-断頭台の憂鬱- Part 3
特別な調整を施された首切り鋏、デバウアーを操り犯罪者の首を次々と捥ぎ取っていく戦闘用獣人ルフトジウムの持つあだ名、“AGSの断頭台” は下層部のどれだけ知能が低い獣人でも聞いたら恐れ慄くぐらいには広く知れ渡っている。狙われている対象からしたら首をデバウアーで挟み、命乞いしても躊躇いなく高熱で命を焼き切るその姿は山羊の角も相まって悪魔にしか見えないと専らの評判で、何なら何匹かルフトジウムの偽物もいるらしい。
別に彼女自身が好き好んでその殺し方をしている訳ではない。確実に対象の命を出来るだけ苦しませずに取るには首を落とすのが一番だと戦いの中で自己流で悟ったからだ。そんな彼女が珍しく首を落とさないで仕留めたと思っているのが先ほどから名が出ている“大鎌の獣人”だった。
「この俺が仕留めたと確信してるんだぜ。
アイツが生きてる訳がねえだろ。
刃渡り何センチのナイフを腹にぶっ刺してやったと思ってるんだよ?」
「でも貴女にしては珍しく首を落とさなかった」
カンダロのセリフにルフトジウムはうっ、と言い淀む。その一点だけは逃れられない事実だ。
「…当然いつも通り首を落とすつもりだったんだけどな。
出来なかったんだよ。
アイツは身のこなしが素早いからな」
「あれほどの戦闘スキルをどこで磨いたんでしょうね。
ただの傭兵戦闘用獣人で用意できるような武器じゃないですよあれは。
それにあの時の上層部からの命令、余りに急だったじゃないですか」
「それだけ急いでたんだろ。
上層部の連中も」
“AGS”の上層部が直々にF部隊隊長ダイ・セイカを経由してカンダロへと下した指令。それが『大鎌の獣人の完全な排除』だった。上層部からほぼ殺しとも言える指令が出るのは非常に珍しく、前例はほとんど無かったのだがルフトジウムは二つ返事で承諾した。そして彼女は“カテドラルレールウェイ”の列車の上で“大鎌の獣人”と戦い、勝利を収めたのだった。
先ほど「忘れた」とカンダロに言ったルフトジウムだったが、当然彼女はあの瞬間を忘れてなどいなかった。“大鎌の獣人”の腹に深くナイフを突き刺し、自分自身の勝利を実感したルフトジウムを襲ったのは勝利による高揚感ではなく、強烈な脱力感と、落胆だった。自分に生じた感情に戸惑ったルフトジウムは生じた隙を突かれ、結果として“大鎌の獣人”はギロチンから逃れて相棒の猫の獣人と共に深い谷底へと落ちていった。
「排除を報告してからというものの何か上層部には不審な動きがある気がします。
まるで“大鎌の獣人”についてのデータを消させようとしているような…」
「どういう意味だよ」
顎に手を当てて少し考え込むルフトジウム。
「…ん?
ちょっと待てよ、カンダロ。
お前、もしかして俺を疑ってんのか?
俺がわざとアイツを殺さなかったって?」
「そういうわけではないですけど…」
「もし、もし万が一だぜ?
あの高さから生きていたとしても、腹の傷がある以上生き残れる訳ねえだろ。
しかもアイツが落ちた一帯は汚染が特に酷い地域だ。
除染装置が付いてる“カテドラルレールウェイ”の線路から外れて汚染されないわけがねぇ。
死んでるんだよ、あいつらは」
カンダロやサイントには落胆や脱力感といった負の側面を見せることは無かったものの、事実アイツの腹にナイフをぶっ刺してからルフトジウムは仕事に対して身が入らないようになっていた。戦いから長い時間を必要とせず、ルフトジウムはすぐに“大鎌の獣人”を長らく現れていなかった自らの初めての好敵手として認識していたと自覚したのだった。
「これは言葉のアヤなので余り深く考えないで欲しいんですが…。
ルフトジウムさんがわざと首を落とさなかった気がしてならないんです」
カンダロのその一言でルフトジウムの心拍数が上がる。
「へーまたなんでだよ?」
元より感情を御するのが苦手なルフトジウムの言葉に苛立ちと焦りが混じったのをカンダロは見逃さなかった。
「ルフトジウムさんはちゃんと理解している。
心の中では目の前に、殺したはずの“大鎌の獣人”がもう一度現れることを望んでいる。
僕はそう予想しています。
間違ってますか?」
「……チッ」
舌打ちしてルフトジウムは立ち上がるとカンダロと目を合わせないようにして冷蔵庫へと歩く。奥から冷えた合成無添加豆乳を取り出し、獣人用の安酒と混ぜると一気にそれを煽った。
「ルフトジウムさん?」
ルフトジウムは唇の端からこぼれたお酒を腕で拭い、頭を左右に振る。くすんだ白の髪の毛はルフトジウムのまるで翡翠のような瞳を隔し、カンダロからは山羊の表情が見えないように動く。
「…なんだよ。
お前のカウンセラーごっこはもうごめんだ。
要するに何が言いたいんだ?
“大鎌の獣人”が生きている。
殺しを遂行出来なかったのは俺のミスだから、“AGS”を辞めろってか?
企業に捨てられた獣人のセオリー通り、下層部の人間の慰み者になれって?」
バキッ、と何かが割れる音が部屋に響く。カンダロが音の発生源を見ると、ルフトジウムが握っていた強化合成プラスチックのコップがばらばらに砕けていた。そのまま視線を上に移すとルフトジウムのギラリと光る瞳がカンダロを正面から睨みつけている。
「…………」
その目には殺気が籠っていてカンダロはまるで蛇に睨まれた蛙のように体が動かなくなった。しかし彼は恐れるわけにはいかなかった。前に一歩踏み出してルフトジウムに自分の要望を伝えなければならなかった。
「言いてぇ事があるならさっさと言え。
俺はそういう回りくどいことが嫌いなんだよ」
そんな事を言いながらもルフトジウムはカンダロに図星を指摘され、必死になって場を流そうとしている自分自身に気が付いていた。割れたコップをゴミ箱に捨て、新しいコップにもう一度合成無添加豆乳と安酒を混ぜ喉に流し込む。
「僕はそんな事言うつもりはありません。
それに貴女の怒り方から上層部から特別な命令を受けていないこともわかりました。
僕はただ手伝って欲しいだけです」
「手伝う?
命令すればいいだろう?
お前は俺の飼い主なんだからよ」
手に持ったコップを投げつけて来そうなルフトジウムに対してカンダロは訴える。
「あんまり命令するのは好きじゃなくて。
何より、僕一人の力ではもう限界だから助けてください。
“大鎌の獣人”の動機と、研究室長の死についてどうしても僕ははっきりさせたいんです。
それにルフトジウムさん、最近仕事がつまらなそうじゃないですか。
元気がないじゃないですか」
「……………」
ルフトジウムはコップを流しに置くとふう、と息を吐いた。カンダロはどうやら“大鎌の獣人”のネタを使ってルフトジウムを焚きつけたかったらしい。下手くそな芝居まで打って、言いたかったことが『助けてくれ。その為に元気になってくれ』の一言だ。それと同時にルフトジウムがひた隠しにしていた落胆や脱力感がカンダロには透けて見えていたことが判明した。
「ふざけんな……」
ルフトジウムはそのままよろよろと布団まで移動するとごろりと寝転がり、脇に置いてあったかわいい遺伝子変換寿司ネタ魚類のぬいぐるみを一つ取ってぎゅっと抱きしめて精神の安定を図る。この十五分間で情緒を搔き乱されたルフトジウムはすっかり疲れてしまっていた。
「あの……」
「なんだよ」
気まずい雰囲気にも怖気ず、カンダロは一度途絶えてしまったルフトジウムとのコミュニケーションを図る。
「返事は…?」
「はぁ…」
ルフトジウムはぬいぐるみを抱えたまま大きくため息をついた。
「お前…馴れ馴れしくなったよな。
まぁ……いいぜ。
分かったよ。
手伝ってやるよ」
照れ隠しにぬいぐるみで顔を隔しながら山羊は答えた。気が付けばきちんと部下の獣人の気持ちまで汲み取れるようになっているカンダロを少しだけルフトジウムは見直してやることにした。
「やった。
じゃあ早速何ですが、これ見てもらえます?」
「んあー…。
面倒臭いなぁ」
埋めていた顔をぬいぐるみから抜き、ルフトジウムはカンダロが見せてきた画面を目に入れて息を呑んだ。
「!?
お前、何しようとしてんだ…」
そこにはデカデカと“大野田重工”の社章が刻み込まれていた。どうやら彼は“大野田重工”
相手に何かをしようとしているらしい。
「例の事件について“AGS”のデータベースをゴリゴリ探っていたらなぜか出てきたんです。
これ、めっちゃ不思議じゃないですか?」
「ちょっと待て。
一応、サイントを呼んだ方がいいぞこれ…。
俺こういう電子系は全くわからんからな」
-断頭台の憂鬱- Part 3 End




