-断頭台の憂鬱- Part 17
一つ目のボールは的確に戦車の上に付いている照準器のカメラにその身を当てると、内部にたっぷりと詰まった火薬を爆発させた。一応照準器にも装甲が張られてるとは言え、可動部が多い関係上あまり厚くはない。一つ目のボールの爆発は装甲を凹ませ、カメラの強化ガラスを叩き割るには十分すぎる威力だった。
「ナイスシュート!」
先程まで連戦による疲労でフラフラしていたとは思えない身の熟しで着地したルフトジウムは、敵のダメージの具合を確認し、照準器はもう使い物にならないと判断する。引き続き、ルフトジウムは続いて落ちてきた二つ目のボールに強い衝撃を与えないようにキャッチすると大きく振りかぶり、銃弾を吐き出し続けている機関砲を目掛けて投げつけた。戦車に搭載された人工知能はその攻撃を避けようと動くが、当然無駄だ。ルフトジウムが投げつけた二個目のボールは機関砲に命中すると火薬を爆発させ、赤い火炎の塊にその身を変えた。熱と爆風に押し出された破片が機関砲の銃身を砕く。
「先制点ってとこか?
この場合サーブ権ってのは俺にあるんだっけな。
どうでもいいけどよ」
これで対人ミサイル、機関砲までもが沈黙した。もうほとんど死に体の戦車にとどめを刺すためにルフトジウムは脚を伝う様に車体の上をひた走る。敵の主砲と副砲がそんなルフトジウムを狙うために俯角を取るが、ほとんど根本に近い所にいる彼女を狙うには角度が足りない。
「いい加減往生せぇやァ!」
ルフトジウムは、機関砲部に突き刺さったままだったデバウアーの片割れを回収すると自分を追いかけてぐるぐると回る主砲の砲身の上に飛び乗った。デバウアーを合体させ、鋏に戻すと砲身の上を移動しながら切り落としていく。
まるで料理の途中でソーセージを切るように砲身がバラバラに分解され、切り落とされた砲身が車体に当たって跳ね返り、ガラガラとした金属音を立てる。もはやここまで来るといくらAIが迅速な判断力を持っているとはいえ、何もすることは出来なかった。
「おらぁあああああ!!」
トドメとばかりにルフトジウムはデバウアーをもう一度左右に分け両手で思いっきり深く戦車の脳天に突き刺す。戦車の分厚い装甲はデバウアーの持つ熱によって溶解し、まるでケーキのように簡単に鋏が突き刺さることを許した。そのまま彼女は左右のデバウアーを装甲に対して垂直になるように維持したまま走り出す。最後の抵抗のように副砲がルフトジウムを向き射撃しようとしたがもう遅い。ルフトジウムは副砲が射撃するよりも早く、砲塔上にあるカメラやキューポラ、各センサー等まるで関係なく切り裂いていく。十秒もしないうちに彼女は砲塔を三枚に卸したのだった。センサーという目を失った副砲はルフトジウムではなく空を向き、一発弾を発射する前に沈黙する。
「ふぅっ…」
ルフトジウムは動かなくなった砲塔の上で自分が切り裂いた部分を触らないようにして大きく息を吐き、背中を預けてぺたりと座り込んだ。車体から聞こえてくる戦車のエンジン音が徐々に小さくなり、完全に動かなくなった戦車に彼女は声をかける。
「こんな量、廃品回収業者でも回収しきれねえんじゃねえか?
ったく、参ったな。
手数料が逆にかかっちまうか?」
砲塔の切り裂かれた部分からブルーブラッドが川のように流れ出し、地面に大きな大きな青い水たまりを作っていく。汚れたくないルフトジウムはすぐに立ち上がって歩きながらポケットを探り、好物のアスパラを取り出して齧る。
「繋がるといいんだが…」
流石のルフトジウムも少し不安そうな顔をしてカンダロに通信を繋ぐ。その心配は無用だった。ルフトジウムが破壊した戦車の天井に着いていた丸い小さなドーム状の物体。通信が使えなくなった原因はそれが発していた妨害電波だからだ。
『ああああーーー!!!!!!
ルフトジウムさん!!!!!!!!!!』
「っるせぇ!!!!」
通信が繋がった瞬間、どことなく泣きそうなカンダロの大声が彼女の鼓膜を揺らした。イヤホンを耳から取り出し、少し距離を取りながらルフトジウムは怒鳴り返す。
『生きてたんですか!!!』
「生きてるよ!!!
でけえ声でしゃべるなぶん殴るぞ」
『それどころじゃないですよ!!!
通信が切れてからというものの十秒に一回ぐらいかけ直してたんですよ!!!!
一体どこにいるんですか!?
何度呼びかけても返事はしないですし、ベアトリスさんにGPSが指し示している場所に行ってもらったのに誰もいないし…!
本当に心配したんですよ…』
カンダロは小さく「よかった」と呟くと静かになった。ルフトジウムは嬉しいやら照れくさいやらで色々と文句を言ってやろうと思っていた気もすっかり失せ、頭を抱えた。
「あー……。
そっちもそういう感じになってんのかよ。
俺のいた状況と同じだな」
『へ?
そりゃまた一体どういう事です?』
何も理解できていないカンダロにゼロから説明するつもりは今のルフトジウムには無かった。
「……いいから、とりあえず俺を回収してくれ。
場所は…GPS見れば分かるだろ?
なんか変なミサイルサイロみたいな場所だ」
『だからGPSは…あれ?
さっきまで指示していた場所と違う…?
おお、ミサイルサイロみたいな場所があります!
ここにいるんですね!!
結構手前ですね。
すぐに回収班を送ります!』
山羊は息を整え、はぁ、と大きくため息をついて夜空を眺める。気が付けばしんと静かな夜の世界だけが広がっていて、遠くでなっていた銃声や爆発音は聞こえなくなっていた。
「早く来てくれ。
体力が限界だ。
それにボヤボヤしてたらもう一台襲い掛かってきそうだ。」
『もう一台…?
一体何と戦っていたんです?』
「説明するのもメンドーだ。
そんな事よりGPSがダメになっていたってのはマジなのか?」
あらかた零れ落ちたブルーブラッドを避けてルフトジウムは座ると状況の再分析を始める。
『そうです。
ルフトジウムさんがいる場所はこちらの画面ではドンタの部屋です。
ターゲットもまだ貴方の横にいます。
この位置情報が嘘だと確認できたのはベアトリスとジベトリスがこちらに戻ってきてからです』
それを聞いてルフトジウムは今になってどっと疲れが出てきたかのように体が重くなったのを感じた。長い間ベアトリスとジベトリスと一緒に行動していたというのに、そこすらカンダロにとっては知らない時間になっている。一体いつから通信が乗っ取られていたのやら今となっては見当が付かない。
「……やられたな。
なぁ、カンダロ、オオウナバラからの接触はないのか?」
『今のところはありません。
あ、そうだ!
ルフトジウムさん、ターゲットはどうしたんです?
それに“大鎌の獣人”はどこに?
あ、そうだ、サイントさん何ですけど――』
次々と投げつけられてくる会話にうんざりだ、と目を閉じた山羊はカンダロを通信機越しで怒鳴りつける。
「いいから早く迎えに来い!!
状況は合流した後で話すって言ってんだろ!」
『い、言ってないですよぉ…!』
「……ふん。
そうかよ」
-断頭台の憂鬱- Part 17 End




