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-作られた命、自然の村- Part 27

 エクロレキュールが手に持っていた紅い稲妻がキクスイを背後から襲う。戦車すらも破壊してしまうほど強烈な電流がキクスイの体を這い、彼の体を黒焦げにするまでそう時間はかからないだろう。完全に勝った、と錯覚したハルサだったが、エクロレキュールの表情は驚きに満ちていた。


「この距離…で…?」


「危なかった~!

 もう少しでおねーさん達の思う通りになってたよ~。

 いや~こういう事もあろうかと持っておくべきだねぇ~?」


エクロレキュールの紅い雷はキクスイの体に当たる直前に、彼の翼の付け根からバラまかれたチャフの金属片によってその進路を捻じ曲げられてしまっていた。エクロレキュールが進路を変更しようとしても、既に遅く、紅い雷はキクスイの体を逸れてチャフの金属片によって空気中に霧散していく。


「戦いってのは勝つ前に全てが決まってるんだよ~?

 僕の不意を突いたつもりだろうけど、残念。

 届かなかったね~」


キクスイは体勢を立て直して振り返ると真っ白な翼を背中から生やし、長い尻尾を揺らしながら空を飛んでいるエクロレキュールをじろじろと見ると嬉しそうにまた笑う。


「次は当てる…です…」


睨みつけるエクロレキュールだったがキクスイは涼しい顔だ。


「ねえねえ。

 おねーさん、龍だった獣人だよね~?」


キクスイはそう言いながらもすっと素早くエクロレキュールに近寄る。エクロレキュールが防御態勢を取ろうと身構えるよりも早く、彼女の真っ白な服の上から彼は胸に掌をトン、と当てた。


「え…」


「ちょっと大人しくしててよ~?

 すぐに終わるからさぁ~」


ドン、という衝撃がハルサ達にも伝わって来る程の衝撃がキクスイの掌から放たれていた。キクスイの掌の中央部にはいつの間にか銃口が出来ており、その銃口から放たれた圧縮空気砲は大抵の戦車の装甲を割り、撃破するほどの威力を誇っていた。超至近距離から放たれたエクロレキュールの小さな体はキクスイの目の前からパッと吹き飛び、そのまま崩れかけのビルへ叩きつけられた。小さいながらもかなりのスピードで突っ込んでくるエクロレキュールの質量を受け止めたビルの鉄筋コンクリートがまるでスナック菓子のように砕け、細かな破片が霧のように濛々と舞い散っている。


「エクロ!」


「さてと。

 次はいよいよ猫と犬のおねーさん達の番だよね」


「犬じゃねぇっス!!

 草食動物風情が!」


 エクロレキュールを一撃で沈め、改めてキクスイはハルサとラプトクィリを交互に見た。彼のブースターから迸る光が少し弱まり、代わりに生えている翼が大きく広がっていく。その翼はまるでボロボロの傘のようでもあり、ハルサからしたら天使よりも何か別の化け物のようにも見えていた。その翼に開いている四つの穴に光が徐々に貯めこまれて行く。


「ラプト!」


何かしてくる。ハルサは瓦礫の隅でじっとしているラプトクィリに話しかけると自らの体を隠すために走り出した。少しでも敵の狙いを惑わせ、一分、一秒でも時間を稼ぐためだ。しかしハルサに呼びかけられたラプトクィリは動かない。


「にゃ~…。

 ボクに一体どうしろっていうのにゃ…」


まるで全てを諦めたように地面に転がってながらも彼女がシルクハットを脱いでいる事をハルサは見逃さなかった。今のセリフはキクスイに対する虚言だ。さりげなく彼女の持つ杖の先はまるでアンテナのようにキクスイの方を向いていた。


「そういう事っスね、ラプト。

 信じるっスよ」


まず一撃、キクスイから放たれたビームレーザーがハルサの右に着弾する。ハルサは左に体を軸ごと曲げるとアメミットの先端を地面に刺して大きく自分の進路を変える。キクスイはハルサの心臓を狙って次々と攻撃を叩き込んでくるが、チャージ音がある以上発射してくるタイミングを大体ハルサは掴むことが出来ていた。


「あはは~。

 戦うのは左腕が折れたおねーさん一匹だけなんだね~。

 僕の攻撃、避けれるといいね~!」


瓦礫のトンネルをスライディングして避け、キクスイが落としてきたビルの破片をアメミットで叩き切る。破片で出来た段差を利用してハルサはビルの中に逃げ込むとキクスイと対象線になるようにじっと様子を伺う。


「あいつ絶対殺すっス…」


 ハルサはキクスイとの間にいくつかの壁とまだ中に残っていた机を挟み込んで何とか遮蔽物を作るとコートの内ポケットから対物ライフルの弾を取り出してアメミットに込めた。ハルサは考えていた。ビルのどこら辺にいるのかキクスイが掴めない以上きっとハルサを探しに来るだろう、と。その姿が見えた瞬間脳天に対物ライフルの弾を叩き込んでやると。


「めんどくさ~。

 もういいや。

 ビルごと壊しちゃお」


「え?」


キクスイが両翼に開いた穴から放ったビームレーザーはもはや範囲攻撃だった。水色の球にはかなりのエネルギーが蓄えられており、そのエネルギーはビルのいくつもの壁すらまるでチーズのように簡単に貫通すると、ハルサの居場所など関係なく降り注いだ。


「一体なんなんスかアイツ!」


ハルサは出来るだけ体を低くして地面に頬をぺたりとつけ、当たらないように祈るしか出来なかった。攻撃自体は五秒にも満たないほど短いものだったが、その間に放たれたビームレーザ―の数は軽く二百を超えており、あちこちに穴が開いたビルは自身の重さに耐え切れずばらばらと崩れ始める。


「まじで滅茶苦茶っス!」


慌てて立ち上がったハルサは上から落ちてくる瓦礫や倒れてくる棚などを何とか避けつつ、崩れるビルから安全圏にまで転げ出るとそこには、待ってました、と言わんばかりに“鋼鉄の天使級”が三メートル程上空降りてきた。


「どーも、おねーさん」


「ど、どーも…っス…」


 既にキクスイの両翼には青白い光が貯めこまれており、戻るにしても崩れてしまったビルには戻れない。今現在遮蔽物のないハルサにとって、その事実はただの悪いニュースに他ならなかった。絶体絶命の状況にハルサはどうにかならないか考えを巡らせるが、今回ばかりは何も出てこない。自分が死ぬ、という事実を否定するかのように心臓の鼓動が強く、早くなり背中を汗が伝う。ラプトクィリが巡らせていたであろう策も今このタイミングでは間に合わない。突然訪れた死、という残酷な現実は天使の形を纏ってハルサの喉元に刃を突き立てようとしていた。


「じゃあね、おねーさん」


「オラァ―!」


死を目の前にして固まっていたハルサを救うかのように黒くて大きな影が崩れたビルの三階から飛び降りてきた。


「な、なんだよ~!?」


不意打ちを食らったキクスイの翼の光は消え、バーニアを吹かして後ろに組みついてきた敵を振り落そうとキクスイはビル壁へ背中側から激突する。ビル壁は金属が当たったような鈍い音を出し、キクスイの背中に組みついた者の正体をハルサに知らせる。


「頑丈すぎるよ~あんた~!」


「ははは…!

 何とか再起動できたぜ。

 人間、死ぬ気になれば何でもできるもんだなぁ!」


「この~!

 機械風情が!」


「おいおい、俺は人間だぜ」


ビルの壁と“鋼鉄の天使級”に挟まれつつ聞いたことのある声が、まだ固まっていたハルサに意識を引き戻した。死んだと思っていたグンジョウがキクスイの背中から襲ったのだ。


「ははは!

 危なかったなハルサ」


「生きてたんスね!?」


「死にぞこないめ~!

 振り落してやる!」


グンジョウを降り落そうと右に左に動くキクスイ。グンジョウはキクスイの背後にしっかりと食らいつき肩の銃をキクスイの体に続々と叩き込む。しかし見えない壁のようなものがグンジョウとキクスイの間に展開されていて銃弾は弾かれていた。


「こいつ!!」


「グンジョウ!

 一回離れろっス!」


ハルサはフラフラと動くキクスイの頭部を狙ってアメミットの対物ライフルを構える。


「犬のおねーちゃん、撃っても無駄だよ~!

 僕は防御壁を展開出来るからね~!」


 キクスイは涼しい顔でハルサにそう忠告すると後ろにいるグンジョウの頭に掌を何とかして当てようとする。エクロレキュールを吹き飛ばした攻撃だ。グンジョウも必死になってキクスイのブースターの向きを逸らしたり力任せに翼やコードを千切ろうとするが全てに防御壁が働いているようでビクともしない。


「グンジョウ!」


自分を助けてくれた仲間が死ぬ。対物ライフルを撃ってもゼロ距離からの銃弾を防ぐほど精度の高い防御壁をアメミットの対物ライフルが貫通出来るとは思えない。


「どうすれば…!」


 ハルサは焦り状況を打開できる術を再び探す。崩れかけのビルを破壊して左右から押しつぶすか?まだ眠っているエクロレキュールを起こすか?両者とも間に合わないだろう。キクスイの掌がグンジョウの肩に当たる。ドン、という衝撃音と共にグンジョウの右腕が根本から吹き飛んだ。ブルーブラッドを垂れ流しながらも、それでもグンジョウはキクスイを放さない。彼が頑張ってチャンスを作ってくれているというのにハルサには何もできない。無気力感に蝕まれ心が折れそうになった時、ラプトクィリの呑気な声が通信で入ってきた。


『へー、防御壁なんてものがあるのにゃ?

 そんな便利な物、ボクも欲しくなっちゃうにゃ~』


「ラプト!?」


正に天からの助け、ベストタイミングだった。


『あいつの便利機能はボクがねこばばしたのにゃ!

 ハルにゃん、ボクを信じてあいつを撃つのにゃ!』





                -作られた命、自然の村- Part 27 End

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