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-断頭台の憂鬱- Part 22

「大丈夫かよ、水飲むか?」


「い、いえ、大丈夫です。

 えっと、これはあくまでも僕の仮説ですが…。

 “大野田重工”の領土拡大率の増加と“鋼鉄の天使級”は決して無関係ではないと僕は判断しています」


酔いが平衡感覚を狂わせているのかフラフラと左右に揺れながら、青い顔のカンダロは声量を少し抑え気味にして一人と一匹にだけ聞こえるように話し始める。


「ほう?

 一体なんでそんな事が分かるんだ?

 “大野田重工”の中枢部にいる訳でもないのに?」


「……すいません、隊長。

 情報元ですが言えない事情があって…目を瞑って頂けませんか?

 あまり触れないで頂いた方がお互いの身の為というかなんというか…」


カンダロは目線を泳がせる。


「お前さぁ…。

 また怪しい所からの情報じゃねえだろうなぁ?」


ダイは蓮華の先でカンダロを指し、じっと泳ぎ続ける彼の薄いブラウンの瞳を見据える。カンダロは蛇に睨まれた蛙のようにしゅんと大人しくなりながらも


「ち、違います!

 ちゃんと裏はあります。

 大丈夫ですから…」


手を小さく振って訂正する。しかし、ダイの目は依然として厳しいままだ。自分の部下の暴走を防ぐのも上司の役目と考えているダイならではの行動に、ルフトジウムはあほらしいと呆れたように鼻を鳴らす。


「はっ、どうだかなぁ。

 事実としてオオウナバラとかいう女からの情報に一つの企業が丸ごと惑わされたんだ。

 しかも俺達は出汁に使われ、重ねて多くの犠牲も出した。

 少なくともお前のその情報がどこから出ているのかぐらい知る権利、俺達にはあると思うぜ」


山羊は自分の星型のピアスを指でクルクルと回し、頬杖をつく。


「ルフトジウムさん…」


カンダロは目を伏せ、申し訳なさそうに口を閉じて俯く。


「あのなぁ、カンダロ。

 俺達は嘘か誠かわからない情報で惑わされる事が日常茶飯事だ。

 少しでも情報があれば、信じて動くのもこの都市の治安を任された企業として“アリ”っちゃ“アリ”なんだ」


いつもならダイは説教を垂れるルフトジウムには茶々を入れるのだが、今回は静かに酒を煽るだけだ。


「情報元が何処か分らない怪しい情報で動いて死んだ奴はごまんといる。

 今回だってサイントも下手すりゃ死んでた。

 “大鎌の獣人が気まぐれでアイツの命を取らなかっただけ”でこいつは今ここで飯を食って酒を飲み、横になって寝てる」


ルフトジウムはそう話しながら脳内に過去、自分とコンビを組んだ数多くの獣人を思い浮かべていた。頬杖をやめ、片手を机の上に置きながら彼女は少しだけ遠い目をする。

 

「別に俺は死ぬことが怖いわけじゃねぇぜ。

 “騙されて死ぬ”事が嫌なんだ。

 俺達は“会社の備品”だから、飼い主のお前が死ねと言ったら死ぬ。

 所属している戦闘用獣人全員が覚悟は出来ている」


「そ、そんな事僕は言いませ――!!」


慌てて弁明しようとするカンダロに山羊は指を立てて黙らせる。


「黙って聞け。

 …まあ、今回の件に関しては自己判断で乗った俺達の責任でもある。

 情報ってのは基本中の基本だ。

 お前が推論したり、妄想したりするのは別に構わん。

 俺に被害があるわけじゃねえ。

 だけど今回、この場でのお前の考えは全てが真実に基づいていなければならないんだよ。

 そういう場なんだ。

 分かるだろう?」


「ルフトジウムさ……う”っ!?」


カンダロは何か言いたそうに口を開いたが、急に気分が悪くなったらしく口を押え、座布団を慌てて並べ、迅速に横になろうとする。


「おいおいおい!

 お前、吐くならトイレに行けよ!?」


ダイが麦酒を喉に流し込みながら寝そうなカンダロの尻を足先で突く。


「あ”い”…」


「おいルフトジウム、連れて行ってやれ」


「あぁ~!?

 なんで俺が!?

 俺はこいつのママじゃねえんだぞ!?」


カンダロの表情から察するに、彼の決壊は近い。だが、肝心要のルフトジウムは動こうとしない。ダイは大きくため息をついて空になったジャッキをワザと鳴るように机の上に置き、バシッと言い放つ。


「お前の飼い主だろ」


ルフトジウムは負けじと反論しようと口を開きかけたが、横で嘔吐き始めたカンダロの様子を見て慌てて彼の手を引っ張る。


「あーもー!

 わーったよ!

 ほら!行くぞ!

 迷惑ばっかりかけやがって!」


「う”ぅ…」


幸運なことに店のトイレはガラガラだった。到着するや否やカンダロはトイレの個室へとスポーツ選手のように頭から突っ込んで行く。


「はぁー……」


 万が一、中で倒れて動けなくなられても困るのでルフトジウムは入口で腕を組んで背中を壁に預けてカンダロが出てくるまで待つことにした。トイレの入り口からは店内が一望できる。お昼時を過ぎた店内はいつの間にかだいぶ静かになっていて、ようやく休憩することが出来たツカサとハルサ姉妹が椅子の上で美味しそうに杏仁豆腐を食べている。

 この店の店主がハルサの頭を撫で、彼女の持つ透明な器の中に出来たばかりの白いアイスクリームを入れてあげている。店主に抱きつき、感謝の意を示しながら満面の笑みで姉と共に甘いものを食べている彼女の笑顔は正に天使と言っても相違なく、ルフトジウムの心を癒してくれる。


「かわいいなぁ…」


静かだからこそツカサとハルサ、そして店主が話している内容が耳に入ってくる。彼らは今夜の献立の話をしており、ハルサはどうやら肉じゃがが食べたいらしい。これほど静かすぎる環境、そのおかげでカンダロが便器に食べたものを吐き戻す音が良く聞こえる。


「あー…。

 こういう音聞いてると俺も貰いそうだ…」


ルフトジウムは貰うのを防ぐために少しトイレから離れ、木製の扉を閉めようとした。ルフトジウムが行ってしまう気配を察知したカンダロが胃酸で焼けた声でか細く訴えかけてくる。


「ま”、ま”って下さ…う”っ…」


「いや、待たねぇよ。

 俺はガキのお守じゃねえんだ。

 いい大人が獣人に世話なんてさせるかね、普通」


「い、今出ますから…」


水が流れる音と共に扉がバタン、と開く。少しだけ血色が良くなったように見えるカンダロが申し訳なさそうにそこに立っていた。


「……なんだよその顔は。

 汚いから先に口を濯げ」


フラフラと洗面台まで歩いたカンダロは口に水を含んで、吐き出す。それを何度か繰り返した後に顔を洗い、だいぶまともな表情になった彼はルフトジウムの前に立つ。


「ルフトジウムさん、改めてこういう事言うのもどうかと思うんですが…。

 今回の件、本当にすいませんでした」


頭を深々と下げる彼に対し、ルフトジウムは別に何かを言うわけでも無かった。彼女は腕を組み、それで?と言う様に少しだけ首をひねる。


「僕がもっと情報の真偽を確かめておけば…。

 そうすれば隊長がこのような状況に陥ることもなかったと思うんです。

 それに…」


「あのなぁ…」


頭を下げ続けるカンダロ。ルフトジウムは大きくため息をつくと、頭を上げるように言う。そして頭を上げたカンダロの頬を抓る。


「いい加減にしつこいぞ。

 何回も俺に同じ事を言わせるな。

 別に俺達はお前を責めてない。

 隊長もお前に責任を取って欲しいとか思ってない。

 …多分な」


「ふぁい……」


「お前は貫きたい信念があるんだろ。

 だったらここで立ち止まってる場合じゃないと俺は思うけどな」






                -断頭台の憂鬱- Part 22 End

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