-断頭台の憂鬱- Part 14
三人の兵士はしっかり訓練された通りに横に広がると、ルフトジウムを目掛けてアサルトライフルの銃口を向け、引き金を引いた。銃弾が発射され、鉛玉が彼女の体を砕く直前でルフトジウムは急ブレーキをかけてスピードを落とし、通路と繋がっている部屋へ体を押し込んだ。発射された銃弾が壁のコンクリートを削る音が雷雨のように絶え間なく響く中、ルフトジウムは大声を張り上げて敵へと忠告する。
「おまえら!
聞こえなかったのか!?
どけって言ってんだが!?
俺の狙いはお前らじゃねぇ!
邪魔するなら殺すが、今ここで道を開けるなら見逃してやる!」
声が届いたのか、銃撃が一時的に止まる。いくら戦闘用獣人といえど、鉛玉で頭蓋を砕かれたら死ぬ。例え銃弾が頭に当たらず、体に当たったとしても結果は変わらない。F部隊が着ている青色のコートは一応防弾繊維が編み込まれていて、銃弾を防ぐ役割を果たしてくれているが、それでも殺しきれない衝撃は伝わってくる。猛烈な痛みと衝撃で動けなくなるのは目に見えている。
「噂には聞いていたお前がまさかここにいるとは思ってもみなかったぜ!
お前、あの“大鎌の獣人”を追ってるんだろ!?
悪いがアイツは俺達の最優先確保目標でもある!!
だから邪魔されたくないのはこっちも一緒なんだ!!」
「言葉が通じねえし、全く持ってお話にならねぇ…」
排除するしかない。ルフトジウムは大きく息を吸い、デバウアーを構えた。先ほど見た敵の陣形を思い出し、どのように滑らかに敵を殺すのかイメージする。鼻から息を静かにゆっくりと吐き出して気配を感じ取り、殺気を研ぎ澄ます。再開された銃撃の音が少しでも少なくなった瞬間に廊下へと飛び出した。デバウアーの銃弾が無い今、近接戦闘で直接相手の首を捩じ切る。三人をここで殺す。そう覚悟を決めた彼女の鼻から拳一個分程のギリギリの距離の所を、二本の巨大な斧がクルクルと回りながら宙を飛んで通り過ぎて行った。
「うわぁあああ!?!?」
「くそっふざけんじゃ――!」
立て続けに上がった二人の敵の悲鳴は、斧が地面に当たってコンクリートを削りながら跳ねた轟音によって制される。ぴたりと銃撃が止み、斧が地面に刺さった衝撃で壁からパラパラとはがれたコンクリートが通路に落ち、一人だけ残された敵が倒れた仲間の安否を確認している光景だけが残る。
「クソッ、何が起こった!?
お前ら、無事か!?」
残り一人の首を刎ねる為、デバウアーを広げて迅速に近づいたルフトジウムの腕を誰かががちっと掴んだ。
「あんた何してるんだ!
そんなボロボロの体で何をするつもりなんだい!?」
「あたいらが来てなかったらやばかったな~!
出発してすぐに身動き取れなくなるなんて事あるか?
自分の実力を分かってない奴だなぁ…」
ベアトリスとジベトリスの再登場だ。彼女達は走って行ったボロボロの山羊が心配で後ろを付いて来たらしい。滅多に貸しを作りたくない相手にこの短期間でもう一つ貸しを作ってしまったものの、とりあえず目の前の面倒事が一つ片付いた。
「助かったけど、俺も危なく鼻が無くなるとこだったぞ!」
敵に向けていた鋏を降ろし、ルフトジウムはジベトリスの脛に軽く蹴りを入れて文句を垂れる。ジベトリスは味方を殺しかけたというのに全く気にも留めず、むしろ涼しい顔をしたままこう言い放った。
「でもちゃんとお前の高慢ちきな鼻はしっかり残ってる。
やっぱりあたいの斧投げの狙いは正確だなぁ。
我ながらほれぼれするぜぇ~~!」
「お前も全く持ってお話にならねぇ」
ルフトジウムはジベトリスに舌打ちしてため息をついたものの、デバウアーを肩に背負って小さく「ありがとう」と付け加えた。ジベトリスは「どういたしまして」と言う様にすん、と鼻を鳴らすとベアトリスの側にのそのそと歩いていき、満足そうに自分の斧の戦果を眺める。
ベアトリスは運よく斧の犠牲にならずに生き残った敵に近寄ると、武装解除するように銃口を突き付けながら命令した。敵はアサルトライフルを地面に置き、まだ持っているナイフや手榴弾を体から外していく。
「かわいいかわいいジベトリス。
一応言っておくけどこの一人は捕虜にするよ。
だから殺しちゃだめ。
分かった?」
「分かってるってねーさん!
あたいは無益なせっしょう…?
えーっと…まぁ、殺さねーよ!
ほら、さっさとしろ、人間!
おい!!
動くな!!」
「そんな理不尽な!!
動かないと武装解除できないだろ!」
「うるせえ!」
「なあ、これ見てみな、ルフトジウム」
ベアトリスはジベトリスに武装解除の役割を引き継いで、顎先で地面に広がる真っ赤な水たまりを指した。先を急ぐためにもう出発しようとしていたルフトジウムは不満気にベアトリスが指した先を一瞬だけ見て、案の定の惨状にうえっ、と舌を出す。そして右手をくるくると頭の横で回してイかれてる、といったジェスチャーを送る。
「あのなぁ。
俺はお前の妹と違って人間の二枚卸しやミンチを眺める趣味なんてねーんだが?
そもそも草食だしよ」
筋肉馬鹿のジベトリスが本気で放り投げた三十キロもの鉄の刃を真正面から受け止めた人間がどうなるのかなんて、見なくとも分かる。どちらも死んでいることは確実だ。しかし、ベアトリスが見せたいのはそっちではないらしい。
「そっちはどうでもいいよ、ただの肉の塊だ。
こいつらの装備を見たかい?
今回、あたいらの敵は絶対に対企業組織みたいなちゃっちい組織なんかじゃない。
何か大きな組織が関係してるに決まってるよ。
隊長が上から降ろしてきた案件に今まで大きな違いは無かった。
けど、今回の実情の差は酷いもんさ。
現場の実情がここまで食い違ったのは久しぶりだよ。
全く、上は何を考えているんだか」
ルフトジウムは足先で敵の持っていたアサルトライフルをひっくり返し、企業の刻印を探す。しかしいつもなら激しいまでに自己主張する企業の刻印は今回は全く見受けられない。しかしその特徴的な作りから大体どこの企業が絡んで来ているのか大方の検討は付く。
「要するに何が言いてえんだよ」
「……あんた、まだ“大鎌の獣人”を追うつもりなのかい?
悪いことは言わない。
もう今夜はやめときなって事さ。
なんだか血が騒ぐってジベトリスも言ってる。
上手くいく気がまるでしないのさ。
もしあんたまで失ったらF部隊は大きな損失を受けることになる。
分かるだろ?」
「……それはカンダロが決めることだ。
俺達は兵器であり装備品。
道具が仕事を選ぶのはおかしい話だ。
俺達獣人が任務を選べないのは人間のお前にはよく分かってるだろ?」
ルフトジウムはそう言い捨て、この会話も聞いているに違いないカンダロに指示を仰ぐため通信を繋いだ。
「カンダロ聞いてただろ?
撤退命令は出てない。
けど、現場にいる俺達は今が潮時だと感じてる。
一応、俺はお前に従うけど、どうする?
俺は正直な所あまり気が――」
『直ちに敵を追ってください。
敵を逃がしてはいけないと思います』
「…だってよ」
ルフトジウムはベアトリスを見て肩をすくめて見せた。カンダロの命令は全体通信でベアトリスにも伝わっていた。全身義体のベアトリスも「あぁ…」と小さく呻き、顔を少しだけ傾ける。彼女の義眼のレンズにぼんやりと浮かぶ月を見てルフトジウムはネクタイを引っ張って少し緩める。
「全く、カンダロの坊やもキツイこと言うね」
「全くだぜ…。
とりあえず俺はまだアイツを追う。
もしバックアップできる部隊がいるなら応援するように要請してくれ。
じゃあな、ベアトリス。
あんたは死ぬなよ」
「注意するんだよ!
もし危なかったらすぐに帰っておいで!」
走り出したルフトジウムの後ろからベアトリスの大声が追いかけてくるが、既に逃げる敵を追いかける為に集中している山羊にその声は届かなかった。
-断頭台の憂鬱- Part 14 End
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