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-断頭台の憂鬱- Part 13

 持っていたハンマーのようなものを床に落とし、ドンタはまた怯えたようにその場に尻もちをつく。“大鎌の獣人”は、彼に立ち上がって逃げるよう小刀の切っ先を向けて促し、倒れているルフトジウムを一瞥した。


「て…ぇ…!

 逃げ……んな……!」


 戦闘意識ばかりが先走りまだまだ戦い足りないから逃げるな、と敵に宣言しようとした彼女の口から出たのは、これが自分の声だなんて思いたくない程情けない声だった。ルフトジウムに一撃くらわせたドンタは、恐怖で脚を震わせながらもよろよろと立ち上がり、錯乱し、自らが何をしているのか全く理解していない事の証明のように変な言葉を喚いている。そんな彼の背中を蹴って先に出口へと行かせると、“大鎌の獣人”はゆっくりとルフトジウムの方へと近づいてくる。


『ルフ…さ…!』


今まで正常だったバイタルサインが異常に切り替わったからかカンダロが安否確認の通信を入れてくる。だが、舌がもつれ碌な返事が出来ない。ぐるぐると床が回っているかのように平衡感覚が消え、体は地面に倒れているはずなのにまるで落ちているかのような底なしの感覚を伝えてくる。


「近づく…んじゃ……ね…ぇ…!」


 じわじわと動けないルフトジウムに近づいてきた“大鎌の獣人”は彼女の真っ白な髪の毛を掴んで顔を上げさせ、地面と喉の隙間に大動脈を掻き切るために小刀を差し込んだ。ひやりとした冷たい刃の感覚と、皮膚が切れた痛みが彼女の脳へと浸透してくる。ルフトジウムの心は折れていない。しかし、本能は死を敏感に悟っていた。心臓の鼓動が早くなり、山羊の頭の中を過去から現代までの記憶がざあっと風のように駆け巡る。心の奥底に蓋をして閉じ込めていた嫌な記憶も全て。

 “AGS”に買われたばかりの不安な時、一緒に切磋琢磨して死んでいった仲間、自分を生かすために犠牲になった元相棒。そして最後に頭の中を支配するように浮かび上がってきたのはこの任務の前に楽しく一時を過ごしたハルサの眩しい、純粋な笑顔だった。

 まさに一巻の終わりの状況、死の絶望が支配する中で山羊は思い人の笑顔に謝り、彼女と約束していた秘境温泉ドライブデートのキャンセル連絡をしないと…等とぼんやりと考えていた。そう考えているうちに小刀の刃が深く突き刺さり、彼女は出血で徐々に冷えていく体と共に出血多量で一匹だけでここで死ぬ。常日頃から仲間が死ぬ度に次は自分の番だと覚悟し、運命を受け入れていたはずのルフトジウムだったが、最後に一言だけ口から言葉が零れていた。


「これで……終…わり…かよ…クソッ…。

 ごめんな…ハル…サ…」


「…………」


その言葉を聞いた敵は、なぜか一瞬喉へ小刀を差し込むのを躊躇った。


「……なん…だ…よ…?」


 何かを悟ったかのように窓の外へ顔を向ける敵。次の瞬間、窓の奥に広がる星明かりよりも強い光が窓ガラスを突き破って通路内へと飛び込んできた。ガラスを割り、飛来したエネルギー弾は敵の胴体を掠めて床に穴を穿つ。


「チッ…!」


“大鎌の獣人”は舌打ちして慌ててルフトジウムの髪の毛を離すと、小刀を太もものベルトに収め、切れてしまったコートや床に散らばった少量の自分の髪の毛を掴んで走り出す。今が引き時だと判断したのだ。


「てめ…ぇ…!」


逃がしはしない、というように手を伸ばしたルフトジウムだったが、当然その手が敵に届くはずも無かった。通路の奥、ドンタを追いかけるように逃げる彼女を目掛けて次から次へと遠距離からのエネルギー弾が通路に撃ち込まれる。サイントのような正確な射撃では無い。スコープを通してこちらを覗いていたカンダロがサイントの代わりにルフトジウムを援護してくれたのだ。


『…ウムさん…!

 ルフトジウムさん!

 今…ら味方…行き…から!

 だから!

 諦めないで!』


 ぼんやりとしていた意識が次第にはっきりし始め、ようやくまともに声が聞こえるようになったばかりの鼓膜を震わせるように何発もの銃声が聞こえる。錯乱し、お荷物となっているドンタを抱えたままで彼女がF部隊の手を逃れる術はない。逃げ回りやがてスタミナが切れた彼女はルフトジウム達の前に跪くだろう。ルフトジウムは試合に負け、勝負に勝ったのだ。

 しかしそんな結果に彼女が納得できるはずは無かった。


「アイツの…首を落とすのは…俺だ…!

 くっ…俺の…俺の獲物だぞ!」 


“大鎌の獣人”と交戦しているであろう味方の援護に向かう為、壁に手をついてずるずると体を起こしたルフトジウムは、通路を塞ぐ程の巨大な体を持った一人と一匹がこちらへと向かって走ってくるのを見て軽く舌打ちした。


「んだよ…!

 よりによって…お前らかよ…」


何かと軽口と嫌味を言ってくる嫌な奴だが何とも頼りになる味方…F部隊所属のグリズリー姉妹だ。一番今の自分を見られたくない相手の登場に足元から崩れ落ちそうになったが気合で堪える。


「はっはー!

 騎兵隊のご到着だぜ!

 だいぶ危なかったらしいじゃねーか?

 えぇ、おい?

 ルフトジウム?」


「うるせぇよ…」


ルフトジウムは黙るように告げて目を逸らす。


「しっかし、カンダロの坊やが血相を変えて援護を要請してきたもんだからまさかと思って急いで来てよかったよ。

 あんた程の戦闘用獣人がやられるなんて珍しいこともあるもんだね?」


 身長が一九八センチ程もある全身義体のベアトリスと、二メートル越えの身長を持ったクマの戦闘用獣人ジベトリスのコンビは身長が一五四センチしかない山羊からしたら巨人も巨人だ。見上げるのすらしんどい、という様にガクリと肩を落としたルフトジウムは自分の額から出ていた汗を手袋で拭う。血が混じった赤い液体がまたべったりと服に付く。


「お前が顔に怪我するなんてな。

 なさけねえ、油断したんじゃねーのか?

 それとも、敵はそんなに手練れなのかよ?

 ねーさん、あたい、敵と戦ってみてえ!!」


「そうだね。

 まぁでも待ちな、ジベトリス。

 ダイズチームがやられてる。

 味方の損害もかなりのものだ。

 だから今日はこいつを連れて撤退するよ」


 ジベトリスは一本で三十キロはある二本の斧を両手に大きく掲げ、待ちきれないという様に鼻を鳴らした。ベアトリスはそんな妹の肩をぽんぽんと叩き落ち着かせる。


「えーなんでだよ!

 あたいまだまだ戦いたいんだけど!?」


まだフラフラとしているルフトジウムにベアトリスは持ってきていた気付け薬をペン型注射器でルフトジウムの体内に注射した。血に混じった薬が血流にのって全身を駆け巡り、まだぼんやりが残っていた意識が覚醒し始める。


「大丈夫かい?」


「……ふぅ。 

 ああ。

 助かったぜ。

 これで貸し一つだな」

 

 ルフトジウムは支えにしていた壁から手を放し、ドクドクと脈打つ自分の鼓動を感じる。気付け薬の効果もあり、体調は元に戻ってきていた。大きく息を吸い、そのまま吐き出して床に落ちたままのデバウアーを二本とも拾う。すっかり撃ち尽くしてただの重荷になった弾倉を取り外し、太もものポーチに戻す。


「帰ったらあたいらとカンダロに飯でも奢りな。

 あのハナタレ、あんたの為に握ったことないライフルまで握ったんだからね」


「そうか、そうだな…」


「うおおおおおお!

 飯~!!飯!!!!」


嬉しそうに叫ぶジベトリスを無視してルフトジウムは話が出来るベアトリスに尋ねる。


「そうだ。

 お前らこっちに来るとき“大鎌の獣人”と一人のおっさんを見なかったか?」


「見てないねぇ~…。

 ただ一か所壁に穴が開いているところが…あっ、おい!

 撤退するんだって!

 ルフトジウム!」


 その一言を聞いてルフトジウムはすぐに走り出していた。アイツは遠くには行っていないはずだ。まだ間に合う。ドンタを取り返し、サイントを排除した“大鎌の獣人”の首を刎ねる。

次こそ…次こそ、必ず殺す。

 勢いよく走るルフトジウムが廊下の角を曲がると小銃を持った三人の兵士と出くわした。彼らの服には大量の血が付着しており、彼らの背後には腹に大きな穴が開いていたり、胴体をバッサリと切られて死んでいる兵士が転がっていた。そんな事が出来るのはアイツしかいない。


「うわっ、“AGSの断頭台”だ!」


「クソが!

 殺せ!」


 敵の装備を見るに先ほどまでこの倉庫を支配していたテロリストではない。F部隊と交戦していたのもこいつらだ。テロリストらしからぬ、綺麗に整った装備に統率された動きは間違いなくどこかの企業に所属している事を暗に示している。


「どきやがれ!!」


しかし、そんな事今のルフトジウムにとってどうでもよかった。




                -断頭台の憂鬱- Part 13 End

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