-断頭台の憂鬱- Part 9
うめき声を上げながら襲い掛かってくる敵獣人に対して反撃の一撃を何とか叩き込みたいルフトジウムだが、知性を削り取られ、戦闘本能で直感的に動いている猪獣人には残念ながらここぞという隙が見つからない。理性で抑えが効く分、ルフトジウムの方が不利なのかゆっくりと押され続ける。やがて通路の角へと追い詰められたルフトジウムの背中にゴツンと壁が当たり、山羊は自分にはもう逃げ場が残っていない事実を突きつけられる。
ルフトジウムに逃げ場が無くなったのを確信した猪獣人は何とも嫌らしくまたにたりと笑い、最後の一撃のつもりで思いっきり右フックを叩き込んできた。
「こいつ…!」
何も考えていない馬鹿に見えて、実は考えているタイプらしい。敵の右フックチェーンソーは壁に当たって止まるかと思いきや、まるでケーキに刺さるフォークのように簡単に通路のコンクリートを深くえぐり、中に入っている鉄筋すらも軽々と切断しながらルフトジウムの体を目掛けて迫って来た。
「危ねぇなぁ!?」
ルフトジウムはデバウアーを左右に割ると、左手に持ったデバウアーの先端を地面に突き刺して固定し、敵の右フックに対して垂直に刃を当てた。チェーンソーとデバウアーの刃が深く触れ合い、今までに無い程の大量の火花が散る。それでもまだまだ止まらない敵は、残った左手で止めとばかりに左フックを重ねて来た。そちらも同様にルフトジウムは右手に持ったデバウアーの刃で何とか抑え込む。
「ぐっ…!」
チェーンソーの細かい振動がデバウアーの柄を震わせ、金属が削れるギャリギャリとした音に敵の荒い鼻息が混じる中、遥かに体が小さな山羊は押し切られないように踏ん張るしか出来ない。そんな彼女を左右から散る火花が明るく照らし、圧倒的な力の差によって産まれる絶望の炎がチラつき始める。彼女の頑張り等全く問題ないというように右のチェーンソーと左のチェーンソーの隙間は容赦なく小さくなっていく。通路に突き刺さった楔代わりのデバウアーも地面のコンクリートが振動で削れるにつれて、次第に踏ん張りが効かなくなっていく。
「こんの……!」
リミッターを解除した渾身のルフトジウムでも敵のチェーンソーを押し返す事は出来なかった。あと五センチ進めば高速で回転するチェーンソーは無慈悲に彼女の服を切り裂き、その下の柔らかい肉と固い骨を削り取っていくだろう。
「さっさと…!
さっさとその邪魔な刃を退けやがれ、三下野郎!」
捨て台詞を吐き捨て、火花で照らされたルフトジウムの顔には置かれている状況に対して、全く焦りは無かった。何故なら敵の行動は全て彼女の計算内だったからだ。その計算はすぐに結果となって二匹の前に現れた。
今まで激しく滝のように散っていた火花は急に鳴りを潜め、チェーンソーの刃を回す甲高いモーターの音にガリガリと聞いたことが無い異音が混じり始める。順調にデバウアーを押しているように見えるチェーンソーだったが、長時間デバウアーと触れあったチェーンソーの刃には異変が起こっていた。デバウアーの刃はハルサの持つ大鎌、アメミット程ではないものの鋼鉄の扉を溶断してしまうぐらいの熱を保持している。そんな超高熱に一秒間に何十回も触れ合うチェーンソーの刃の冷却が間に合うはずもなく真っ赤に溶けて削れてしまい、既に刃としての意味を為さなくなっていた。
「ははは!
図体だけのでか物が!
そんなおもちゃでこの俺様に勝てると思ってたのか!」
壊れて動かなくなってしまったチェーンソーを見て驚く猪獣人の精神的な隙を突き、ルフトジウムは相手のチェーンソーを逆に押し返していく。甲高く唸っていたモーターもこの負荷に耐え切れず相手の肩からほぼ同時に小さな爆発音が聞こえると刃が無くても回っていたチェーンも止まる。敵は抵抗しようにも既に刃が無くなり、機構としても故障してしまったチェーンソーはうんともすんとも言わない。戸惑い、鼻息を荒くして抵抗する猪獣人に対してルフトジウムは
「大人しくしやがれ!」
そう言うとデバウアーの刃を相手の脇に差し込み、上へと振り切った。デバウアーの刃が持つ何万度もの温度がチェーンソーの内蔵された敵の腕を簡単に溶かしながら突き進み、相手の腕が根本から切断される。これにはとても耐え切れず言葉にもならない悲鳴を上げて敵はよろけた。血が切断面から吹き出し、天井を、通路を、そして正面に立っていたルフトジウムを赤く染める。
「天国で自分のかわいい腕と宜しくやるんだな!」
よろけた敵の首を右と左の刃で挟むとルフトジウムは少しだけ力を込めた。デバウアーの灼熱の刃は敵獣人の肉と骨を簡単に切断するとルフトジウムの胴体ぐらいある大きさの頭が体から離れ、地面にごろりと転がった。続いて体が痙攣し、壁を背にして倒れこむ。
「はぁ、はぁ…。
む、無駄に時間を食っちまった」
肩で息をしながらルフトジウムは暑そうにシャツの首元を掴んでパタパタと動かした。命のやり取りから生まれる緊張の汗を少しでも乾かし、太もものポーチから水を取り出すと一気に飲み干す。
「ふぅー…」
空になった水の容器を側にあったゴミ箱に捨てると、デバウアーを地面に突き刺し、手で自分の服に付着した血をゴシゴシと手袋の裏面で擦ってみる。しかし当然ながら既に染み込んでしまった血は簡単には取れない。
「カンダロ、こっちは片付いたぜ。
目標に接触する」
またクリーニング代がかさむ、と舌打ちしながらルフトジウムは一応カンダロに報告する。
『…………』
サイントの様子を見に行っているカンダロから返事は無かったが、ルフトジウムはデバウアーを再び手に取り、使い切った弾倉を交換するとまた独り言を零した。
「弾、もう少し持ってくりゃよかったな」
既に換えの弾倉は無く、鋏に刺さっている分しか弾は残っていない。しかし一番懸念していた戦闘用獣人をここで倒せたことは大きなメリットだと彼女は考え、再び仰々しい大きな鋼鉄の扉の前に立つ。デバウアーの先端を扉に当てるとすぐに扉は溶解を始める。鋏が紙を切るように簡単に鋼鉄の扉を切断したルフトジウムが部屋に入ると、既に部屋の中はもぬけの殻だった。くんくんと、部屋の匂いを嗅ぎ山羊は面倒くさそうに入口に置いてあった椅子に座るとため息をつく。
「隠れ方がまるで素人だぞ。
おい、いるんだろ。
ただでさえ時間がないんだから面倒かけさせるな」
ルフトジウムは部屋の中に響き渡る声量で忠告する。外へ逃げ出せるような窓は無い。部屋の中はベッドと椅子、机、それにシャワーとトイレ。少量の本。仕事に必要なのか、オンボロのノートパソコンが一台置かれているだけのシンプルな構成になっていた。本当に必要最低限の家具しか設置されていないシンプルな作りは、とても反企業組織の幹部がいるような部屋には見えない。
不可思議なのはトイレが部屋の中にあることだ。これでは幹部の部屋…というより、中の人間を閉じ込めるための少し豪華な刑務所と同じだ。
「……………」
ルフトジウムは静かな部屋で耳を澄まし、ふう、と息を吐くと立ち上がる。安全の為にデバウアーの電源を落とし、ベッドの不自然に膨らんでいるシーツの部分を先端でツンツンと突いてみた。シーツの膨らみの中からメガネをかけた細いヒョロリとした一人の男が飛び出してくる。すかさずルフトジウムは片手で男の襟元を掴んで動きを止める。
「ひぃぃ……!
こ、殺さないでくれー!!
頼む~!!
どうか勘弁してくれー!!
俺にはまだ嫁も子供もいるんだー!!」
警備隊長をしていたという情報から屈強な男が出てくるのを想像していたルフトジウムは思ったよりも情けない男の登場に面食らい「はぁ?」と気の抜けた声を出した。
「頼むよ~!!
殺さないで~!!」
男は寝巻姿で武器を携帯している様子はない。髪の毛はボサボサ、手の爪は伸び放題で見た目からしても不潔な姿は男がもう何か月も外に出れていない事を暗に示している。目の周りは寝不足からか、それとも疲れからかクマが出来ており、その姿はことさら男のストレスが多い生活を強調していた。
「お願いします~!!
まだ私は死にたくないです~!!」
手を上にあげて無抵抗を全身で表現する男。ルフトジウムは襟元から手を放すとデバウアーを持ち直し深く息を吸う。
「俺はお前を殺す目的で来てない。
一回落ち着け。
お前がカイセイ・ドンタか?」
「そ、そうだけど…お前は?」
オオウナバラが事前に見せてきた写真の通り男には片耳が無かった。対象はこいつで間違いないだろう。
「俺は“AGS”のルフトジウムだ。
なんやかんや色々あってお前を確保させてもらうぞ。
悪いが俺と一緒に来てもらう」
抵抗されるだろうと思っていたルフトジウムだったが、現実は違った。
「つ、連れて行ってくれるのか!!
頼む!
今すぐ!ここから!出してくれ!!」
-断頭台の憂鬱- Part 9 End
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