-断頭台の憂鬱- Part 18
『そうか。
経緯は分かった。
紆余曲折あったようだが、端的に言うなら失敗した。
そうだな?』
『ええ、そうです。
ですから、それについてはどんな処罰でも受ける所存と先程から何度も申し上げています』
ドア越しに聞こえてくる企業裁判所の声は防音処置がされているドアをすんなりと貫通してルフトジウムの鼓膜を揺らす。彼女は自らの耳を塞ぎたい衝動に駆られ、耳につけている青い星のピアスを弄ると天井を見上げた。横で頭に包帯を巻いたサイントは本当に自らの耳を畳んで塞ぎ、じっと俯いている。
ルフトジウムはサイントの横に座るとその肩を優しく抱き寄せ、「いつまで気にしてんだよ」と慰めの声をかけた。いつも困ったような眉をしているサイントはさらに困った顔をして、ダークブルーの瞳でじっとルフトジウムの目を見つめる。
「先輩…。
サイントが……サイントがもっとしっかりしていればダイ隊長も、先輩も役立たずの称号を得なくて済んだんです。
もっとしっかりしていれば……。
まさか敵が後ろから来てるなんて……」
彼女が悔しそうに握りしめる拳には爪が食い込み、じわりと血が滲んでいる。ルフトジウムはサイントの肩を抱いたまま
「別にお前のせいじゃねぇよ。
なるようになっただけの話だろう?」
そう言って黒い雨が降りしきる窓から外を見た。雷が鳴り響く悪天候の中、大昔の城を模した大野田重工本社ビルの摩天楼は中腹部から真っ黒な積乱雲に隠れるほどに高く、側面に大きく描かれたロゴが青く光り輝いている。
その周りに、特徴的な滑走路やレーダーを内蔵した小さな天守閣構造物やネオン鳥居、防空五重塔がまるで針山のように建てられている本社都市は今日も異様な空気に包まれていた。
『F部隊に合わせ補給班、医療班、回収班を動かしたんだぞ。
そこまでやらせておいた上でドンタに逃げられたなどよく言えるな?』
『それにつきましては事前に頂いたデータのミスです。
元々の図面と実際の――』
『ダイ君。
我々は君を高く買っていたのだよ。
多少なりの間違いは君ならば問題ないと思ったから任せたのだ。
その上であれほど失敗は許さないと念を押したのに……』
『ええ、分かっています』
イライラと呆れの入り混じったダイの声は二匹の精神を少しずつ削り取っていく。ルフトジウムはサイントの肩をさすり、力の入った拳に手を優しく重ねる。サイントはルフトジウムの手をゆっくりと震える手で握り「ごめんなさい」と蚊の鳴くような声で謝罪を絞り出した。
『そういう問題じゃあないんだよ。
今回の任務は特別な任務だったのだ。
弊社のランクをお上に見直してもらう絶好の機会だったのだよ?
競合する“マモリモノ社”の一歩先に行くための――』
『左様。
この事も君には説明したと思ったが?』
『今年の査定評価にもし響いたのなら損害賠償の話になるのだ。
都市警察の権限も取り上げられるかもしれない』
『リカバリー任務を新しく受注する必要がある。
その詳細に付いての話をしたいのだ』
『それが償いになるのなら喜んで受けます』
『ほう?
言うもんだな、ダイ君?』
ただの憂さ晴らしをこれ以上彼女達は聞いてはいられなかった。衝動的にルフトジウムは立ち上がり、親指で出口を指す。
「サイント、行くぞ」
「え!?
で、でも、先輩。
チームリーダーが中にいる間は所属獣人はここで待機しないといけないという決まりが……」
「そんなん知らん。
第一俺達がここにいて何になるんだよ」
ルフトジウムはそう言いながらサイントの手を引っ張る。しかしサイントは動かない。
『失礼を承知で申し上げます。
ダイ隊長はこの任務において指揮を取っていません。
指揮をとっていたのは私カンダロで――』
『いいや、私ですよ。
専務、常務、副社長殿。
全ての責任は私にあります。
カンダロは経験を積ませるために擬似的に私のチームに編入していただけです。
彼にはなんの権限も与えていません』
『隊長……!?』
『カンダロは関係ありません。
全ての責任は私に――』
『分かった分かった。
ダイ君にカンダロ君。
君たちの処分についてだが……』
動かないサイントと、出ていきたいルフトジウム。根負けしたのはルフトジウムだった。
「わーった、わっーったよ。
これ以上面倒事はゴメンなんだよな?」
「…………………」
やれやれと首を振りながら、山羊は椅子に座り直す。サイントはホッとしたような、なんとも言えない表情で先輩を眺めていたがすぐに伏せ目勝ちになり、耳を押さえる。
『ダイ君。
君はF部隊の指揮権を剥奪。
向こう二ヶ月の自宅待機を命ずる。
また、隊長権限の剥奪も同時に――』
『ちょ、ちょっと待ってください!
ダイ隊長はF部隊に必要な人材です!
どうか――!』
ルフトジウムも耳を押さえたかったが、無駄にいい獣人の耳は一言一句漏らさずに聞き取ってしまう。ダイの呆れて物言えぬような態度、カンダロの悲痛でなんとか状況を変えようともがく様、両者とも見えなくとも簡単に頭の中で絵が描ける。
『カンダロ君さっきからなんだね?
まるで自らの責任だと言いたいようじゃあないか。
実は“君も失敗に関係している”と認識を改める必要があるのかね?』
『そ、それは――』
一種言い淀むカンダロに言葉を重ねたのはダイだ。
『いい加減にしろ、カンダロ!
これ以上御三方を困らせるな!
…裁判長、処分謹んでお受けします。
寛大な処置に感謝します』
『隊長!』
『黙っていろ』
『不服はなさそうだな?
うむ。
では、本日は解散とする。
F部隊の新しい隊長は追ってこちらから指示を出させてもらう。
閉廷!』
カンカンと木の音が二度響いてしばらくするとドアが勢いよくと開き、真っ黒な和服に身を包んだ一人の企業裁判官が出てくる。彼の胸には銀色に光る天秤のマークが描かれたバッチが付いていて、さらにその上から“大野田重工”のマークが描かれている。
そのたった一人のご機嫌を取るように“AGS”のマークをつけた三人のスーツを着た男達が話しながら付いて行く。途中でその中の一人は企業裁判官のポケットに何かをサラリと突っ込み、企業裁判官もそれが当然とでも言うように受け入れる。ポケットに突っ込まれたのはロンダリングされた電子マネーだろう。
「腐ってんな」
「本当になんの為の裁判なんでしょう。
……体の良いリンチにしかサイントには見えないです。
ただのイジメですよ」
サイントは裁判が終わったことを悟ると顔をあげ、押さえていた耳を離した。長く折れ曲がっていた耳が、みよんと元に戻る。
「人間には建前とかが必要なんだとよ。
それを作るのがここらしい」
「そういうもんですかね?」
「そういうもんなんだよ」
ダイとカンダロが出てくるのを待つ二匹の獣人の前に一人の男が通りかかる。中肉中背のその男は長い髪の毛を頭のてっぺんでくくる奇妙な髪形をしていた。色白の顔に似合わぬ銀色の細い眼鏡をかけている。彼はルフトジウムとサイントに気が付き、汚物を見るような目線を向けたが、すぐに歩き出し角を曲がって見えなくなった。
「…なぁ、サイント。
今の男なんか見たことないか?」
「サイントは全く記憶に無いです。
ただなんか嫌な雰囲気の人でしたね。」
「…あれー?
なんかどっかで見た気がしたんだがなぁ」
腕を組んで首を傾げるルフトジウムの前にようやくお望みの二人組が現れた。
「おうおう、二匹してお出迎えか?
かわいい奴らだぜ」
ニコニコと笑うダイと、今にも泣きそうなカンダロの二人組はいつもと同じ仕事着でそこに立っていた。ルフトジウムとサイントの二匹はカンダロに左右からギュッとされたあと頭をしこたま撫でられる。
「んだよ。
やめろよ、おっさん!」
「…………サイントは撫でられても嬉しくありません」
「ガハハ!!
癖の強え二匹だ!!」
-断頭台の憂鬱- Part 18 End




