るぞ、と手で合図を出す。


「続きは席に戻ってから話す。

 ここは少し静かすぎる。

 ダイとさっき話していて俺が思ったことがあるんだ」


やっとこさ席に戻った一人と一匹が見たのは、すっかり酔いが回ってサイントを枕にして眠るF部隊の隊長だった。サイントの鍛えられて引き締まったお腹の上にダイの大きな頭が乗っかり、眠っているサイントの表情はまるで悪夢を見ているかのように苦しそうだ。


「…呆れた。

 こいつら自分達の立場少しは分かってんのかな。

 警戒心とかねぇのかよ。

 つか、サイントはともかくF部隊の隊長までこんな無防備な恰好で寝るなよなぁ」


ルフトジウムは寝苦しそうに寝返りをうとうとするサイントを起こそうか悩みながらぼやく。


「困りましたね。

 起こしますか?」


「うーん…まぁ、十五分ぐらい寝かしてやろう。

 丸ごと一日寝てないようなもんだしな。

 もし店の迷惑になるなら叩き起こそうぜ」


ルフトジウムはカンダロに「何か食べるか?」と聞きながらタブレットに手を伸ばす。


「あ、じゃあ炒飯を。

 全部吐いちゃったので変にお腹が空いちゃって…。 

 それに炒飯は隊長が食べていてめっちゃ美味しそうでしたから」


「おー、いいね。

 半分こしようぜ」


「一つは多いと思ってたので丁度良かったです。

 そうしましょうか」


 炒飯を注文し、タブレットを元あった場所に戻し、向かい合わせで座る一人と一匹の間には唐突に妙な沈黙が訪れる。五分、十分とお互いが話し出すわけでもなくまるで喧嘩したばかりの恋人同士が作り出す何とも居心地の悪い薄氷のような沈黙は、料理を持ってきてくれたツカサによって割られた。


「お待たせしました~。

 ご注文の炒飯です~!

 あらあら、二人して寝ちゃってる。

 今回“AGS”の皆さんで相当飲んでたもんね」


うふふ、と笑いながらツカサは炒飯を机の上に置く。湯気を出している熱々の炒飯を受け取りながらカンダロが申し訳なさそうに尋ねる。


「ああ、すいません。

 ご迷惑ですか?」


ツカサはうふふ、と小さく笑い、首を振ると壁際にある日焼けした空調のパネルに触れる。


「そんなことはないわよぉ~。

 相当お疲れだったんでしょう?

 少し冷房緩めましょうか?」


「あ、お気遣いなく!

 大丈夫です!」


「そう?

 お二方共ごゆっくりしていってね。

 あ、時間も時間なんで掃除とかするけど、気にしないでゆっくり食べていいですからね~。

 あなた方は特別ですから!」


 いつもニコニコと機嫌がよさそうなツカサは壁際に設置してあった掃除ロボットの起動スイッチを押し、カチャカチャと金属音が鳴る厨房へと消えて行く。彼女の姿が見えなくなったのを確認したルフトジウムはようやく口を開いた。


「これで邪魔は入らないだろ。

 話の続きを始めよう。

 突拍子もない事を言う前に一つお前に聞いておきたい」


「はい」


「お前さ、“大鎌の獣人”の事どう思う?

 あ、炒飯熱いうちに好きなだけ食えよ」


「ありがとうございます、頂きます。

 どう思うも何も…。

 彼?彼女?は、僕達の敵ですよ。

 それ以上でもそれ以下でもない。

 また、なんでです?」


ルフトジウムはカンダロが取り終わり、残った炒飯を自分の方へと引き寄せると蓮華で掬ってまず一口食べる。パラパラとした絶妙な火と味加減。小さく刻まれた脂ののった自家製叉焼と新鮮でシャキシャキとした葱、ふっくらと卵でコーティングされた米達が作り出す味のハーモニーは正に絶品だった。ルフトジウムは口に手を当てて思わず目を見開いていた。


「炒飯うまっ…。

 これどうやって作ってんだろ…。

 ああ、悪ぃ、話を戻そう。

 俺達の敵なのは間違いないな。

 事あるごとにあいつと会うよな?」


「そうですね。

 可能性にして今の所三割ぐらいといった所でしょうか。

 まるで僕たちの行く先々にワザと存在しているようですよね」


「一回目は廃棄品列車の中。

 二回目は風俗街。

 三回目は“ロバートロボティクス”の街。

 四回目は列車上での排除命令。

 そして五回目が今回だよな」


 一つ一つ指を折りながら、ルフトジウムは“大鎌の獣人”と殺し合った回数を数える。この何か月かの間にいくつも解決に導いてきた事件を差し置いて、彼、または彼女と戦った記憶のみ鮮明に記憶として残っていた。


「五回もルフトジウムさんと戦って生き残ってる事実は特筆するに値しますよね。

 引き際を弁えているってことなんでしょうか?」


「だろうな。

 で、本題だ。

 今回の事件で半ば確信していたんだけどよ。

 お前ががずっと追いかけてる事件と“大鎌の獣人”の犯行動機…。

 この二つは関係してるってお前は俺の部屋に来て言ってたよな? 

 俺はここにもう一つの要因が絡んでいるんじゃないかって思ってる」


「…というと?」


「意味が分からないですよ」と反発されることを予想していたルフトジウムだったが、思いのほか興味津々にカンダロは食いついてくる。何度も何度も邪魔をされた“大鎌の獣人”の正体を掴むことが出来れば、事件の新たな真実が見えてくる事は間違いない。憎き対象を確保し、“大鎌の獣人”しか知らない情報を聞き出すことが出来ればカンダロの捜査も上手くことを運ぶことが出来るようになる。そうなればカンダロ班の活躍は“AGS”内で話題を呼び、下がってしまったダイやカンダロの評判をあげる事になるかもしれない。


「正直確信はないし、上手く説明できる気もしねえ。

 “大鎌の獣人”と“研究室長の死”の関係性にもう一つ足せると思う。

 いいか、一回しか言わないし言えないから聞き逃さないでくれよ」


「はい」


「俺は“研究室長の死”に“鋼鉄の天使級”が絡んでいると思ってる」


「へ…?

 それは流石に飛躍しすぎでは――」


「聞け。

 今回の事件では“ドロフスキー”が出てきたよな?

 “大野田重工”と正面切って戦争しようと思う企業なんてあそこぐらいしかいない。

 奪い取ることが性分のあいつらがこのタイミングで“大野田重工”に攻撃してくる理由ってなんだ?」


「――“鋼鉄の天使級”の技術…。

 そういう事ですね」


カンダロはなるほどなぁ…とぼやくと残った炒飯を全て腹に入れ、考え込む。


「改めて考えると僕達は必然的に“大鎌の獣人”と戦う事になっていたんですね。

 あちらからしたら僕達が入ってきた側でしょうけども」


「同じ事件を追いかけるってことは…俺達とあいつは同じ目的があるかもしれないしな?

 なら俺達は敵同士としてではなく、味方として手を取り合うことも出来るかもしれない。

 まあ、あいつが犯罪者である以上あり得ない話だけどな」


ルフトジウムはそう吐き捨てると少しだけ眉間に皺を寄せる。


「この三つが関係しているだなんて思いもしませんでしたよ。

 流石です、ルフトジウムさん」


「ただな。

 こうなってくると一つだけどうしても俺が気になることがある」


 山羊は炒飯を米粒一つ残さず平らげると蓮華を皿の上に置く。カラン、と乾いたガラスとガラスがぶつかる音が場の空気を一遍させたようにカンダロは感じた。先ほどまでへにゃりとしていたルフトジウムの声色が変わる。


「はい?」


「カンダロ、お前はどうしてそこまでしてこの事件を追いかけたいんだ?

 すでに“AGS”の中では終わっている事件だ。

 お前がキャリアを無駄にしてまで蒸し返す意味なんてない」


カンダロの行動原理。ルフトジウムは当然ながらずっと疑問に思っていた。こんなことをして彼にメリットがあるわけではない。


「それは――」


「待て。

 もう一つ。

 お前は俺の家に今回の案件を持ってきた時、“大鎌の獣人”の動機の話もしたよな。

 あの時既に“大鎌の獣人”と“研究室長の死”の関係性を理解していないと出来ない事だろ。

 違うか?」


「えーっと……」


「俺を焚きつける為だったんだろうが、少し言葉が多すぎたんじゃないか?

 今はダイもサイントも寝てる。

 話すなら今だぞ」


「………………」


カンダロは何も言わない。ルフトジウムは追及を緩めない。


「下手すれば仲間を殺し、“AGS”の経営すら傾ける所だったんだ。

 お前がそこまで固執する動機は何なんだ?

 もし話さないというなら今回の事は“上”に報告させてもらう。

 会社の利益を損なう行動をする飼い主が居るってな」 


変わらないカンダロの表情を見つめ続けるルフトジウム。厨房が鍋や皿を洗う音。空調のモーター音。ダイのいびき、サイントの寝苦しそうに小さく呻く声。全てが聞こえる空間でカンダロの表情が変わったかと思うと困ったように優しく笑っていた。


「……………。

 参りましたね…」




                -断頭台の憂鬱- Part 23 End

いつもありがとうございます!

また何卒宜しくお願いします。

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