-断頭台の憂鬱- Part 10
「ちょっと待て。
全然話が見えてこねぇ。
あんた、一体ここで何をやらされてきたんだ?
俺の聞いている状態と全く違うんだが…?」
間違いなく連れていくことに抵抗されるとばかり思っていたルフトジウムだったが、想像の斜め上を行く違った反応が返ってきたことでまるで煙に包まれたような気持ちになる。長い白い睫毛の付いた瞼をパチパチとさせ、きょとんとする彼女だったが、自分自身の気持ちを整理するためにデバウアーを脇に置き、床に座っているドンタの腕を持って立ち上がらせる。
「わ、私は何も知らない!!
重ねて何度も言うが何も見てないんだ!!
本当なんだよ!!」
彼は怯え切っており、顔にこそ目立った外傷はないものの半袖短パンのラフな恰好から見える肌には数多くの傷が刻み込まれている。中には肉がえぐれているような部分もあり、かなりキツイ拷問が行われていた形跡も残っていた。
「いいから、落ち着け。
俺は本当にお前を確保しに来ただけで……」
「殺すつもりなんだろう!?
私!!!は!!!!知らないんだ!!
頼むから家に帰してくれ!!!
私は本当に!あの現場で!!!何も!!何も!!見ていないんだ!!!」
立ち上がらせるために掴んだドンタの腕にはいくつもの青い斑点があった。人権を無視し、違法の薬が沢山投与されていたことは簡単に想像がつく。大声と同時に唾を飛ばしながらドンタは首を振って抵抗する。ルフトジウムが掴んだ腕は人間にしては恐ろしい程の力で振り払われ、ルフトジウムの支えを失ったドンタはよろよろと尻もちをついた。
「ダメだこりゃ…」
自分の手に負えないと思ったルフトジウムは、とりあえずずっと静かなカンダロに頼んで救護班を呼んでもらおうと無線を繋ぐ。ルフトジウムのその行動を不思議そうに見ていたドンタだったが、ルフトジウムがそちらを見るとすぐに目を逸らしよろよろと逃げていく。
「あーあー。
カンダロ、聞こえるか?
こちらルフトジウム。
対象の部屋に入ったんだが…」
状況を説明しようとしたルフトジウムの声を遮ってほとんど悲鳴に近いカンダロの声が無線から漏れだした。
『ルフトジウムさん!!
よかった!!』
思わずイヤホンを耳元から離し、彼女は逆にマイクに怒鳴りつける。
「うるっせぇ!
なんだよ!」
切り倒した部屋の扉を持ち上げて元の通りに戻し、彼女は近くの椅子に座る。
『ひっ、ごめんなさい!
いや、そうじゃなくて!
無事だったんですね!?』
「…どういう意味だよそれ。
あまり穏やかじゃあなさそうだな?」
ルフトジウムは再び神経を張り詰め、デバウアーを握ると電源を入れる。獲物を持ち上げ、戦闘用獣人のチェーンソーによってどの程度被害が出ているのか簡単にチェックする。流石は“AGS”の制作した武器。あれだけ激しくサイバネに仕込まれたチェーンソーとカチ合わせたのに刃こぼれは全く無く、目立った問題は無い。
『全然無線が繋がらなくて報告出来なかったことが沢山あります。
えっと、まず初めにF部隊は全員が今所属不明組織と交戦中です!
サイントさんも狙撃に集中していた隙を狙われたのか、何者かによって後頭部を殴られ戦線を離脱しています!』
「んだとぉ!?
なんでそういう大事な事を早く言わねぇんだよ!!」
ルフトジウムの大声にドンタの体がびくりと震える。そしてブルブルと体を震わせながら自分の部屋の奥のベッドに潜り込んでしまった。ルフトジウムはその様子を目で追いつつも少し声のトーンを落としてカンダロの無線に集中する。
『だから無線が繋がらなかったんですってば!
こっちからは十秒おきに無線かけてたんですよ!
それが急に繋がるようになって、逆に僕がびっくりなんですから!』
大きなため息をつき、ルフトジウムは眉を顰めて声のトーンを更に落とした。
「サイントをやった奴が近くにいるって事だな?
そいつは俺が倒した戦闘用獣人じゃねぇのか?」
ルフトジウムは扉の方をちらりと一瞬だけ見る。ちゃんと死んでるよな、と少しだけ彼女は不安になる。
『時間とやり口から考えると、絶対に違います。
運ばれたサイントさん曰く全く気が付かないうちに後頭部をゴン、とやられたとか…」
「あのサイントがか!?」
『そうです。
あのサイントさんが、です』
兎の戦闘用獣人のサイントの耳は当然人間よりもかなり広範囲が聞こえるようになっている。高周波すら聞き分ける彼女に察知されないように忍び寄り後頭部へ一撃入れる…。並大抵の獣人には不可能な芸当だ。ルフトジウムは無線機を耳に当てたままううん、と小さく唸って首を横に小さく振る。
「ちっ……。
オオウナバラとかいう女を信じるからこういう事になるんだ。
ふざけやがってあの女!」
『まあ今度会う事があったらとっちめてやりましょう!
僕もなんかすっごいイライラしてきました!』
ルフトジウムは立ち上がると布団の中で震えているドンタを引っ張り出す。
「嫌だーー!!!
嫌だーーーーー!!!
助けてくれーーー!!!!
嫌だーーー!!!」
「あーもう!
うるさい!
少し寝てろ!!」
ルフトジウムはポーチから睡眠鎮静剤の入ったペン型注射器を取り出し、ドンタの首筋に打って黙らせる。
『対象は錯乱しているんですね?
何とか一匹でも応援に向かえないか調整します』
「必要ない、大丈夫だ。
残りのメンバーには自分の命を第一に考えるように命令しておいてくれ。
この俺が負けるわけないんだからな。
オオウナバラに文句を言う為にもとりあえず任務を達成しておかないとな。
何のためのブリーフィングだよ、クソが」
ルフトジウムはぐったりと意識を失っているドンタを担ぐと入口へと向かう。
「サイントのスナイパーライフルはそこにあるんだよな?
使ったことは?」
『ごめんなさい…無いです…』
「…まぁ、そうだよな。
そしたらスコープで俺の前を見張ってくれ。
敵が来たらすぐに無線で知らせてくれればいいから」
そう言いながらルフトジウムはデバウアーを手に持ち部屋から出るために歩き出す。扉の前に立ち、扉を開けようと手を伸ばした時だ。
ズドン、と腹の奥底から響くような発砲音が扉の向こうから聞こえた。ドンタを担いだまま鋼鉄の扉を開けようとしたルフトジウムの顔から一メートル程右にズレた所を大きな弾丸が掠める。弾丸が発生させる衝撃波は普通の人間ならば脳震盪を起こす程強いものだったが、規格外の戦闘用獣人である山羊の彼女を少し驚かせた程度で終わる。すぐに眠っているドンタを床に降ろし、ルフトジウムは二発目に備えて耳を澄ませる。
「くそっ新手かよ!」
『ルフトジウムさん!?
大丈夫ですか!?』
二発目の発砲音。山羊はすぐに地面に伏せる。弾丸はコンクリートで出来た部屋の壁を簡単に貫通し、奥の太い柱の鉄筋に当たってようやく止まる。あの威力をルフトジウムはかつて目の前で見たことがある。柱のコンクリートを砕いた弾痕をじっと眺める。間違いない。ここ最近ずっと彼女を覆っていた真っ黒な憂鬱な気持ちに光が差す。
「ふふっ。
なぁ、カンダロ。
ひょっとすると、今夜は大正解だったかもしれないぜ」
『というと?』
ルフトジウムは心の奥底から溢れ出す喜びで知らず知らずのうちに笑っていた。いそいそとデバウアーを左右に分け、構えた山羊は自分でさっき嵌め込んでいた扉を蹴り飛ばす。何十キロもある扉は真ん中からべゴンと折れ、金属の強烈な音を立てながら通路に転がる。
「よぉ、久しぶり。
お前、やっぱり生きていたんだな?」
「…………」
心の底から溢れ出してくる感情はルフトジウムを高揚させる。いつも冷静に戦っていた彼女の脳が感情に支配されていく。嬉しそうに立つルフトジウムの前に立っていたのは間違いなく“AGSの断頭台”と呼ばれた彼女に黒星を与え、そして何度戦おうとも死ななかった“好敵手”――大鎌の獣人だった。
-断頭台の憂鬱- Part 10 End
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