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-断頭台の憂鬱- Part 1

 遥かなる天へと延びるサーチライトの青白い明かりと、赤や緑、黄色が混じった電光掲示板のカラフルな光が混じり合って濁流のようにビルとビルの間を流れている。まだ午後五時にも関わらず大野田重工本社都市は雨雲が太陽光を遮る影響ですっかり夜の闇に浸かっていた。真っ黒な雲から降り注ぐ汚染物質が多分に含まれた黒い雨がしっとりと都市を濡らし、下層部へゴミと一緒に流れ込んでいく。無計画に建てられた超高層ビルの上に聳え立つ鳥居や五重塔の発するネオンに照らされたバイオ桜の花弁が嵐に便乗して舞う中、一人の男が壁に手をついて息も絶え絶えに逃げていた。


「はぁ…はぁ…」


 破損した身体部分から込み上げてくる痛みと次第に熱を発さなくなっていく体を押さえ、男は後ろを何度も振り返りながら出来る限りの速度で逃げる。

 そんな男の前に一匹の戦闘用獣人が濃い影から溶け出したようにスッと立ちはだかった。


「…なぁ、お前さぁ。

 いい加減に観念しろよ。

 俺、明日の予定があるから早く帰りてぇんだよ。

 これ以上長引くのは御免蒙るね」


「はぁ…はぁ…くっそ…。

 も、もう来やがったのかよ…」


「あんまりに早いんでビビっちまったか?

 お前一人追い詰めるくらい朝飯前…いや今日は晩飯前か」


特徴的な青色のレインコートを雨に濡らしながら戦闘用獣人は首の骨を鳴らした。


「てめぇ……!

 俺の組織を壊滅させといてなんなんだよ!

 てめえの晩飯の心配か!?

 舐めやがって、この“重工”の犬が!」


 男は傷口からブルーブラッドを垂れ流しながら、目の前に立ちはだかる白髪の死神へと悪態をついた。男の左腕は抵抗できないように根本の基盤部から強い力で根こそぎ引きちぎられ、更に機械で出来た顔の半分はまるで猛禽類に握りつぶされたようにぐしゃぐしゃになっていた。


「まぁもう聞き飽きた悪態だが一応言っておく。

 俺は“犬”じゃなくて“山羊”なんだよなぁ…」


雨が刃に当たりじゅっと蒸発する音を絶えず立てているデバウアーを回しながら、ルフトジウムは涼しい顔でポケットの入れ物からアスパラを取り出して一口齧った。


「ん、今日のは筋が多いな…。

 調理担当め、ちゃんと皮の処理をしたのか?」


「ふざけんな!

 俺たちはただただ平和に生きてた!!

 なんで“AGS”のお前達にその平和を邪魔されねぇといけねぇんだ!

 ぶっ殺してやる!!」


 男の残った右腕に仕込まれていたマシンガンが展開するとルフトジウムへと目掛けて弾を吐き出した。アスパラを咥えたままルフトジウムは面倒くさそうにデバウアーを斜めに構え、飛翔してきた銃弾をいとも簡単に弾くとそのままデバウアーで男の首をバチンと挟み込む。


「ぐっ……!」


「人間の癖に山羊より馬鹿だな。

 お前らクズが平和に生きる為に“下層部”の人間とか獣人を薬漬けにしていいわけじゃねえだろ。

 少しは考えろ、その馬鹿な頭で」


男は残った右腕で鋏を何とか押し返そうともがく。しかし戦闘用獣人のルフトジウムが持つ鋏はビクともしない。


「まあ、もう考える頭も無くなるんだけどな」


 そんなコメントを吐き捨て、ルフトジウムは鋏を持った腕に少しだけ力を込める。かなりの高熱を発しているデバウアーの刃はなんの抵抗もなしにまるで豆腐を切る包丁のように男の頭をすとんと切り落とした。ごろんと濡れた地面に恐怖に歪んだ男の顔面が転がる。


「先輩、お疲れ様です。

 流石“AGSの断頭台”の名に恥じぬ殺し方です」


「そりゃ褒めてんのか?」


転がる男の顔面をまるでサッカーボールのように踏みつけ、一匹の兎の戦闘用獣人が降りてきた。両手に持った二丁拳銃をホルスターにしまいながら、ゆっくりとルフトジウムへと近づいてくる。


「当然、褒めてるに決まってるじゃないですか。

 ああ、それと組織の残りのメンバーは全員捕まえました。

 これでこの組織はほぼ壊滅です」


「そうか。

 んで、カンダロとバチカチームは?」


『安さと品質で選ぶなら大野田薬品!

 貴方の生活を守ります。

 新発売の特殊泡立て洗剤により貴方の衣服をしっかり洗濯!

 もうチクチクに悩まされません!

 大野田グループは都市に住む皆様にご安心を――』


低空に浮かぶ広告用気球が上空を通り過ぎ、放たれているライトと宣伝の音声に目を細めながらサイントは答えた。


「先輩が壊したビルの損害を数えてます。

 報告書にまとめないといけないからだとか」


「今回は俺っていうかバチカチームの連中が悪いだろ。

 俺はそんなに壊してねぇぞ」


「先輩も結構壊してましたよ」


「…あんなオンボロビルに価値があるとは思えねーけどな。

 まあ任務を遂行する時に何かを壊したら保証するのは当然だからな。

 カンダロには頑張ってもらおう」


 ルフトジウムは目の前に広がっている都市を見てふぅ、とため息をついた。何台もの“AGS”の車両が止まるビルがここからも良く見える。距離にしておよそ五百メートル。よくまぁここまで逃げたものだ。


「人間は大変ですね。

 与えられた事ではなく、奪われた事ばかりを騒ぎ立てる」


「獣人の俺達は常に奪われる側だから分からねー感覚だよな。

 まぁこういう損害を数えるのも俺達の飼い主の仕事だ。

 特にカンダロは戦闘では全く役に立たねえんだからこれぐらいさせとけ」


ルフトジウムは口の中に残ったアスパラの筋を吐き捨てるとデバウアーを肩に背負い、サイントに帰るぞ、と合図を送る。死体回収依頼のビーコンをサイントはすぐに展開し、二匹はカンダロの待つ車両へと歩いていった。




      ※   ※   ※




「そんで最後に俺様がばちーんと、一発決めたって訳だ。

 今回も中々手ごわかったんだぜ?

 まぁ俺にかかれば余裕だったんだけどよ!」


『おー!

 となると、三か月ぐらいの長期任務にやっと決着が付いたんスね?

 ルフトジウムさんお疲れ様っス!』


「いやー疲れた疲れた。

 お疲れ様っていえば、お前だぜ。

 やっと病気が治ったって聞いて安心したぜ。

 ツカサの野郎がずーっと入院してるって言うからよー。

 病気が移るといけないからって病院も教えてくれなかったしよー」


風呂上り、火照る体を下着だけで冷ましながらルフトジウムはバスタオルで頭を拭きつつ、電話を繋いでいた。相手は中華屋陽天楼で働く小さな狼の獣人、ハルサだ。


『へへ、ごめんっス。

 でもちゃんとメッセージは返してたじゃないっスか~』


「俺との電話は中々出来なかっただろ?

 だから俺お前のことがずっと心配でよ。

 飯も喉を通らなかったんだぜ?」


『痩せたんス?』


「痩せてねぇ。

 むしろ心配しすぎて暴食したから少し太った」


『喉を通らないって言ってたのにそんな事あるっス!?』


自分の腰から小さく生えている尻尾をバスタオルで包み込んで拭きながらルフトジウムは自動ドライヤーのスイッチを入れた。


「ああ、明日仕事終わったら店行くからよ。

 ちゃんと元気な顔見せろよな」


『了解、待ってるっスよ~!

 あ、姉様が呼んでるっス。

 じゃあルフトジウムさん、また明日っス!』


「おうよ~」


 電話を切るとルフトジウムは自動ドライヤーに髪を乾かされるのをじっと待ってからベッドに倒れこんだ。そして端末を取り出してカンダロの提出した報告書に目を通す。第一の貢献者の欄に自分の名前があることを確認してほっとしたルフトジウムは疲労が残る体をぐしゃぐしゃのシーツに潜り込ませた。テレビの電源を入れ、ぬいぐるみを一つ抱っこすると仰向けになって今日の報告書の続きを読む。“大野田重工本社都市”の下層部を長い事汚染し続けていた電子ドラッグ組織の検挙は“AGS”始まって以来最大規模の作戦となった。組織関係者の生死問わずの状態で行われた作戦は組織関係者の約半数を殺し、拠点になっていたビルを破壊し尽くす程の規模になっていた。

 今日何人の首を刎ねたんだっけなー、とぼんやりした記憶を数えはじめたルフトジウムの思考を邪魔するようにカンダロから連絡が入ってくる。


「チッ」


『もしもし、お疲れ様です。

 カンダロです』


「知ってるよ。

 なんだよこんな夜に。

 俺はプライベートを楽しんでるんだが?」


『あっ、すいません。

 少しお話したいことがありまして』


「?」


『今からお伺いしてもいいですか?』


「今からァ!?」






               -断頭台の憂鬱- Part 1 End

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