-断頭台の憂鬱- Part 4
「これは……」
「どうだ?」
一抹の望みと期待を込めてサイントの反応を見つめるカンダロとルフトジウムだったが、頼られている当の兎は何とも苦い顔をしていた。サイントはしばらく考え込むように腕を組み、時折何か思いついたようにカンダロとルフトジウムからは何をしているのか全く理解出来ない操作を何度も試みている。端末をルフトジウムの部屋にあった会社支給用のパソコンと繋ぎ、キーボードの音だけが部屋の中にこだまする。
しかし、立て続けに出てくるビープ音とエラーメッセージで、サイントのスキルでもセキュリティに弾かれてしまっているのが簡単に見て取れた。やがてサイントはギブアップと言う様にルフトジウムを見て肩をすくめて見せた。
「先輩…。
正直これをどうのこうのしろって言われても無理です。
これ以上安定してアクセスするとなると電脳接続手術が無いと厳しいです」
「サイントさん!
お願いします何とかしてください!」
無理というサイントに食い下がるカンダロ。ルフトジウムは額に掌を当てて目を瞑った。
「どう転んでも無理なものは無理。
潔く諦めてください。
そもそも“大野田重工”の機密ファイルにアクセスしようとしている段階でおかしいんですよ?
貴方達一体何を考えているんですか?」
サイントは大きく伸びをして、じっと二人の顔を見比べる。彼女の頭から生えているウサギの耳がゆらゆらと頭の動きに合わせて上下左右に揺れる。
「あーあ。
ダメかぁ」
「はい。
ダメです。
先輩、耳触らないでください」
「はー…。
厳しいなぁこうなるとなぁ。
…おやつ食うか?」
「頂きます」
ルフトジウムは冷蔵庫からタッパーを取り出し、サイントに渡した。中に入っているのはオーガニック栽培された獣人用野菜スティックで、二匹の草食獣人はアスパラときゅうりを齧りながら目を細めて速やかに諦めモードに入る。その横でカンダロは悔しそうに体を床に横たえた。
「あーーー!
もう!!
こんな事ならもっとこういう分野を学んでおけばよかった!!
電脳化手術も受けとけばよかったー!!!」
呆れ顔でルフトジウムはカンダロの頭を叩き、ふん、と鼻で笑った。
「お前の頭だと学んでも理解できてねえだろ」
「酷い!
そういうルフトジウムさんだって!!」
「俺は戦闘がすげーからこれでいいの。
こういうことはサイントがやるからよ。
俺は戦闘が出来たらそれでいいの」
「なんなんすかそれ…」
人参を食べ終えたサイントはもう画面も見たくない、という様に端末を閉じると振り向いて後ろにいる山羊に質問を投げかけた。
「先輩、今更聞きますけどいいですか?」
「ん?」
「どうして先輩の部屋に防弾シャッターが降りてるんですか。
机の上に予備の拳銃も置いてあるし。
それにさっきも聞きましたけどこのファイルを開いて何がしたいんです?」
「あー……」
ルフトジウムとカンダロは目を合わせ、この兎を巻き込んでいいのか否かの相談を一瞬で済ませる。
「言っていいんだよな?」
「言いも何も、もうここまで来たら言うしかないですよね。
実際、サイントさんの協力無くして僕達がこの先に行けるとは思いませんし」
「だよな」
ルフトジウムはふむ、と顎に手を当てて今まで起こった出来事を出来るだけわかりやすく噛み砕いてサイントに説明した。
「実は――」
カンダロから見てもかなりざっくりとした説明だったが、サイントにはしっかりと伝わったらしい。まずカンダロの顔を見て、次にルフトジウムの顔を見る。
「え、なんですかそれ。
大丈夫だったんですか?
今時“AGS”の社員をストーカーするなんて図太い連中がいたもんですね」
「ご覧の通りこの馬鹿はピンピンしてるよ」
「ならよかったです」
「良くはないですけどね!?
なんなら実際ストーカー被害に合ってますからね!?」
「うるせーよ。
お前の力不足だろ
で?
お前はどうするよサイント。
この件、一枚噛むか?」
サイントはパソコンの画面をもう一度開き、表示されている“大野田重工”のロゴをじっと見つめる。そして髪の毛で隠れていない左目でじろりとカンダロを見ると眉毛を少しだけ顰めた。
「あのですね。
最悪サイント達は“重工”に捕まって廃棄処分ですよ。
先輩も、サイントも殺されるんです。
カンダロはその覚悟は出来てるんですか?」
「それは……」
言い淀むカンダロ。
「保釈金は戦車が一台買えるぐらい必要になりますよ。
それも一匹ごとにですよ。
サイント達の命を賭ける気概はあるんですか?
バレたらあなたの立場も危なくなる。
もう二度と“大野田重工”支配地域内に入ることは出来なくなりますよ」
カンダロは口をつぐんで下を向く。しかしすぐに顔を上げるとサイントを正面から見据えていった。
「僕はこの調査を最後まで全うしたいんです。
それがどのような結果になったとしても。
だからサイントさんの命も僕に下さい。
絶対にルフトジウムさんもサイントさんも守って見せますから」
彼の真剣な眼差しからサイントは目を逸らして小さく頷く。
「おー!
いいのかよサイント!」
「もう遅いですよ、先輩。
正直このファイルにアクセスした段階でもうアウトなんです。
既にサイントはここまでやったんですから今更後には引けません。
こうなるとトコトンです。
ただこの人の覚悟が見たかっただけなので」
「よっしゃ!
出来るところまでやるだけだな!」
「ありがとうございます、サイントさん!
じゃあ早速ですけど続きをお願いします!」
「分かった…。
明日の出勤に響かない範囲で頑張る…」
既に時刻は真夜中の十二時をとっくに回っている。若干眠い顔をしながらもサイントは再びパソコンと向き合い、内部フォルダへのアクセスを試みた。そんな時だった。
『あらあらあら。
さっきからこのフォルダにアクセスしようとしているのは誰かしら?』
「わぁ!?!?!」
「ん!?」
「ひっ!?」
パソコンのスピーカーからどこか物憂げな女の人の声が流れ出してきたのだ。一人と二匹はびっくりしてパソコンから距離が開くぐらいの所まで下がり、ルフトジウムに至っては拳銃をこの短時間で拾い上げて銃口を向けていた。
『ちょっと待ちなさいな。
そんなに驚かなくてもいいでしょう。
パソコンを撃ってもなんにもならないわよ。
貴方達はえーっと…?』
ルフトジウムはまだびっくりして固まっているサイントに端末のカメラ部分を人差し指で差しながら指示する。
「おい!
カメラ!
カメラの所指で隠せ!」
「へ!?
え、あ、え?」
画面の向こう側にいる女性にはそんなルフトジウムの声が聞こえているらしい。やれやれ、といった声で彼女はやんわりと忠告する。
『もう遅いわよ。
貴方達の姿は既にしっかりと把握させてもらったわ。
“AGS”のカンダロさんに…あら二匹とも戦闘用獣人ね。
そして…あらあらあらあら。
貴女、“AGSの断頭台”じゃない?
…所でほとんど下着姿にも近い恰好してるけどあなた達そういう関係なのかしら?』
「ちげーよ!」
「…………」
サイントはカンダロを前に押し出してその後ろに隠れる。ルフトジウムも出来るだけカメラに映らないように横に移動しながら様子を伺う。カンダロは自分が招いてしまった事態を何とか収集しようと口火を切った。
「貴女はいったい誰なんです?
どうして僕達の事を?」
『それは重要かしら?
貴方達の事は企業データベースから簡単に調べられた。
それだけよ?』
「あぁ……」
何か返事をしようとしたカンダロだったが口から出るのは何とも言えない声だけだ。
「あんたが誰だろうと知ったこっちゃねえけどよ。
俺達の邪魔をするっていうなら先にそう言ってくれよ」
何とも頼りないカンダロに代わって交渉の席に着いたのはルフトジウムだ。彼女は面倒くさいことは全てすっ飛ばして敵か味方かだけはっきりさせようとしていた。
『あらあら、山羊なのに血の気が濃いのね。
それに私は貴方達の目的すら分かっていないのに邪魔をするも何もないとは思わない?」
確かに……と、一人と二匹は静かになる。声の主はそんな雰囲気を理解し、サラリと話を続ける。
「まぁいいわ。
大丈夫、安心して。
私は貴方達の敵じゃないわ。
まあ味方でもないかもしれないけど。
私は貴方達と取引がしたいのよ』
「取引、というと?」
慎重にカンダロが尋ねる。
『実はね。
私もこの事件について調べているの。
でもあいにく外に出れるような状況じゃなくてね。
どうかしら。
私と協力して一緒にこの事件の真実を調べない?』
-断頭台の憂鬱- Part 4 End




