-断頭台の憂鬱- Part 15
『そこを左です』
淡々とルフトジウムが行く先を教えてくるカンダロは、何処か思い詰めているのか口調がいつもより少ない。業務に集中している為かいつもの感情豊かな雑談は無く、そこに小さな違和感を覚えながらもルフトジウムは再び頬を拭う。まだ乾いていない血が付いた手袋を無造作に脱ぎ捨て、素手でデバウアーを握りしめ左に曲がる。
「この通路で合ってるんだよな?
しかし、なんでお前道が分かるんだよ?」
戦闘の影響で通路の電気は非常灯に切り替わっており、オレンジ色の何とも不気味な光が充満している。
『…………』
彼はルフトジウムの問いに答えない。
「もしかして俺達に黙って追跡班を動かしたのか?」
『……その通りです。
追跡班が“大鎌の獣人”を追いかけています』
ほー、とルフトジウムは思わず声を出していた。追跡班がいるなんてブリーフィングで隊長は説明していなかった。今現在追跡班が敵を追いかけているならカンダロが独自の判断で本部に追跡班の出撃を依頼したのだろう。何にせよ、カンダロはこの短期間で成長したものだと上から目線になりながらルフトジウムは感心する。
『次の通路を右です』
「ここを右だな!
うあっ!?」
ルフトジウムは右に曲がろうとしたが、蓄積していたダメージから脚がもつれて転びそうになる。二、三歩程よろめき壁に肩を押し付けて立ち止まると、はあはあと荒れる息を整える。連戦の疲労が彼女の体を蝕み、なんやかんや積み重なっていたダメージが彼女の体の動きを阻害していた。
『何しているんですか?
早く追いかけてください!』
「う、うるせぇ!
分かってるよ!」
息を整え、トクトクと脈打つ心臓を感じながらルフトジウムは体勢を整え、また走る。グリズリー姉妹は「壁に一か所穴がありそこから敵が逃げた」と言っていた。しかしカンダロが指し示す道の壁に穴が開いている場所は無く、むしろどんどん施設の地下、更にその奥へと向かわされている。このことから察するに壁の穴はフェイク。“大鎌の獣人”が外へ逃げた、と思い込ませるための罠を張ったのだろう。
『階段を下りた所に扉があるはずです。
扉の奥に奴はいます』
「わかった!
ここでケリをつけてやる。
覚悟しやがれ、あの野郎…!」
五段飛ばしでほぼ落ちるように階段を降りながらルフトジウムはデバウアーを両手に構え、目の前に出てきた分厚い装甲扉を叩き切ると扉を蹴り飛ばして中へと飛び込んだ。扉の奥には“大鎌の獣人”がいて、ドンタの野郎と共にルフトジウムの再登場に驚く光景が待っている――はずだった。
「…は?
なんだよ、ここ」
蹴り飛ばされた鉄の扉がガラガラと地面と擦れ、コンクリート片が金属を削る音が周囲に反響する。ルフトジウムの目の前にはとても地下とは思えない空間が広がっていた。その空間に天井という物は無く、本来天井があるはずの所には月と星が見えている。走ったおかげで火照っている彼女の体を外のひやりとした真夜中の空気が包み込む。
部屋は真っ暗ではなく、何年も交換されていない為に光量が下がったライトの頼りない明かりが照らしている。お陰でルフトジウムは今自分がいる場所を正確に認識する。今、彼女がいる場所はまるでミサイルの発射サイロのように円筒上になっていた。壁には上へと昇るためだったのであろう錆びた梯子の土台だけが残されており、パイプ類といった類のものも全て撤去されている。まるで落とし穴のように用意周到に用意された空間に当惑したルフトジウムはカンダロに尋ねる。
「おい、カンダロ?
なんだよここ」
『…………』
「おい!
聞こえねえのか!
この部屋のどこに敵がいるって言うんだよ!?」
『……………』
「ふざけてる場合か!!
お前、戻ったら絶対に一発ぶん殴って――」
そこでふと何かに気が付き、危機感からルフトジウムは自らが切り刻んだ扉に戻ろうと踵を返す。しかし、目の前で扉の上部に仕掛けられていたのであろう小型指向性爆弾が起爆した。
「はぁ!?
なんなんだよ、一体!」
爆発で剥離したコンクリートが崩落し、通路を塞ぐ。完全に退路を断たれたルフトジウムはその光景を見てようやく敵の罠だったと気が付いて「あーー…」と空気が抜けたようにぼやいた。彼女はただ一言
「やられた」
とだけ呟き、デバウアーを鋏に戻すと頭をがしがしと掻いた。ここからどうするべきなのか、全くプランは無かった。義務感のようにカンダロとの通信の回復を試みてはいるのだが、分厚いコンクリートと地下にある円筒状の部屋は通信機の電波を減衰させるには十分だった。全く動かなくなった通信機を外し、ルフトジウムは壁に背中を預けて座り込む。地下にこんなスペースがあるなんて彼女は当然、カンダロも知らないだろう。オオウナバラが持ってきたデータにはこんな部屋があることすら載っていなかった。
「もしもし、カンダロ?
聞こえるか?」
『……………』
「ダメか」
ルフトジウムは襟を整え、デバウアーを地面に置いて空を見上げる。彼女だけを閉じ込める牢獄にしては大きすぎるスペースを眺め、ポケットから乾燥合成アスパラが入ったポーチを取り出し、中から一本引っ張り出して口に咥える。すっかり戦闘の熱が覚めた山羊はどうやってカンダロに今の現状を伝え、この部屋を脱出するか策を巡らせるもののなんの案も出てこない。
「参ったな…」
しばらくここでじっとしていればバイナルパターンとGPSからきっとカンダロが見つけてくれるだろう、と信じルフトジウムはアスパラを食べきるともう一本取り出して口に入れる。壁に背中を預け、はぁ、とため息をついてルフトジウムは壁の高さを再確認するため見上げた。
「……あんだぁ?」
彼女の視界には切り取られた綺麗な夜空が広がっていた。しかし、そんな天井の縁からひときわ濃い影のようなものが滲み出して来る。影は縁からジャンプするとルフトジウム目掛けて落ちてくる。
「クソ!?
なんなんだよ一体!!」
彼女は目を見開いて相手の落下してくるルートを読み、踏みつぶされないように慌てて移動した。形象出来ない程の轟音と地響きを立て、上から落ちて来たのは一台の巨大な戦車だった。コンクリートの地面はひび割れ、舞い上がった土煙が薄く霧のように視界を遮る。
「おいおい、この戦車“ドロフスキー”製だろ!
やっぱ“ドロフスキー”が一枚噛んでやがったんだな!?
クソったれオオウナバラの野郎!」
砲塔の形状やスプリングの仕組み、搭載されている火器から戦車が“重工”の製品ではないのは素人のルフトジウムでもすぐに分かった。海を一つ越えた先、世界一の大企業でもある“ドロフスキー”が作成する製品に酷似している。ぬかるんだ地面や雪ですらも簡単に踏破できるように分厚いキャタピラが前後左右の合計四つ分離してついており、更に側面には不整地を移動するための太い脚が四本格納されている。全長およそ二十メートル、総重量は百二十トンにもなるであろうその巨体の上には主砲の二百ミリ多薬室電磁加速砲が一門、副砲の八十ミリ電磁加速砲が一門、更には死角を無くすように四十ミリ機関砲が三門に対人ミサイルランチャーが二基設置されていた。
「すげぇでけぇな…」
完全に出来上がった敵の防衛線を食い破り、人が立て籠もるトーチカや塹壕をその巨体で踏みつぶすことに特化している戦車は、航空機にも似た甲高いエンジン音を立てて車体を旋回させ、ルフトジウムへとその長い砲身を向けた。
「全然休ませてくれねぇじゃねぇか」
デバウアーを握りしめ、ルフトジウムは戦車のカメラを睨みつける。このタイプは戦闘AI搭載型と有人型の二種類があり、今回はAI搭載の無人機なのだが、その区別なんてルフトジウムに付くはずもない。
「すぐにガラクタに変えてやる。
遊んでやるよ、ポンコツ」
そう言い放つとルフトジウムはまず敵の狙いを逸らすために大きく左へと飛んだ。すぐに彼女を追いかけるように機関砲が火を吹く。四十ミリ機関砲の音速よりもはるかに速い銃弾はルフトジウムの移動先を読むように弾をまき散らすがルフトジウムは大きく息を吸って息を止めると的確に自らに当たるであろう銃弾だけを見極め、デバウアーを振る。
デバウアーの質量とエネルギーに物を言わせるようにして銃弾を叩き落とし、一気に距離を詰めたルフトジウムは距離を開けようと見た目よりも俊敏に下がる戦車に食い下がる。
「解体屋の登場だぜ!」
そして彼女は銃口をこちらに向ける機関砲を目掛け、手に持っているデバウアーを投げつけた。
-断頭台の憂鬱- Part 15 End
ありがとうございます!
来週はお休みです!!




