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-断頭台の憂鬱- Part 6

カランカラン、と入店を知らせるベルの音が店内に鳴り響く。ドアを開けて中に入ると同時に何とも食欲を誘ういい香りがルフトジウム達の空腹を刺激した。


「いらっしゃいませ~! 

 あら、“AGS”の皆さんじゃないですか。

 いつもありがとうございます」


 キッチンからツカサが手についた水をタオルで拭き取りながら挨拶してくる。ハルサがいない間もちょこちょこと一人と二匹はこの店に通っており、今ではすっかり常連になっていた。

大体一週間に一回のペースで通っているのでツカサもすっかりルフトジウム達が毎回頼むメニューを把握していて、いつものでいいのか聞いてくる。


「いつものヤツでいいぜ。

 そう、それでよツカサ。

 そのー……。

 ハルサは今日は来て…るんだよな?」


皿を洗いながらツカサはあらあらと微笑んだ。


「ルフトジウムさんは何かといつもすぐにハルサですね?

 そんなにあの子がかわいいですか?」


「い、いやそういう訳じゃ…ないことも……無いけど……」


「そういう訳の癖に。

 ふふふ、すぐに来ると思いますよ。

 店長さーん!

 いつもの一人と二匹、いつものやつ入りまーす!」


 キッチンの奥にいる店主がぶっきらぼうに頭を少しだけ下げて挨拶してくる。ルフトジウム達も小さく頭を下げて挨拶するとキッチンの奥から成長したらツカサと同じ声になるであろう高めの声が響いてきた。


「ルフトジウムさんだ!

 わーい!お久しぶりっス~!」


 正直待ち望んでいた声にルフトジウムの心臓が跳ねる。キッチンの奥からパタパタと元気に駆け出してきた小さな狼がルフトジウムにぴょんと飛びついてきた。


「おーおー!

 元気だったか!

 よーしよしよし!!」


その小さくて細い体を抱きとめ、ひとしきり頬擦りしたあとに愛おしそうに頭を撫でてあげるルフトジウム。陽天楼の文字が入った可愛いチャイナドレスを着たハルサは照れくさそうに頬を掻きながらはにかむ。


「へへ、ご心配かけたっス。

 結構しんどかったスけど、もうすっかり病気は治ったっス!」


「結構大変だったのよ〜?

 何回も高い熱を出してね…」


ツカサはルフトジウムがハルサの頰をもちもちと摘むのをニコニコと眺めながらふぅ、と息を吐く。


「ツカサ姉様のお陰でこんなに元気になったっス!」


「私達のご主人もケチらずにお金を出してくれてね。

 本当に良かったわ〜…。

 大体大きな病気になったら獣人は治療されずに捨てられる事も多いって聞くから…」 


「あまり力になれなくてすまなかったな」


「いえいえ。

 私が移ると悪いからっていって断ったんだしルフトジウムさんが謝ること無いのよ?」


「っス!」


「よーしよし可愛い奴め…」


 ハルサの笑顔にすっかり癒されたルフトジウムの耳が垂れ下がる。表情も態度も完全に蕩け切っているルフトジウムと、そんな光景を後ろから見ているカンダロとサイントは半ば呆れた表情を浮かべていたが、すぐにその目は店内の怪しい人間を探るモードに入る。放っておいたら何時までもハルサをルフトジウムが可愛がってそうだったのでカンダロはツカサに予約の確認をする。


「あの、十一時からの予約ありますか?

 名前がオオウナバラビタビタで…」


ツカサは「ん」と眉を顰め、オオウナバラビタビタというふざけた名前の予約があったかどうか考えたが、すぐに思い出したようだ。


「あー。

 ああ、ありますよ〜?

 予約時の希望でちゃんと奥の座席を取ってあります」


一人と一匹はデレデレにデレているルフトジウムの袖を引っ張って、ツカサの案内に従って奥の部屋へと移動する。奥の部屋は店内からもかなり隔離された場所にあり、とても盗み聞きが出来るような場所ではないことは簡単に理解できた。ツカサが静かにドアを開く。小部屋にぽつんと置かれた真ん中のテーブルを挟んだ先には一人の女性が座っていた。


「時間ぴったり。

 流石“重工”の支配する地域に住んでいるだけあるわね」


女性はまるでマスク舞踏会に付けてくるような顔をほとんど隠すマスクを付けていて、体型をすっかり隠してしまうロングコートを着用していた。


「どうも。

 貴女が…えーっと?」


「オオウナバラよ。

 そう呼んで頂戴」


「ふざけた見た目してやがる。

 気に食わねぇ。

 人と会う時ぐらいマスクを外せよ」


ルフトジウムはそう言いながら座布団の上に胡座をかいた。カンダロとサイントもそれに続く。二人の二匹の前に湯気が出るほど熱いお茶をツカサが置いた。


「えーっと、注文は?」


 異様な見た目の女性にもツカサは物怖じせずに注文を聞くが女性は首を振って「私はいらないわ」と言った。チラチラと控え目にその女性をひとしきり見たあと、ツカサはカンダロ達を見て


「カンダロさん達の料理は出来たら直ぐに持ってくればいいのかしら?」


そう尋ねる。


「あ、いえ。

 大体一時間くらい遅れて持ってきて頂いてもいいですか?」


「畏まりました。

 では、ごゆっくり」


カタン、と扉が閉まるとしばらくの沈黙が二人と二匹の間に漂う。何とも気まずい雰囲気だったが、口火を切ったのは切り込み隊長のルフトジウムだった。


「どうすんだよ、カンダロ。

 本当に取引先が存在することが分かっちまったじゃねーかよ」


「…そのようですね」


カンダロの答えにマスクを揺らして女はケラケラと笑う。


「あら、存在から疑われてたの?

 それはかなり心外ね」


「貴女が例の取引先の張本人であるという証拠は?」


サイントが負けじと場を繋ぐ。


「そうね。

 声なんていくらでも変えれるし…目の前でメッセージでも送りましょうか?」


「いや、いいです。

 貴女が存在している事が分かった。

 僕が望んでいた“フェイス・トゥ・フェイス”とは少し違うみたいですが、速やかに話に入りましょう。

 私の部下の片方はこのあと外せない予定があるんでね」


「そうなのね。

 分かったわ。

 そしたら早速話に入らせてもらうわね」


オオウナバラはそう言いながらのたことない場所の見たことない情報が描写されている。


「なんだよこれ?」


ルフトジウムは手袋を外してパソコンの画面をくるくると弄る。その動きに合わせて情報が動く。


「ここはカセイドー飲料水生産会社よ。

 表向きには工場から出る汚染処理水から飲料水を作ってる会社ね」


「ここが何だよ?

 別に珍しい会社でもねぇだろ」


 ルフトジウムは手袋を再び嵌めて、ぶすっとした態度でオオウナバラに尋ねた。オオウナバラは指を左右に振りながら舌を鳴らしてルフトジウムを焦らす。


「ここはとある反企業組織の隠れ蓑になっているのよ。

 反企業組織の幹部の写真がタブを切り替えれば見れると思うけど…。

 見覚えはないかしら?」


大きく画面に表示されたのは片耳がなく、無精髭を生やした四十代半ばぐらいの何処にでもいそうな男だ。当然見覚えのないルフトジウムとサイントだったが、カンダロは違ったらしい。


「カイセイ・ドンタ……?」


思わず彼はボソリと名前を呟いていた。


「あら、貴方は“ここまで辿り着いていた”のね?

 正解よ。

 彼は事件の日マキミ邸で“AGS”J部隊の警備隊長をしていた張本人よ。

 そして事件が起こった翌日に無断欠勤して、そのまま自己都合で退職したわ。

 上司によれば勤務態度は真面目そのもので、目立った問題も無く、どんな同僚とも仲が良かったとか」


「ふーん…」


ルフトジウムはカチカチとパソコンを触ってカイセイの分かっている内容を頭の中に叩き込んでいく。


「離婚して息子を二人育てている…と。

 息子の学校は”重工立第四都市中央中学校”…ね。

 こんな事までつらつらと書いてあんのかよ怖い怖い」


カンダロは目の色を変えてカイセイのデータを読み漁る。自分の持っている情報と比べ、直ぐに出てきている情報が真実だと分かると信じられないと言った面持ちをオオウナバラに向けた。


「どうやってここまで調べたんですか。

 “重工”の支配する地域の警備を任せて頂いている僕達“AGS”ですら初めて聞くような知らない情報ばかりです。

 もし彼を確保して事件当日の話を聞くことが出来たらもっと捜査は早く進みます!」


興奮するカンダロを抑え、ルフトジウムは女を真正面からどっしりと見据えた。


「なぁ、あんた本当に何者だ?」


「私?

 ふふ、オオウナバラよ。

 言ったじゃない。

 私は少しだけ“重工”の内部事情に詳しい、って」


「……俺達に何を望んでる?」


「この男の確保を依頼するわ。

 もちろんこれは“AGS”の仕事の管轄内よ。

 男を確保するための罪状は既に貴方の所の隊長が作成済み。

 明日貴女が出勤したら渡して来ると思うわ」


「準備万端かよ…」


オオウナバラはすっかり温くなっているお茶を一口飲んで唇を湿らせる。


「じゃあよろしくね、“AGSの断頭台”さん?」




                -断頭台の憂鬱- Part 6 End

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