-作られた命、自然の村- Part Final
「…にゃ。
まあ、そう言うと思ってたのにゃ」
ラプトクィリは横になったままエクロレキュールの方を見ようとせずにただ静かに答えた。しんとした静寂から産み出される気まずさが容赦なくエクロレキュールの白い肌に刺さってくる。エクロレキュールはぎゅっと拳を握りしめ、しょんぼりとしたままただただ申し訳なさそうにソファーの上で横になっている彼女の背中に向き合い続ける事しか出来なかった。
「………ごめんなさい…です…」
曇った表情のエクロレキュールはラプトクィリの背中から伝わってくる落胆の気持ちを当然察知していた。先ほどまで任務達成によってボーナスが支払われると喜んでいたラプトクィリへ掌を返したのだからその反応も致し方ないだろう。
「もしよかったら理由を聞かせてほしいのにゃ」
「……………」
「そんなに言い難い事なのかにゃ?」
ラプトクィリの語気が荒くなり、赤毛の尻尾が荒々しく左右に振られる。明らかに不機嫌になっているのが尻尾からも伝わってくる。エクロレキュールは言うべきか少し躊躇い、蚊が飛ぶような声でなんとか絞り出した。
「ハルサが…危険かもしれないから…です…」
面食らったのはラプトクィリだ。
「へ?
どうしてハルにゃんが…?」
エクロレキュールは立ち上がると静々と眠るハルサの側へ移動した。そしてハルサの額に手を当て目を瞑る。
「ん…ぅ……」
スヤスヤと眠るハルサは額に手を当てられても珍しく起きない。信頼できる二匹――ラプトクィリとエクロレキュールが側にいるので、安心しきって深く眠っているようだった。ラプトクィリは体を起こすと椅子に座り直し、エクロレキュールが何をしているのか観察する。しばらくエクロレキュールはハルサの額に手を当てたままじっとしていたがやがて手を放すと少し悲しそうな表情でラプトクィリの方を向いた。
「……にゃ?」
「ラプト。
“ギャランティ”ってさっき言った…です…?」
「そうにゃけど…?」
「………ワタクシからは上手く言えない…です……。
けど、とにかく気を付けて…です…」
「何ともふわっとしてるにゃ…。
でも、それがボク達と一緒に来れない理由にゃ?」
エクロレキュールは唇を一文字に結び、強く頷いた。ラプトクィリはこのまま理由を問い詰めてやろうか、と思慮を巡らせていたのだが龍の真剣な眼差しはハルサを心配している気持ちが嫌というほど伝わってきて、猫ならではの強い好奇心を萎えさせた。
「……そうかにゃ。
分かった、分かったのにゃ」
「ごめんなさい…です…」
ラプトクィリは鼻から大きく息を吐いて、少し呆れたような表情をしながらエクロレキュールを諭すように軽く言葉を繋いだ。
「にゃー、なんで謝るのにゃ。
エクロの人生はエクロの物なのにゃ。
ボク達の任務の為にエクロが嫌な所へ連れていくわけにはいかないのにゃ。
だから謝らなくていいのにゃ」
「…!
あ、ありがとう…です……」
「それに、ボクは猫だから気まぐれな気持ちも理解できるのにゃ」
ぱっ、とエクロレキュールの表情が明るくなる。ラプトクィリは一瞬空気が柔らかくなったタイミングで軽い冗談を吐く。
「何より“ギャランティ”の飯はここの飯よりまずいのにゃ。
というかここのご飯はレベルが高かったのにゃ。
あのまずさ、ボクですらギリギリなのにエクロが耐えれるわけないのにゃ」
ラプトクィリの頭に浮かぶのは合成肉や合成魚を出来た油でギットギトになるまで揚げ、バイオ塩コショウをしこたまかけた料理とはとても言えない“ギャランティ”の食堂の定番メニューだった。
「そう…かもしれない…です」
「マジでやべー味なのにゃあれ。
化学調味料の味しかしねーのにゃ。
お腹壊してトイレから出てこれないエクロなんて見たくないのにゃ」
「ふふふ…」
「さて…」
ラプトクィリは立ち上がると、机の上に置いていたシルクハットを手に取った。
「レディースアンドジェントルメン。
今からこのラプトクィリが特別なマジックを披露してやるにゃ」
「?」
「ここにあるのは何の仕掛けもないただのシルクハットにゃ。
ボクが魔法の杖でえい、と叩くと…あら不思議にゃ」
得意げにラプトクィリが慣れた手つきでシルクハットをとんとんと叩き、ベッドの上でひっくり返すと、中からとてもシルクハットに収まっていたとは思えない程のお菓子と飲み物、更に酒までもがベッドの上に落ちた。
「わあ…!
すごい…です…!」
小さく拍手するエクロレキュール。
「残り少ない時間、一緒に楽しむのにゃ。
食べ物も少しはあるし、小さなパーティぐらいは出来るのにゃ」
「ハルサも起こす…です…?」
「ハルにゃんが好きなのはまだシルクハットの中に残ってるにゃから安心するのにゃ。
先にボク達だけで始めちゃおうなのにゃ」
※ ※ ※
「そっか、じゃあエクロは来ないんスね…」
「ごめん…です…」
「ん……それなら仕方ないっスよね。
来る、来ないは私が決めれる事じゃないっスから。
まぁ、当然残念っスけどね」
“ギャランティ”からの迎えの船が入口で砂埃をもうもうとたてながら着陸する。エクロレキュールはハルサががっかりするかと思って小さな三匹だけのパーティ中も、別れの際の際まで「行かない」とハルサに伝えるのを躊躇っていた。しかしその心配は杞憂だったようで、ハルサはさっぱりとエクロレキュールの同行を諦めた。
「怒らない…です…?」
「へ?
逆になんで私が怒るんス?」
頭の上にハテナマークを浮かべながら首を傾げるハルサ。余りにもあっけらかんとしたその態度に逆に戸惑ったのはエクロレキュールだった。困って立ち尽くすエクロレキュールの肩をポンとラプトクィリが叩く。
「ほーら、言ったのにゃ。
ハルサはすぐに受け入れてくれるにゃって。
エクロが心配しすぎなのにゃ~。
ボク達はもう友達にゃからそんなに気を使う事ないのにゃ」
にゃはは、と笑うラプトクィリ。談笑している三匹に対して出発するから早く乗るように、とパイロットが呼びかける。
「おーい!
ハルサ、ラプトクィリ!
早くしろ!
ここは企業間戦争で不安定な地域なんだ!」
手を振るパイロットに答え、二匹はエクロレキュールに正面から向き合った。
「じゃあ、ボク達行くにゃ。
エクロ、元気でにゃ」
「はい…です…。
二人とも…お元気で…です!」
「また遊びに来るっスよ!」
三匹は最後に抱き合い、ラプトクィリとハルサは船に乗り込んだ。ドアが閉まる直前にエクロレキュールは一言、ハルサに投げつける。
「ハルサ…」
「ん?
なんスか?」
「次は…お腹に傷を負ってない状態で来て欲しい…です」
それを聞いたラプトクィリは吹き出した。
「にゃははははは!!
ハルにゃん!いっぱい食わされたのにゃ!」
「エクロ~~!!
こいつ!!
中々言う様になったじゃないっスか!!」
「ふふふ……」
二匹が乗り込むと船はすぐに出発した。次第に高度をあげ、窓から手を振る猫と狼に手を振り返すエクロレキュール。地平線から出たばかりだったはずの太陽はいつの間にかもうすっかり傾き、夜の気配がもうそこにまで迫っていた。エンジンの引き起こす風がエクロレキュールの細く、長く真っ白な髪を揺らす。夕焼けの赤と夜の紺色が混じり合った世界に真っ白な龍の少女はただ一人空を見上げた。二匹が乗った船はエンジン音を強く響かせるとすぐに小さくなり、夜の闇に紛れて見えなくなった。
「ハルサ…。
貴女は……。
どうか……どうか無事に…また会えますように…」
さっきまでハルサとラプトクィリがいて騒がしかった空間に静寂が戻る。エクロレキュールは鼻歌を歌いながら少し歩くと地面でまだ動いている“鋼鉄の天使級”のライフルを拾い上げる。エクロレキュールの体から赤い雷がライフルへと流れると、それに呼応するかのようにライフルからコードが伸び、エクロレキュールの体に纏わりつく。やがてライフルはその形を崩しエクロレキュールの体の中に溶けて飲み込まれていった。
-作られた命、自然の村- End
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