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-作られた命、自然の村- Part 28

ハルサはアメミットを構えるとじっと狙いを定める。対象はグンジョウを振り払うために右に左に忙しなく動き回っている。まるでパニックを起こした鳥のように自らの体を壁にぶつけ、傷つき、血が出たとしても彼は動くのをやめない。


「おじさんいい加減離れてよ~!

 しつこいよ~!?」


右腕がない上に肩の銃弾を撃ち尽くしていたグンジョウはもはやキクスイに対して有効打を出すことが出来ず、ただ彼の安定した飛行を妨げる重りの役割しか果たせない程に衰弱していた。


「くっ…早く……撃て……」


「わ、分かってるっスよ!」


 ハルサは的確に“鋼鉄の天使級”の本体にだけダメージが通るように射撃しなければならない。いうのは簡単だが、ハルサがやろうとしている事は突風が吹く中針に糸を通すようなものだ。しかもいつも両手で構える対物ライフルを片手で構えなければならないのだから。そして、獲物を狙う狼が対物ライフルを構えていることに当然気が付いている天使は、弾道の先に必ずグンジョウの体が来るように動いている。


「邪魔だよ~!もう!!」


ゆらゆらと動く対象を追いかけて銃口を動かすハルサにラプトクィリが悲鳴を上げる。


「ハルにゃんまずいのにゃ!

 ボクがクラッキングで奪った防御壁にゃけど、後十秒程で復活しちゃうのにゃ!

 早く撃つのにゃ!!」


「鬱陶しいよ~!

 もういいや。

 全部吹っ飛ばして終わらせちゃおうかな~!!」


 グンジョウの煩わしさで怒りが頂点に達したキクスイは背中にくっついている兵器部分を強く発光させる。キラキラとした汚染物質の青く光る粒子がキクスイの周囲にまるで壁を形成するかのように集まり始めると、その場に満ちている空気までもがそこに引っ張られているかのように動き始めた。それに呼応するかのように雪がまたチラホラと舞い始める。残された時間はほとんど無い。


「ハル…サ…!」


「ハルにゃん!」


「もう!

 知らんっスよ!?」


 焦りながらも狙いを定め、ハルサはグンジョウに出来るだけ当てないように意識しながらキクスイの頭を目掛けて引き金を引いた。銃口から音速を軽く超えるスピードで撃ち出された貫通力百八十ミリを誇る金色の弾丸は一直線にキクスイの脳天を目掛けて飛翔する。湿気を含んだ空気の層を切り裂き、キクスイの周囲に漂っていた粒子の層も簡単に抜けると銃弾はキクスイの眉間に命中し、頭蓋を砕き、中の脳漿を空中に散らす…はずだった。

 しかし流石は“鋼鉄の天使級”。そう簡単に事は進まなかった。ラプトクィリの奪ったはずの防御壁をキクスイはコンマ一秒早く復活させ、弾丸の軌道を逸らしたのだ。初めから脳天を狙ってくると分かっていたら弾丸を逸らすことは造作もない。逸れた弾丸はキクスイの背中から生えていた太いライフルの固定具を破壊し、キクスイの背中からライフルを剥離させるだけに終わった。ライフルはくるくると回りながら銃口を上にして地面に突き刺さる。


「――は、外したっス!」


ハルサは絶句した。ここぞというタイミングで。グンジョウとラプトクィリがせっかく作ってくれたチャンスを無駄にした。


「ふぅっ!

 さ、流石の僕も危なかったよ~。

 でも完全にこれで打つ手は無くなったみたいだねぇ~?」


ラプトクィリが慌ててハルサの方を見て叫ぶ。


「ハルにゃん、もう一回にゃ!

 ボクがアイツのシステムを…にゃ!?」


 シルクハットを外し、下から露わになった金属の耳と、アンテナ替わりの杖をもう一度キクスイに向けたラプトクィリだったが、防御壁を一度奪われたキクスイが黙ってやられるわけがない。掌の先をラプトクィリに向け、圧縮空気砲による一撃を加えた。


「にゃー!」


ラプトクィリを分厚く、強い空気の塊が襲った。見えない弾丸はラプトクィリの体を簡単に吹き飛ばしコンクリートの壁にその体を叩きつけた。


「ラプト!

 無事っスか!?」


ハルサが名前を呼んでもラプトクィリからの返事はなかった。ハルサはラプトクィリに近寄り、呼吸を確かめる。心臓は動いており、息もしていたのだが完全に気を失っており、叩きつけられた際に頭を打ったのか額から血を流していた。


「厄介な猫のおねーさんは少し静かにしておいてよね~」


雪が体に触れないようにハルサはラプトクィリを引きずってビルの中に避難する。一撃を外してしまった今、ラプトクィリが目覚めるまでどうにかハルサ一人でキクスイからの攻撃をしのぎつつもう一度チャンスを引き寄せるしかない。


「おま…え…!」


「おじさんも邪魔なんだって~!

 えいっ」


 出血と損傷により、ほとんど身動きが取れなくなっていたグンジョウの体を今度こそキクスイは簡単に掴み、掌の圧縮空気砲を撃ち込んだ。まだ形を保っていたグンジョウの胴体の半分が吹き飛び、ブルーブラッドがまるで雨のように周囲に撒き散らされる。さっきまで彼の体の人工心臓は弱々しく動いていたのだが、キクスイの無慈悲な一撃は辛うじて動いていた動力炉を簡単に破壊してしまった。


「グンジョウ!」


ハルサはビルの中から彼の体がキクスイから離れ地面に頭から落ちていく様子をただ眺めることしかできなかった。おもちゃのように金属のがちゃん、という軽い音をたててグンジョウの体が地面に横たわる。その光景を見たときハルサからは冷静さが失われていた。


「この!

 いい!!加減に!!堕ちろ!!っス!!」


ハルサは右腕だけでアメミットをもう一度構え、キクスイに向かってマガジンに残っている銃弾をありったけ叩き込む。しかしどの弾丸もまるで見えない壁に阻まれ、軌道が逸らされていく。


「はぁっ…はぁっ…!」


カチカチ、と弾切れを示す音が鳴ってもハルサはまだ引き金を何度か引いていた。次の瞬間、キクスイの翼からまた範囲攻撃のレーザービームの雨が放たれる。


「っ!?」


 ハルサは自らのコートを脱ぐと咄嗟にラプトクィリにそれを被せる。防弾効果があるコートがレーザービームの威力を少しは減らしてくれるはずだ。ハルサはアメミットを盾にしてその影に隠れるが当然全身は隠れきらない。右腕でラプトクィリと自らの体を隠すようにアメミットを支えているハルサ。彼女の折れている左腕や太ももをレーザービームが掠め、火傷の線皮膚に刻み付けていく。今までの戦闘のダメージと疲労、そして降り注ぐレーザーの雨にじりじりとアメミットを支えきれなくなっていく絶望感はハルサを弱気にするのには十分すぎた。


「もうダメっス…。

 姉様……ご主人……」


脳裏にツカサとマキミ博士の笑顔が浮かぶ。


「このままビルの中に生き埋めにされちゃえ~!!」


ハルサはアメミットの腹にレーザービームが当たる音を聞きながら、ここまで付き合ってくれた相棒のアメミットに頭を付けた。ふと、ハルサの目にルフトジウムがつけた傷が入ってくる。


「思えばここから嫌な厄がはじまったんスよね。

 あーあ…ラプトのいう通り関わらなければよかったっス…」


 右腕でアメミットを支える力もハルサにはもう残っていなかった。まだ死にたくないと思いつつ、迫りくる死ぬ恐怖に小さな狼は年相応に泣きそうになる。人間だったらきっと神にでも祈るのだろう。しかしハルサは神に祈ったことも、祈り方も知らなかった。


「ハルサ、ラプト、グンジョウ…。

 みんな死なせない…です…!」


 どこかで聞いたことのある声がレーザーが唸り、キクスイの高笑いのする嵐の中確かに聞こえた。いつものエクロレキュールの、頼りない細く消えそうな声だったが確かにハルサの耳には聞こえていた。


「エクロ…?」


 ぴたりとキクスイの攻撃が止み、不思議に思ったハルサは盾にしていたアメミットを押し退けてビルに沢山開いた隙間から外を覗く。空に浮かんでいたはずの“鋼鉄の天使級”キクスイが胸を押さえて地面に跪いているのが見えた。彼の胸からはポタポタと赤い液体が零れ落ちており、表情は苦痛に歪んでいる。そして堕ちた天使から少し離れた所にはハルサのアメミットが剥離させたキクスイのライフルを持った純白の龍が凛々しく立っていた。


「エクロー!!」


ハルサは死んだと思っていた味方が生きていた嬉しさで思わず大声で彼女の名前を呼んでいた。


「この…龍め…!

 僕のライフルを…使った…な…!?

 ゴホゴホッ!」


ライフルによって右肺を撃ち抜かれているキクスイは苦しそうに口から言葉を絞り出す。強く咳き込んだキクスイは口から血を吐き出した。そんな天使の姿を見てエクロレキュールはもう一度ライフルの銃口を向ける。


「そうです。

 “貴方達”の鉄壁の防御壁を抜くにはこれしかないって…知っていた…ですから」


朱い雷がエクロレキュールの角と胸から発生し、そのまま生き物のように腕を伝ってライフルへと潜り込んでいく。


「お前…一体何者…なんだ…よ…!

 天使級の武器…を…つ、使えるなんて…!」


ライフルはエクロレキュールの思う通り起動し、エネルギーを蓄えた銃口が赤く光る。


「知る必要はない、です。

 キクスイ。

 貴方がここで撤退するならこれ以上攻撃しない…です」


エクロレキュールは少しずつキクスイに近づくと銃口をキクスイの額に当てた。


「ごほっ、ごほっ。

 こ、この僕に…情け…をかけるのか…!」

 

「貴方も生き物…。

 死ぬのは怖いと思う…です。

 だから…チャンスをあげる…です。

 でもまだ戦うならここで死んでもらう、です」


何か一矢報いようとエクロレキュールのライフルを掴もうとしたキクスイだったが、エクロレキュールの細い瞳孔の奥底にキクスイは底知れぬ恐怖を見たようだった。キクスイはよろよろと立ち上がるとハルサとエクロレキュールを交互に見て胸を押さえたまま何も言わずに翼を広げる。


「待てっス、この!」


追いかけようとしたハルサだったが、キクスイのブースターが巻き起こす風圧と青い汚染物質を避けようとして足がもつれて地面に転がる。慌てて起き上がったが既にキクスイは遥か遠くに光る青い彗星となっていた。


「なんだったんスかあの兵器…」


「ハルサ…大丈夫?」




                -作られた命、自然の村- Part 28 End

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