-作られた命、自然の村- Part 30
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グンジョウと大野田重工部隊、更には“鋼鉄の天使級”の襲撃を立て続けに受けたジオフロントだったが、遺跡と呼ばれているだけあってまだ辛うじて入口は形を保っていた。エクロレキュールが紅い雷で入口の瓦礫を吹き飛ばし、三匹はまだ生きている住民の探索に向かう。グンジョウが避難しろ、と忠告した通り獣人の住民たちはみんな中で大人しくしているのだろうか。
「にゃ~…」
「あちこち崩れてる…です……」
「誰かいないっスかー!」
ハルサの出した大声は電気が消えて真っ暗になった廊下内部にワンワンと響くだけだ。それに対しての返事は当然あるはずもなく、廊下を歩く三匹の足音だけがコツコツと響いている。
「みんなどこ…ですか…?」
心配のあまり幽霊のようにか細い声でエクロレキュールが呟く。ぎゅっと自分の胸の前で手を握るエクロレキュールの背中をラプトクィリは軽く叩いて安心するように促す。
「大丈夫にゃ。
みんなきっと賢く生き延びているに違いないにゃから」
自分達を長い間匿ってくれた強かな村の住民の顔を思い出しながらハルサ達は先へと進む。
「そう…ですよね…」
エクロレキュールは自分自身を納得させるようにもう一度小さく呟く。
「システム的にはどうっス?」
獣の耳を動かして周囲の音を聞くハルサ。ハルサの耳は当然狼並みによいのだがその耳でも住民の声や息遣いは全く聞こえてこない。三匹が寄り添って話しながら歩く声しかその空間には響かず、エクロレキュールの顔色は一歩歩くごとにどんどん悪くなっていった。そんな彼女の様子が心配になった矢先、ラプトクィリが小さく声を上げた。
「にゃ!
よかった、安心するのにゃエクロ。
一か所だけ電力を使っている場所があるのにゃ~」
「本当…ですか…!」
ぱぁっとエクロレキュールの表情が明るくなった。
「ここの廊下の一番奥の倉庫だけがドアを閉めるのに電力を使っているみたいにゃ。
避難して立てこもるには確かに食料も必要にゃからにゃ~。
みんなちゃんと考えて避難しているみたいでよかったのにゃ」
機械の耳を触り、ラプトクィリがエクロレキュールにありのままを伝えてあげた。
「みんな…無事…!
よかった…です…」
「にゃ!?」
我慢できなくなってパタパタと走り出したエクロレキュールはラプトクィリとハルサを追い越して一つ目の角を曲がって見えなくなる。ハルサとラプトクィリはエクロレキュールの気持ちを噛み締めながら、あえて彼女と住民との再会を邪魔しないように歩いてその後ろを追いかけた。
「よかったっスね。
エクロからしたらあの住民はみんな家族と同じっスから。
例え一匹だけでも生きていると嬉しいに決まってるっス」
「にゃ~。
それはボク達からしても同じなのにゃ。
ボク達をこの村に受け入れて、可愛がってくれたのは紛れもない事実なのにゃ」
「そうっスよね。
…倉庫内のだれか痛み止め持ってないっスかね?」
「にゃはは。
きっとあるにゃ、あるにゃ。
にゃんといってもこの先の部屋は“緊急用食料保管倉庫”なのにゃ。
ありとあらゆる物資があるに決まってるにゃ。
にゃけれど…。
住民みんなはこれから新しい住居を探しに行かないといけないのにゃ。
もうここは使い物にならにゃいだろうからにゃ~。
みんなの旅路に幸があるといいのにゃ~」
ハルサはそういえば、と話を切り出す。
「私達の任務はエクロを“ギャランティ”に連れていくことじゃないっスか。
エクロ、来てくれるっスかね?
というかみんなで“ギャランティ”に来れば解決じゃないっスか!?
任務も達成だし、住民みんなは新しい住居を手に入れれるし!」
興奮気味に話すハルサの頭をラプトクィリは撫でてあげる。
「にゃ~。
ハルにゃんは本当に優しいのにゃ」
「へへ!
みんなが生きていてくれたら私やラプト、エクロ、そしてグンジョウも戦った甲斐があるってもんっスよ!
そしてみんなで“ギャランティ”で暮らせばいいんスよ!」
「それ、いい案かもしれないのにゃ。
早速ボクの上司に報告してみるのにゃ」
ハルサとラプトクィリの二匹は穏やかに話しながら笑う。戦闘後の束の間の平和を楽しむ権利は二匹にもあった。ハルサはコートに開いたいくつかの穴を気にしつつ、こんな長期間留守にしたことを姉になんて言い訳すればいいのかを考える。きっとツカサはすごい剣幕で怒るだろう。そしてそのあとハルサの大好物が沢山並んだ食卓に座るように促してくるだろう。アイリサ博士とツカサとラプトクィリとエクロレキュールと…。一人と四匹で幸せな食卓を囲むことが出来たらそれに越したことはない。
「ラプト。
私が家に着いたときなんスけど…」
「あぁぁああぁ!!!!」
「にゃ!?」
「!?」
激怒するツカサを宥める役割をラプトクィリに依頼しようとした矢先、廊下中にエクロレキュールの悲鳴が大音量で響き渡った。ハルサとラプトクィリは驚きから全身の毛を逆立てお互い顔を見合わせて、すぐに走り出す。
「エクロ!?」
「どうしたのにゃ!?」
二匹が曲がり角を曲がった先にある大きな扉の前でエクロレキュールはへなへなと座り込んでいた。部屋の入口には“緊急用食料保管倉庫”と書かれており、ラプトクィリが言った通り住民全員が逃げ込むには十分すぎる大きさがある事を証明していた。扉は既に開いており、ハルサはエクロレキュールに近寄って声をかける。
「大丈夫っスか?
一体何が?」
「ハルにゃん…」
エクロレキュールが震えながら指差し、ラプトクィリが声を低く静かに扉の中を見るように促す。ハルサが視線をエクロレキュールから扉の中に移すとエクロレキュールが悲鳴を上げた理由を瞬時に理解して絶句した。十秒ぐらい経って、ハルサの固まった思考回路はようやく動きはじめる。
「こんな……こんな事って…あっていいんスか…」
「…………酷いのにゃ」
扉を開けた先では、沢山の獣人が壁や棚にもたれ掛かって倒れていた。そして全員が漏れなく死んでいた。小さな子供も両親に抱かれるようにして眠るように事切れており、死は倉庫にいた全員へ区別なくばら撒かれたようだった。
「なんで…です…か…」
床に座り込みながらエクロレキュールがすすり泣く。基本陽気なラプトクィリですら、エクロレキュールになんと声をかけてあげればいいのか分からずに黙り込んでしまった。しばらく沈黙がその場を支配する。何とか場を繋ごうとハルサが絞り出したのは、この状況に陥った理由を知ろうとする何とも空気の読めない質問だった。
「で、でも原因はなんスかね?」
泣いているエクロレキュールは答えない。代わりに神妙な面持ちをしたラプトクィリが答える。
「…簡単にゃハルにゃん。
換気口をよく見るのにゃ」
換気口にはキラキラとした水色の粒子が幾つかへばり付いていた。
「“鋼鉄の天使級”の汚染物質にゃ…。
彼らは多分、換気扇のスイッチを押しちゃったのにゃ」
ラプトクィリはそういうとイライラと床に落ちていた石を蹴り上げた。
「ぐすっ…どうして…です…。
こんな…事って…」
「エクロ…」
彼らはグンジョウに逃げろと言われた後、我先にとこの倉庫へ逃げてきたのだろう。そして直上で起こっている戦闘が発する音に強い不安を感じたに違いない。換気口から伝わってくる音を頼りに少しでも外の状況が知りたかったのか、閉塞された空間がもたらす息苦しさが我慢できなかったのかそれは分からない。彼らは“鋼鉄の天使級”の存在を知るはずもなく、換気扇のスイッチを押したのだ。雪となって降り注いだ汚染物質は経年劣化で傷んだフィルターを簡単に素通りすると雪の体裁を保ったまま倉庫内へと到達したのだった。
「うぅ……」
ラプトクィリはエクロレキュールの横を通って扉を速やかに閉じると、これ以上汚染物質が広がらないように厳重に扉をロックする。エクロレキュールがようやく泣き止んだのはそれから一時間後ぐらいの事だった。その間ハルサもラプトクィリも一言も発さず、ただただ龍娘の背中を叩いたりしてあげることしか出来なかった。
-作られた命、自然の村- Part 30 End
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