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-作られた命、自然の村- Part 29

「大丈夫っスよ」


「良かった…です…。

 みんなを守れて……」


 エクロレキュールはそう言いながら持っていた大きなライフルを投げ捨ててハルサをぎゅっと抱きしめた。


「わっ、ぷ!」


見た目から想像していたよりも力強く抱きしめられたハルサはエクロレキュールの手が震えていることに今ようやく気が付いた。彼女は戦うには優しく、そして臆病だった。しかし、彼女が精一杯勇気を振り絞って“鋼鉄の天使級”を始めとした敵に立ち向かった証拠でもあった。


「エクロ、エクロ!

 と、とりあえず!

 ラプトが怪我をしたっス!

 頭から血も出てて…」


ハルサはエクロレキュールの腕の中でもごもごと今の状況を説明する。


「分かった…です。

 そっちは任せろ…です…」


「お願いするっス。

 絶対に助けてほしいっス…」


「大丈夫」


 エクロレキュールはハルサを放し、ビルの中にコートを被せられたまま横たわっているラプトクィリの元へと駆け寄っていく。パタパタと走って行く純白の龍娘の背中を見送ると、ハルサは盾となってボロボロになっていたアメミットを持ち、ガラクタのように倒れている一人の男の元へと向かった。


「グンジョウ……」


グンジョウはハルサが近寄ってくるのに気が付くと微かに顔を向けた。


「どうして…。

 どうして、私を助けたんスか?」


 ハルサはグンジョウとの距離をじりじりと詰めていく。ハルサの折れた左腕の痛みはアドレナリンが切れた今、徐々に強さを増してきていた。ハルサは折られた腕の当てつけのようにポケットの中に少しだけ残った痛み止めを口の中に入れ、ガリガリと噛み砕いて飲み込む。小さな狼は主人を失って困っている犬のようにぐるぐるとグンジョウの周りを歩き回るしかなかった。


「よ…お……。

 生きて……よかった……。

 はは…」


 ハルサはグンジョウの半分以上無くなった機械の体を視野の中に入れる。“鋼鉄の天使級”が吹き飛ばしたグンジョウの外殻から見える人工心臓は鼓動の度にブルーブラッドをボトボトと零している。人工心臓にエネルギーを供給する動力炉は完全に重要部分を損傷し、停止していた。素人さながらサイボーグの仕組みを理解しているハルサが見ても、彼の状態は予備部品がない限り助かる見込みはなかった。


「答えになってないっスよ」


「何…しみったれた顔して…よ…。

 人間…嫌いの癖……に…」


彼の発する声には徐々にノイズが混じり始めていた。唯一グンジョウに残った生体部品である脳に酸素が行き届かなくなった証拠であり、もうすぐ人工心臓が止まる前兆だ。


「別にしみったれた顔なんてしてねぇっスよ。

 あんたが死ぬならせーせーするっス!」


「ははは……」


 笑うグンジョウ。しかしその表情には苦痛が見えた。胴体の半分を失っても死ねない。けれども痛覚はある。迫りくる痛みと酸素不足から来る苦しみが彼を二重に締め上げている事は想像に難くない。ハルサは笑っているグンジョウの心境を理解できず、ぐっと唇を噛み締めると絞り出すように話しかけた。


「……苦しくないっスか?」


 狼はそう言いながらアメミットの柄をしっかりと握りしめる。グンジョウは目だけを動かし、ハルサの持つアメミットを見て小さく微笑む。拍子に彼の口の端からブルーブラッドがとぷりと零れ落ち、地面に染み込んでいく。


「お……?

 介錯…して…くれ…のか?

 はは……。

 頼む…よ……」


 当然介錯など冗談のつもりだったハルサだったが、グンジョウは本気らしい。彼は冗談で済ますつもりなど無かった。最後のエネルギーを振り絞り、まだ胸からぶら下がっていたペンダントを残った片手で千切り、それをハルサに向かって差し出してきたのだ。


「――本気なんスね?」


「ああ……」


目の前の男が自らの死を受け入れた瞬間だった。ハルサは覚悟を決めてブルーブラッドがたっぷり付着したペンダントを受け取ってしっかりと握りしめる。


「ペンダント…。

 俺の…子供に…渡し…れ…。

 頼……だ…ぜ。 

 住所は……写真のう…に…ある…か…よ…」


 彼の声は既に弱々しく、ハルサですら耳を澄まさないと聞き取れないようなレベルになっていた。ハルサはペンダントを落とさないよう手に巻き付けて頷くと、アメミットを持ち上げて鋭い先端を彼に向けた。どこまでも澄み渡るような青空と太陽の光がアメミットの刃に反射して煌めく。


「さあ、グンジョウ。

 祈れっスよ。

 貴方は祈ることが出来るんスから」


 ハルサは歯を食いしばって最後に憎まれ口を叩いた。自分自身を鍛えてくれた師匠の命をここで奪う。一度敵として戦ったとはいえ、グンジョウはハルサにとって戦闘技術の向上に寄与してくれた大切な人間の一人だった。


「ははは……。

 祈ること…すら…知らない獣…が…」


最後にグンジョウは笑う。ハルサはアメミットを大きく振りかぶった。


「ハルサ…。

 ありが…うよ…」


 アメミットの灼熱の刃はいとも簡単にグンジョウを苦しみから解き放った。彼の顔は苦しみや恨みに満ちたようなものではなくどこか満足したような、やり残したこともない、正に理想の表情だった。ハルサはグンジョウだった機械の塊に近寄り、唯一の生体部品が詰まっていた部分を機械の体から取り外す。たっぷり二十分程かけて太ももの短刀を使って地面に穴を掘ると、そこへ部品を入れ土をかけていく。


「なにがありがとう、っスか。

 私はあんたから感謝されるようなことなんて一つもしてないっス。

 人間って本当に分からないっスよ。

 自分勝手で、苦しんで、アホみたいじゃないっスか。

 だから嫌いっス…」


 ハルサは胸の中に溜まったモヤモヤを吐き出そうとして悪態をつきながら埋めていく。埋め終わるとグンジョウの船に近寄って行った。手についた土を払いながら船のコックピットからグンジョウの言っていた写真を見つける。写真を手に取り、裏返すと彼の家族が住んでいるであろう住所が走り書きで書いてあった。グンジョウの家族写真は正に理想の家族と言える程に幸せそうで、その幸せをたった今奪い去り、壊したという罪悪感をハルサに押し付けてきていた。


「死を望んだのはグンジョウっスから…。

 私じゃないっスから…」


「ハルサ」


ぼんやりとそんな事を考えていたらエクロレキュールがいつの間にかハルサの後ろに立っていた。びっくりしたハルサは耳や尻尾の毛を少し逆立てながら返事をする。


「な、なんスか?」


彼女は写真を見たまま固まっているハルサの手を取り、優しく語り掛ける。


「ラプトクィリが…目を覚ました…です」


「本当っスか…。

 よかったっス…」


ハルサはほっとしつつ、エクロレキュールの顔を見ないようにして答える。エクロレキュールの手の温かさがじんわりとハルサの胸に溜まったモヤモヤを包み込んで溶かしていくようだった。


「ハルサ」


「なんスか…」


中々こちらを見ないハルサにエクロレキュールが不信感を抱いて呼びかける。


「どうした…です…?」


「別に何もないっスよ」


「泣いてるように見える…です…」


エクロレキュールはハルサの顔を見ようと回り込むが、ハルサは首を曲げてエクロレキュールから顔が見えないようにしてつっけんどんに返事をする。


「泣く?

 私が泣く訳、ないっスよ。

 エクロ、すぐにそっち行くから先に行っててくれっス」


「……分かった…です…」


 エクロレキュールがラプトクィリの所へまた戻っていくのを確認するとハルサは写真を懐にしまい込む。コックピットの中には他にも二、三枚程写真が残っており、それら全てを回収したハルサはコックピットに落ちていたスパナを拾い上げた。そして再びグンジョウの墓の前に立つ。


「グンジョウ。

 ペンダントは必ず届けるっス。

 だから、安心して眠れっスよ」


ハルサは胸のモヤモヤを大きく息を吐いて吐き出すと、整備用スパナを地面に突き刺す。


「ハルにゃん!」


「今行くっス!」


「――さようなら、グンジョウ。

 色々とありがとうっスよ」


ハルサはアメミットの電源を切ると目が覚めたばかりのラプトクィリ、エクロレキュールの元へと走って行った。






                -作られた命、自然の村- Part 29 End

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