-断頭台の憂鬱- Part 20
注文された料理が机の上にずらりと並ぶのにそんなに長い時間はかからなかった。二人と二匹は大量のごちそうを一時間もしないうちにぺろりと平らげ、すぐに席には二人と一匹の酔っ払いが出来上がった。苦しそうにお腹を押さえながらもまだ酒を飲み飯を食らうカンダロとサイントを横目に、ルフトジウムはチビチビと熱いお茶を飲んでいた。頼んだ大盛回鍋豆腐肉定食をあっという間に平らげ、野菜餃子一人前に獣人用の冷たい和酒を飲んだ体はアルコールと唐辛子で若干火照っている。
「サイントさんもっと飲んで飲んで」
「飲む。
注いで」
「飲みますねぇ~!!」
ぎゃいぎゃいと騒がしいカンダロとサイントの声を目を瞑って聞いているダイのわき腹をツンツンと突き、ルフトジウムはさっさと本題に入るように促した。
「それで?
あんたが大芝居をうってここに来た理由は?」
ダイは飲みかけの麦酒を机の上に置き、目を丸くしてルフトジウムの表情を見つめる。
「お、察しがいいな。
さすがルフトジウム」
ルフトジウムは呆れた、といった表情を浮かべ周囲を見渡す。
「何言ってんだ。
この建物の一番防音になっている場所にズカズカと上がりこんでいったのはカンダロとサイントだ。
あんたが事前に手を回してたんだろ?。
何か聞かれちゃまずいことを話したかったんじゃねぇのかよ?」
音の反響や、構造上不自然な場所等を見つけるためにあちらこちらに意識を配りながらルフトジウムはダイににじり寄る。
「ふふふ…。
流石俺が育てただけあるぜ」
「襖は閉めるか?」
「いや、逆に疑われるだろう。
このままでいい」
「右隣の客室に客は…男が二人、女が二人。
左隣の客室には…男が四人。
どちらも一般人のように見えるけど警戒しておくに越したことは無いかもな」
「一応手は打ってある。
これが通じるなら一般人だ」
ダイの声が終わるや否や隣の客席から聞こえる歓声と、笑い声が洪水のように湧き上がった。ツカサがダイの指示した通り左右の席に酒と料理を幾つか運んで行ったらしい。注文していない酒と料理が来たことに大はしゃぎの両隣の席の反応を聞いてダイは小さく頷く。
「両隣はクリア。
あとは指向性マイクを使われて聞かれる恐れだが…」
ダイはカンダロとサイントを指さす。
「店内が騒がしい上にカンダロとサイントがワザとらしくはしゃいでくれている。
この建物の構造上、壁を通り抜けて声が聞けるとは考えにくい。
店内に指向性マイクなんて持ち込んだらまず邪魔になるし、目立つ。
外から聞こうにもここの部屋の隣は居住区だ。
何より常に忙しい厨房が近い。
盗み聞きの心配は限りなく低いだろう」
ルフトジウムはふーん、と鼻を鳴らして感心すると更に一歩ダイに近づき、シャツに付いていた米粒を摘まんで捨ててやる。
「……流石だけど、こういうところは変わらねーな。
奥さんからもいつまでも手のかかる子供だって言われてんだろ?」
「がははは!
まぁ、多少なりともかわいい所が無いとな?」
「自分で言うのかよ」
「当たり前だ。
俺を誰だと思ってるんだ?
…まぁ、そんなことはどうでもいい。
話をしようじゃあないか。
今回の件について、カンダロとお前が知っている情報を全て話せ。
俺が上層部から聞いている情報と照らし合わせる」
ダイはジャッキに残っていた麦酒を一気に飲み干し、優しくルフトジウムの頭を撫でる。突然撫でられたルフトジウムは一瞬びっくりしたが、すぐに大きな手に安心したように耳を垂れる。
サラリとしたルフトジウムの髪の毛はまるで人形に付いているような、人工物のようにも思えるくすんだ白色で、最近は手入れをする時間が無いのか少し指が引っ掛かる。傍から見たらただ獣人と飼い主がじゃれついているようにしか見えない状況を演出した一人と一匹は声を潜めながら話し始める。
約十五分後、酔っぱらったカンダロを介抱していたサイントもすうすうと寝息を立てて座布団の上で丸くなって眠ってしまったタイミングでルフトジウムは何とか事の成り行きを話し終わった。
「…なるほどな。
そのオオウナバラって奴からのコンタクトはどうして直接お前らに?」
「ああ、その事なんだけど…」
「ちょっと待て」
カンダロは一回ルフトジウムに黙るよう言って、手に持った端末を弄る。するとルフトジウム達のいる部屋のBGMの音量が上がり、カンダロとサイントの代わりに騒音を垂れ流し始める。
「これでいいだろう。
それで?」
「カンダロが見ようとしたファイルに色々仕込んであってさ。
そのファイルを弄ったらなんか自動的にオオウナバラってやつに繋がったんだよ。
一体どういう手を使ったのかわからないけど俺達の顔もしっかりバレちまってさ」
ダイはふむ…と手を顎に当てて考える。
「あえてお前がぼかしていたのは分かるがあえて聞くぞ。
カンダロが見ようとしたファイルってのは何なんだ?」
「あー…やっぱり分かっちまう?
これ……言っていいのかな」
「いいも何も無いだろう。
俺達は今、こういう状況だ。
物事をちゃんと公平に見た上で判断しねぇとな。
そうだろ?」
ダイはやれやれと大きく鼻から息を吐いて皿の上に残っている冷めた餃子を一つ摘まんで口の中に入れる。
「冷めてもしっかり美味い。
お前らの言う通りここの料理は絶品だな。
こうなると麦酒の追加を頼みたくなってくるぜ…」
「飲みたきゃ飲めよ。
奥さんから怒られない範囲でな」
ダイがタブレットから麦酒を注文すると、すぐにハルサがニコニコと笑顔でジャッキを持って来る。ハルサの頭をぽんぽんと撫でて軽くお小遣いを渡すとルフトジウムとダイは話を続けた。
「それで?
カンダロが見ようとしていたファイルってのは?」
「かなり前の事件のファイルだよ。
ニュースにもなってた。
“大野田重工”の研究室長が死んだとかどうとか。
“大鎌の獣人”についても同時に追いかけることが出来るって言って俺の部屋にまで上がりこんできたんだぜこいつ」
ダイのジャッキを持つ手がピクリと動く。
「…“AGS”の扱った事件の中でもかなり機密が高い一件だぞ。
こいつまさかその事件に深入りしようとしてんのか?」
眠っているカンダロをダイは指差す。ルフトジウムが頷くと、ダイは「そうか」と小さく呟いて背中を壁に預ける。
「それで、オオウナバラって奴からの連絡は?」
「作戦が終わってからぱったり消えたよ。
まだ時間が無くて調べ切れていないんだが、恐らく通信の記録とかも全部残ってないんだろうなぁ。
本当にそんな人物が存在していたのかすら、もう俺達には分からん。
唯一残ったメールを開いてもサンレスキャットとかいう奴の名前が残っているだけだしな」
ルフトジウムも冷めた野菜餃子を一つ取ると口の中に入れる。
「なるほどな。
一回、状況を整理しよう。
カンダロが“AGS”の機密ファイルにアクセスしたらオオウナバラという不明人物から接触を受けた。
オオウナバラが指定した人物を捕獲するのが今回の任務で、なぜかこいつは“AGS”の上層部とも認識がある。
上層部がカンダロを指揮する場所に立たせたのはこれが原因か」
「俺が知ってるのはこれぐらいだなー…あ!」
ルフトジウムは自分が戦った戦車の事と兵士の装備を思い出す。
「ん?」
「恐らく…。
恐らくなんだけど“ドロフスキー”が一枚噛んでる」
「は?
“ドロフスキー”が?」
-断頭台の憂鬱- Part 20 End
いつもありがとうございます~!!
またよろしくお願いいたします。




