-断頭台の憂鬱- Part 11
「カンダロ、聞こえるか?
サイントを気絶させた奴の正体が分かったぜ。
今俺の目の前に立ってやがる」
ルフトジウムはデバウアーを持ち、その切っ先を敵に向けて牽制しながらカンダロに通信を入れる。大鎌の獣人はそんなルフトジウムに対して「どうぞお構いなく先に通信を済ませてください」と言うように右手を差し出し、大鎌を持ったまま壁にもたれ掛かった。
『え、それ大丈夫なんですか!?』
完全に舐め腐った“大鎌の獣人”の態度にルフトジウムはふふっと口を歪めて笑い、カンダロの疑問に意気揚々と答える。
「まぁ、大丈夫だと思うぜ。
実はな、今俺の目の前に立っているのは“大鎌の獣人”だよ。
おい、お前の狙いもこいつなのか?」
ルフトジウムは地面で眠っているドンタを指さす。“大鎌の獣人”はこくりと静かに頷いた。
「どうやらドンタを無事に連れ出すにはこいつと殺り合わないとダメらしい。
そんなわけで少し集合時間に遅れそうだ。
他のメンバーと戦ってる組織とこいつが関係しているのかどうか細かく洗っておいてくれ」
山羊は沸々と昂ってくる気持ちをぐっと抑えつつデバウアーをブンブンと上下に振る。念のためもう一度調子を確かめたのだ。彼女を鬱蒼と覆っていた憂鬱な気持ちはもうすっかり晴れていた。
「何だよこの気持ち。
まるで恋人に会えたような変な気分だぜ」
「…………」
彼女が望んでいたのは事件の解決でも、正義の味方でもない。ただ自分の全力をぶつけることが出来る好敵手だった。ルフトジウムがその答えに行きつくのはすぐだった。“大鎌の獣人”は初めて最強と名高い彼女を不意打ちとはいえ一度負かし、その後何度戦っても殺すことが出来なかった相手だ。
デバウアーとアメミット、双方の高熱の刃がひんやりとした通路の空気を急激に温め、ゆらりと蜃気楼を天井へと立ち昇らせていく。冷たい蛍光灯の光の下、“大鎌の獣人”は殺る気満々なルフトジウムの姿を見ると壁から離れて、大鎌を回して見せる。
『ルフトジウムさん!
そいつを倒して、ドンタを連れてきて下さい!
僕は…僕はただ貴女の幸運を祈ります!』
「はっ、俺達獣人に祈るなんて言葉はちょっとばかし重すぎる。
お前はそこでのんびり待ってやがれ。
こいつの首を持って帰ってやるよ」
“大鎌の獣人”は大鎌をくるくると曲芸のように回していたが、銃口をルフトジウムに向けるようにして地面にその刃をドスンと突き刺した。分厚いコンクリートの地面に刃の先端が突き刺さり、えぐれた地面のコンクリート片がパラパラとその周囲に散らばる。
「随分と元気そうじゃあねえか」
「…………」
狐と鬼が融合したような独特のホログラムで覆われている“大鎌の獣人”の素顔は見えず、当然彼もしくは彼女は声も発さないので何を考えているのかなんてルフトジウムに分かるはずもない。“大野田重工”の分厚い防弾コートを着て、動きやすそうな短さにまで切り詰めた和服から見える素足を見てルフトジウムはふん、と鼻で笑って見せ、敵の腹部を顎で刺す。
「てめぇの腹の傷は治ったのかよ?」
「…………」
敵は何も答えない。地面に突き刺さっている大鎌の横で左腕を動かして何やら様子を確かめているような素振りをしている。パリッと張り付くような空気の中、ルフトジウムは自分の内から溢れ出してくる衝動にだんだんと抗えなくなっていた。
「また会えると思ってもみなかったぜ。
俺の最近の行いはどうもプラスに働いているらしい。
オオウナバラに騙されたとばかり思っていたが、お前に会えるならそんな事ももうどうでもいい。
お前も俺にさぞかし会いたかっただろ?」
「…………」
シンと、まるで髪の毛一本が落ちる音すら聞こえそうな静寂の中、二匹の獣人は八メートル程の距離から見つめ合う。
「………!」
ピリピリと張り詰める空気を壊し、先に動いたのは“大鎌の獣人”だった。地面に刺さった大鎌を抜き、持ち上げる動作の最中で彼女は引き金を引く。対物ライフルの張り詰めた空気を突き破る轟音が聞こえるよりも早く、銃口から発せられた閃光を見てルフトジウムは反応した。山羊は前かがみになって、デバウアーを握りしめ“大鎌の獣人”に猛スピードで近づく。彼女の頭蓋から三十センチ程右にずれた所を対物ライフルの灼熱の徹甲弾が通り過ぎたのとほぼ同時に両手のデバウアーの灼熱の刃が大鎌の背面部分と触れ合っていた。
「何回俺に負けても懲りない奴だな、お前は」
「…………」
大鎌の質量を支えるためにむき出しになっている骨格部分とデバウアーは激しく触れ合うが先ほどのチェーンソーのように簡単に相手は溶けてはくれない。すぐにルフトジウムはデバウアーの温度では相手の大鎌の金属は溶けない事実に気が付き、左手のデバウアーを残したまま右手のデバウアーで相手の側面を突く。しかし敵もすぐにその意図に気が付き、太ももに刺していた小刀を抜くとデバウアーの刃の側面を滑らせ切っ先を変える。
「やるな!?」
滑ったデバウアーの先にはコンクリートの壁があり、ルフトジウムのデバウアーは壁に深々と突き刺さる。敵は突き刺さったデバウアーを握っているルフトジウムの右手を目掛けてすかさず小刀を振り下ろす。小刀の刃がデバウアーの持ち手を擦る時には既にルフトジウムの腕はそこには無かった。右手のデバウアーを手放し、左手に得物の片割れを持ったまま彼女は大きく飛んで後ろに下がったのだ。
「へぇ、やるじゃねぇか。
俺の攻撃を瞬時に読んで反応する事が出来る奴なんてお前ぐらいだよ」
「…………」
片方のデバウアーを一時的に失ったルフトジウムだがいくらでも取り返す機会はある。大鎌の獣人は壁に突き刺さったままのデバウアーを気にかけることなく小刀を右手に、大鎌を左手に持ってじっと構える。ルフトジウムは大鎌の特性を深く理解していた。大鎌で相手を切る為には内側に武器を引かなければならない。その点鋏は挟む、もしくは斜めに当てるだけでも切れる。リーチでは劣るもののアドバンテージは十分ルフトジウム側にある。
「まったく、可愛げがねぇよ」
山羊はそう言いながらデバウアーの銃口を敵に向けて弾丸をばら撒いた。弾丸を防ぐために敵がコートに身を包んだ瞬間を狙ってルフトジウムは大きくジャンプして相手の上から襲い掛かる。彼女はきっと“大鎌の獣人”が大鎌もしくは小刀でデバウアーを受け止めると予想していた。しかし、実際には“大鎌の獣人”はその場から一時的に離れると、体を捻り降りてくるルフトジウム相手に大鎌を振るう。
「そう来るか!」
空中で動きを変える事は難しく、ルフトジウムの体目掛けて振り上げられた大鎌の切っ先は遠慮なく彼女の体の中央を突き刺そうとする。当然そのままやられるルフトジウムではない。彼女は飛びながらも開いている右手を突き出し相手の大鎌の骨格部分に触れる。そのまま骨格部分を軸にして体を大きく倒立させたルフトジウムはすかさず開いている両足で“大鎌の獣人”の胴体を目掛けて蹴りを放った。
「嘘っ…!?」
そんな曲芸のような動きを予想しているはずもなく、敵は少し言葉を漏らすとそのままルフトジウムの蹴りをその小さな体で受け止めた。地に足がついている蹴りとは違い、慣性の勢いを借りた蹴りの為威力はかなり劣るが戦闘用獣人の持つ筋力がはじき出した力は簡単に“大鎌の獣人”の体を吹き飛ばした。
「うっ…!」
バランスを崩してよろめく“大鎌の獣人”を眺めつつ、既にルフトジウムは華麗に着地し、壁に突き刺さったデバウアーを抜いていた。
「覚悟は出来たか?
祈りは既に済んでるな?
今日こそ俺はお前の首をもらうぜ?」
-断頭台の憂鬱- Part 11 End
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