-断頭台の憂鬱- Part 7
「あれがオオウナバラが言ってたターゲットのいる倉庫で間違いないよな?」
目の前にずっと広がっている海から押し寄せてきた強い潮風がルフトジウムとサイントの間をざあっとすり抜け、二匹は寒さに少し縮こまる。深夜のひんやりとした空気は二匹の体温を少なからず奪い、ルフトジウムは手を擦り合わせて隙間に息を吹き込んで暖を取る。
「それに何だよこの“臭い”…。
マスク取ってから臭すぎて頭がおかしくなりそうだぜ」
「この近くには食品合成工場がありますからね。
高品質、高たんぱく、栄養もたっぷり合成食品工場からの排水はそりゃ臭いに決まってます」
「……まぁいいや。
サイント、とりあえずカンダロに確認を取ってくれるか?」
今でこそ塩水をたっぷりと蓄え、工場から吐き出される腐敗の臭いを周りに余すところなく撒き散らしている海は過去ゼリー状態だったとは思えない程に激しく岸に打ち付ける。それは嵐がくる前兆でもあった。
「了解。
すぐに聞きますね。
……カンダロから連絡がありました。
先輩、場所はここで合ってます」
サイントは無線機をルフトジウムに投げて渡し、それを受け取ったルフトジウムは耳にイヤホンを嵌める。
『聞こえますか、ルフトジウムさん』
「よーーく聞こえてるよ。
お前の情けねー鼻をすする音までな」
『オオウナバラから貰った倉庫の地図はサイントさんの端末に転送してあります。
僕とサイントさんで貴方をサポートするので安心してください。
また、今回は隊長が任務の優先度を引き上げ、倉庫の周囲を既にF部隊のメンバーで囲んでくれました。
ターゲットが逃げたとしてもすぐに追跡できると思います。
あとはルフトジウムさんが男を確保するだけです』
「あーあ、気に食わねぇなぁ。
兎にも角にも気に食わねぇ。
一体全体、何なんだよあの女は」
ルフトジウムは食べかけのアスパラと汚い言葉を同時に吐き捨てる。
「気に食わないと言っても仕方ないじゃないですか、先輩。
任務として出てきた以上こなさないと」
サイントは愛銃をホルスターに収納すると一緒に持ってきた真っ黒なスーツケースを開いた。中には四つぐらいに分解された長距離狙撃用のレーザースナイパーライフルが入っていた。
「おお、いいもん持って来てんじゃねーか」
「サイントのとっておきです。
ターゲットはたかが人間一人。
ササッと終わらしましょう、先輩」
手際よくその獲物を組み立てて、スコープを覗いて微調整を済ますとサイントはカンダロへ準備完了と伝えた。
『こっちからはそっちの様子がちゃんとモニターされてます。
相互確認作業開始です。
僕が言った数字を――』
「もうそういうのはいいから。
俺は行くぜサイント。
裏口から侵入する」
「はい。
きっちり援護します」
『ルフトジウムさん!?
もう…!
隊長、こちらカンダロ。
作戦を開始します!』
“大野田重工本社都市”から南へと約六十キロ余り下った辺鄙な所に“第六工業都市”はある。貿易のため“大崩壊”以前に国家によって海沿いに建造されたこの都市の人口は獣人を入れても五万人にも満たない小さな街だ。しかし、その小ささに反比例して“大野田重工”の維持する各都市へ送り出す飲料水の凡そ三パーセントを作り出している大プラントのある都市でもある。そんな街の中心街から更に海側へ二キロ程行ったところにルフトジウム達はF部隊を引き連れて来ていた。
オオウナバラが言った通り、翌日欠伸をしながら出勤したルフトジウムには直ぐに隊長から任務が告げられた。任務の内容はオオウナバラが言ったものと同じ、カイセイ・ドンタの確保だった。
『おいおいルフトジウム、大丈夫なのかよお前一人でよー』
『姉ぇさん、きっとすぐに助けを求めてくるよ』
『だとしてもあたい達は助けに行けないけどねガハハ!
せいぜい気張りなよ!』
『ルフトジウム…。
見せてみろ』
「はっ、うるせーよ」
グリズリー姉妹とダイズコンビのトウフルフトジウムに話しかけてくるが山羊は舌打ち一つして無視する。そのまま他のチームからの無線を切り、ルフトジウムはカンダロとサイントのみの声を拾う様に無線を再設定する。
『ターゲットは現在奥の自室で食事中です。
中にいると思われる戦闘員は二十人前後。
一匹、戦闘用獣人も混じってます』
ルフトジウムは電源を入れたデバウアーを持ってサイントのいる倉庫の屋上から降りると忍び足で目標倉庫の裏口まで走る。辿り着いた門の前には拳銃を持った門番が二人暇そうにお喋りをしていた。ルフトジウムはイヤホンから伸びる小さなマイクに向かって小声で喋る。
「サイント、見えてるな?
出来るだけ事は静かに済ませたいんだ。
分かるよな?」
『はい』
サイントの返事が無線機から聞こえてくると同時に門番二人の頭蓋を高熱の光が突き破った。地面に真っ赤に染まった脳漿をぶち撒けた二人は、まるで糸が切れた操り人形のようにどさりと崩れ落ちる。
「おお、お見事。
今のは二発撃ったのか?」
『いえ、一発です。
サイントにはこんなの朝飯前です』
鉄で出来た裏門の鍵をデバウアーの持つ灼熱の刃で叩き切るとルフトジウムはひたりと建物へと侵入した。中は天井まで水の入ったペットボトルが大量に保管されていてかなり薄暗い。時折小さな警備ロボットが通るだけで、実質警備はザルと言っても過言ではなかった。
『そこを真っ直ぐ行くと二階へと繋がる階段が左手側にあります。
そこを登ってください』
「はいよ」
ルフトジウムは一応腰を低くし、警備ロボットから隠れつつターゲットの部屋へと向かう。階段の扉を幽霊のように静かに開けると、丁度一人の男がゆっくりと降りてきている所だった。
「おまっ――!」
発砲される前にルフトジウムは地面を蹴って一気に男との距離を詰める。男も反撃しようと拳を繰り出してくるがその一撃を右へと躱したルフトジウムはデバウアーの熱い刃を振り男の頭と胴体をあっという間にスパリと切り離していた。
『こちらのモニターでも一人排除を確認しました。
今のはかなり危なかったですね』
デバウアーを振って既に高熱で乾燥を始めている血を落としつつ、ルフトジウムは大きく息を吸って吐き出す。
「あっぶねぇ〜…」
男の死体を階段下のロッカーに押し込み、ルフトジウムは階段を登る。
『ルフトジウムさん、ストップ!
その先に三人います。
迂回路を表示します。
こっちのほうが安全かもしれないです』
『そんな煩わしい事しなくていいですよ、先輩。
そこから先の援護はいつでも』
新たな狙撃位置に移動した兎からの報告が入る。
「おう、頼むぜ」
そのまま突き進もうとしている大きな窓のある通路には三人程の男達が立って世間話をしていた。ルフトジウムは廊下の角から三人をじっと観察する。三分程待ってみたものの彼らが動く気配は全くない。
強行突破してもいいが一匹いるらしい戦闘用獣人が来たら厄介だ。どうやって見つからないように突破するかを考えていたルフトジウムだが、廊下の壁に電気のスイッチを見つけてサイントに話しかけた。
「サイント、右から二番目狙えるか?」
『二番目ですね。
分かりました』
唯一ルフトジウムのいる方を見ている二番目の男がいなくなれば残る二人はルフトジウムの方を見ていない。
「今から廊下の電気を消す。
上手いことタイミング合わせてくれ。
頼んだぞ」
『任せて下さい、先輩
決して外しはしない』
ルフトジウムは電気のスイッチに手を伸ばして、パチリと捻ってオフにすると足音を立てないように角から出て廊下を走る。月も出ていない程真っ暗な外から入ってくる光は無く、本当に暗闇に包まれた廊下をデバウアーのステータスランプだけがルフトジウムと共に移動する。
「うおっ!?
なんだ!?」
「ブレーカーでも落ち――」
工場のくすんだ汚い窓ガラスを溶かして貫通した控えめな赤いレーザーの光が通路に飛び込んでくる。レーザーが通り過ぎた場所に頭があった一人が廊下にドサリと横たわる。
「おい!
どうした!?
くそっ、何も見えねえ!
早く電気を付けろ!」
「大丈夫―うっ…げっ……!」
「おい!
なに……か……っ……」
急に声が聞こえなくなった仲間を心配した二人の背後には、既に“AGSの断頭台”が忍び寄っていた。解き放たれた殺気に髪を引かれ、振り返った二人の目に映るのは大きな鋏を持った真っ白な髪の死神の姿だった。デバウアーの左右に分かれている刃は、正確に男達が悲鳴を上げる前に首を無慈悲にもぎ取った。
「よう。
最高のタイミングだったぜ、サイント」
ルフトジウムは廊下の血溜まりを出来るだけ踏まないように目を凝らして慎重に歩きながらサイントの貢を労う。
『………』
しかし何故か彼女からの返事は無い。
「?
サイント?」
『どうしましたルフトジウムさん?』
「いや、サイントからの返事がなくてよ。
おかしいな…聞こえてないのか?」
カンダロは少し慌てたようにサイントのシグナルを確認する。しかし、彼女の生体シグナルに異常はなく、唯一吐き出していたエラーは送信機のみだった。
『あっ、確かにサイントさんの送信機からエラーが出でてますね。
これ、僕達の声は相手に届いてますが相手の声がこちらに届いていないパターンですね』
「よし、それなら任務に支障はないな。
任務を続行する。
サイント、引き続き援護を頼むぞ」
-断頭台の憂鬱- Part 7 End
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